MD2-193「最初の勇者-4」
「試練の洞窟、チャレンジコースへようこそ。ここには全ての魔法レベルを1以上にしつつ、さらに平均が一定値を超え、属性ごとの差が倍以上ではない場合のみ入れます。2回目はありませんから悔いのないようにお過ごしくださいね」
「チャレ……んん?」
言っていることはよくわからないけれど、なんとなく流れはわかる。ここには十分力をつけて、さらに偏りがない場合に入れるようだ。僕はたぶん大丈夫だけど、マリーが入れるということはいわゆるパーティーのつながりがあればいいのかな?
「お時間の無い方にはあっさりと終わる物もありますのでお選びください」
わけもわからないまま、僕達と戦女神の中間に半透明の板のような物が浮かぶ。文字が書いてあるみたいだけどなんて書いてあるかはわからない。けれど片方は人影が笑顔で、もう片方は魔物っぽい姿と苦戦してる様子の人が描かれているからどっちがあっさりかはすぐにわかる。
「あっさりとそうじゃない奴の違いはなんですか?」
「最後まで好きなだけ戦闘経験が積めます。後は……全突破の場合にはおまけもありますよ」
「好きなだけ、かあ」
おまけのほうは気にならないかと言われると嘘だけど、全突破となれば間違いなく……目の前の戦女神も相手だろうと予想できる。勝てるかどうかあいまいな状態ではどこかで負ける覚悟は決めておいた方がいいような気がした。
恐らく、あっさりのほうは一定回数戦ったら終わりとなるんだろうね。2つほど確認して問題が無かったら受けてもいいかもしれない。大事なことだ……どこかの紫な塔の中であったような、【2人どころじゃなく複数人で戦うことを前提とした強さじゃないかどうか】とかね。
2人で問題ないかの確認と、負けても死なないかの確認を終えた僕は準備の出来たマリーと一緒に、あっさりじゃないほうの板に触れる。途端、点滅する板に驚きつつも逃げずにその場にとどまった。
「ここは……なんだか戦いのための場所って感じ?」
「観客はいませんね」
視界が揺らいだと思うと、僕達はどこに灯りがあるのかもさっぱりな、広い円形の広場に出ていた。マリーの言うように、観客でも入っていそうな段々な座る場所が外周にある。僕達はその円形の端、反対側には柵の降りた四角い穴がある。どう考えてもあそこから戦う相手が出てくるよね。
「どれぐらいやれるかわからないけど、頑張ろう」
「死なずに学べる、またとない機会ですね」
まずはと出てきたのは……丸々と太った熊。魔物というよりはまだ獣の範疇に入っているような相手だ。そいつの咆哮が、戦いの始まりを告げた。突進から始まる相手の攻撃を僕が捌き、マリーの魔法が襲い掛かる。
「やっぱり、消えちゃうのか」
「素材は考えなくていいのなら、楽かもしれませんね」
せっかくだからと、倒れた熊から毛皮でも剥ごうかと思ったのだけどその前に透明になって消えて行ってしまった。もしかしたらだけど、相手には生身は1つもいないのかもしれないね。
素材もなく、本当に戦闘経験のみということであれば話はある意味、とても簡単だ。長期戦の予感に顔をしかめながらも、僕たちは戦いを続けた。
そして、何回目かも数えることも難しい戦いが続く。
「君のご飯はこれだ! ブロッカー!」
「ファイアボール!」
今回の相手は大きなトカゲ……なんだか顔が細長くて、ぱかって口が上下に大きく開く奴だ。確かヴァンイールのいた湿地帯にいたような気がする。大きさは倍以上違うからもうこれドラゴンモドキじゃないの?ってくらいなんだけどさ。
大きく口を開けて噛みつこうとしてきたところに、だから普段なら壁に使うブロッカーをちょうど口の中にしっかりと生み出した。閉じるに閉じれないそんな相手の口へとマリーの火球が放り込まれ……さく裂。それが致命傷となったのか暴れるまま消えていく。
続けての相手は……いよいよ亜人なのか、ゴブリンたちが出て来た。魔力も体力もまだある……やれるだけやってみよう。
再びの戦いが始まり、さすがに息も上がり始めたころ、急に広場が明るくなったかと思うと僕達の周囲は白い光の壁で覆われていた。戸惑う間に、周囲の空気が妙に綺麗な物になったのを感じた。
「休憩しろってことかな?」
「みたいですね……次が出てくる気配がないです」
本当にそうかはわからないけれど、今の内だというのは間違いなさそうだった。僕はアイテムボックスから水や携帯食料を取り出してマリーと一緒に背中合わせになって立ったまま休息をとる。
背中越しだけど、彼女もかなり消耗してることがすぐにわかる。
「死なないだろうとわかっていても……出来るだけ最後まであきらめたくないですね」
「うん。なんとなくだけど、結構やれてると思うよ」
既にどれぐらいの時間が経過したのかはわからない。だけど、十分な経験は既に積めていると思う。お金のこととかを気にしないで戦えるなんてのは普段あまりないからね。幸いというべきか、明星や防具はなぜか戦いごとに治っている。
食事を終え、息を十分の整えることが出来たと自覚出来たころ、それを見ていたように光の壁が消えていく。次の戦いが始まるということかな。
「さあ、何が出てくるのか……あれ?」
「柵が無くなってますね。ふさがってる?」
そう、いつも相手が出てきた場所の柵がないどころか、扉で塞がれていたのだ。一体どういう……そうか!
慌てて上を見ると、予想通りに……光る何者かが浮いている。
「戦女神が出てくるということはもう最後ですか?」
「最初の勇者も乗り越えたという試練をよくここまで。残念ながらここの私は本体に遠く及びませんが、その分全力が出せるかと思いますよ。では、参ります」
ふわりと降り立った戦女神。その鎧姿に相応しい装飾の長剣が構えられたかと思うと、僕はまず気配を感じ取った。強者の、気配。
「ウェイクアップ!」
だから、僕はあるけど見えない腕輪の力を躊躇なく発動させることを決めた。確かな手ごたえ……やっぱり、見えないけれどここにある! だったら、やれるだけやってやる!
いつものように背中と援護はマリーに任せて、僕は相手の隙を作るべくその前に躍り出る。まるで羽ばたいているかのような動きで飛び上がるように切りかかってきた相手の剣をしっかりと受け止める。力は強い……けれど僕だって遊んでいるわけじゃないのだ。
「こんのっ!」
「自己強化のみでスキルが乏しいようですね」
「スキル習得の書物は高いけど、自力で覚えればタダだからねっ!」
憐みとは違う、確認をしてみたといった感じの戦女神の声は戦いの最中だというのに妙に冷静だった。僕はその程度の相手ということ? だったら2人ならどうだ!
「ウィンタック! ファイアーボール!」
それぞれの手に杖を持ち、2種の魔法をほぼ同時に扱えるマリー。威力はともかく、その便利具合はたぶん他の魔法使いとは段違いだ。攻防の間にも、エルフの森を思わせる杖に後で発動させるための魔法をこめ、こうして合わせて使うのだ。
「連携の強度確認……おめでとうございます。第一褒章ラインは突破しました。第二段階へと移行します」
「速いっ!?」
まだ追いついていけるけど、先ほどとは明らかに動きを変えた戦女神。その攻撃を時には回避し、時には受け、時にははじき……そうしてるうちに感じるものがあった。この戦女神は……自分の意思を持っていないのではないかと。
受け答えはする、けれどどこか他人ごとだ。質問にも答えてくれるけど、全部最後にこう付け加えられる─そう記録されています、と。
なんだか、可愛そうな気がしてきた。早く、終わらせてあげたほうがいいのかな? 後何段階あるかわからないのが問題だけどさ。
「さっきも聞いたけど貴女を完全に倒したら試練は終わり?」
「そうですね。致命傷を負うようなことがあればそこで終了となると、そう記録されています」
それがわかればやることは1つだ。マリーも同じ気持ちなのか、僕が時間を作れるようにさっきよりも魔法の威力をあげて戦女神の足止めに入ってくれた。
足元に風を産みながら大きく後方に飛び、間合いを取る僕。出し惜しみは無しの……切り札だ!
僕の繰り出した切り札に、戦女神の顔が初めて驚愕に染まる。そして僕は戦女神が反応するより早く、斬撃を繰り出す両手剣スキルをひたすら連打し、戦女神を戦闘不能に追い込んだ。
「試練の突破を確認。お疲れ様でした」
「最後に教えてよ。貴女は女神様が作ったの?」
戦いの途中から、これが聞きたくて仕方がなかった。あおむけに倒れ、装備のあちこちが壊れた状態の戦女神。マリーは相手が女性なんだからと肌の見えた部分をぐいぐいと引っ張って塞いでいる。
戦女神はそんなマリーを不思議そうに見つつ、僕を見た。
「そう記録されています。私は試練を与える存在。それだけのことです。新たなる勇者に祝福を」
「あっ、待ってよ!」
止める声もむなしく、僕達は光に包まれる。そして浮遊感の後……僕達はそろって外に出ていた。湖の小屋ではなく、試練の洞窟の出口に……。
『終わったか。ぎりぎり腕輪の能力を維持するので手いっぱいだった。ようやく喋れるな』
(説明はまた聞いてもいい?……ご先祖様もお疲れ様)
同じように驚いた表情のマリーと手をつないで、僕は宿を取るべく町の中心部へと向かうのだった。
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