MD2-192「最初の勇者-3」
「また来たっ!」
「吹き飛ばしますっ! そんな、効いてないっ!?」
外で見るよりも少し小さなコボルト。強さも相応かなと思いきや、マリーの繰り出した風が直撃したというのにひるむ様子どころか、影響を受けているように見えない。魔法に強い? いや、それでも風が無かったような状態というのはおかしい。
「このっ!」
怒ってるのかそうでないのかわからない顔を睨みながら明星を振るうけどそれも何かよくわからない壁に阻まれて止まった。慌てる僕の前をコボルトの握るこん棒が通り過ぎる。風を切る音、間違いなく相手の攻撃は当たれば僕達には良くない結果になる……そう思った。
(ずるくない!? こんなに強いのは何かおかしい!)
幸いにも相手の足は遅く、この部屋はそこそこ広いから逃げながらもなんとか生き残っている。でも相手に打撃が与えられないならこの戦いは終わらない。さっきまでは普通に戦えてたのに……あれ?
「マリー! あの輪っか見える!?」
「はい! それと……火でしょうか?」
気が付けば、コボルトの右太もも付近に人の顔ぐらいの大きさの輪っかが光っていた。その横にはマリーの言うように揺らめく炎のような物。よくわからないけれど、試すなら今の内だと思った。こちらに爆風が来ても困るので普段なら牽制に使うぐらいの炎の矢を生み出して撃ち込んでみた。
「……え?」
結果は、驚きの一言。あれだけタフにこちらの攻撃を防いでいたコボルトが、あっさりと枯草のように燃えていったのだ。後に残るのは、討伐の証と言わんばかりの牙が1つ。ぽつんと落ちたそれは、血もついていない綺麗な物だった。
「なんなんでしょう……」
「さあ、でも勝てたのならいいのか……な? 次の部屋に行こう」
念のために何か隠れていないか、良い物は無いかを確認してから唯一ある扉を開くと……また部屋があった。一体何だというのだろうか? 僕達が向かったのは、湖に浮かぶ小島だったはずなのにだ。
2人で小舟に乗り、たどり着いた島はごく普通の島だった。その中央に、小さな小屋が1つ。外からは窓がないために中が見えない。けれどこれが無関係ということはないだろうと、警戒しつつも中に入るしなかったのだ。そして入ってすぐに出て来たコボルトを倒し、扉をくぐるとまた部屋が、それを繰り返して今に至る。
「次は斧!? 僕達斧なんか……壁の奴使えるのかな?」
「任せますっ!」
マリーに相手の気を引いてもらい、その隙に壁に飾りのようになっていた斧をつかみ取るとやはり斧の絵がそばにあるコボルトの右肩付近の輪っかを切り付け……砕け散るようにコボルトが目の前で消える。牙が残り、それが報酬って状態だ。
「さっきは氷で次は風、さらに長剣に杖……そして斧。なんでしょうね? いろいろ使わせたいんでしょうか?」
「特訓のつもりなのかな? でも、武器はともかく魔法がこれだけ属性がばらけてると使えない魔法もあるんじゃないかなあ」
僕は全ての属性が使えるからなんとかなっているけど、世間的には属性は2,3種も使えれば上等な世界だ。この試練の洞窟で死人が出たという話は外では聞かなかったから、多分あのコボルトたちに殴られて致命傷となるとこのダンジョンから追い出されるか何かするんだと思う。ちょっと試す気にはなれないけどね。
「いじわるのつもりなのか、それぐらいやれるようになれってことなのか、製作者に聞いてみたいね」
わざわざ試練の洞窟と名前が知られていて、この中身となると自然に出来たダンジョンでは決してない。きっと誰かしらが目的をもって作ったはずなのだ。どちらかというと、そう思いたいという考えになってしまうけれど……。
だんだんとコボルトの動きも変わってきたように思う。最初は1匹だったのが、ついには2匹になった。動きも少し変わり、ちゃんとそれらしい動きをするようになったと思う。最初の頃は本当にコボルトなのかな?って単調な動きだったからね。
「これで、終わりっ!」
何匹目か考えるのも面倒になる状態で、長剣の絵が胸元に描かれたコボルトを貫き……仕留める。やはり牙だけが残る。全く収入が無いのも問題だけど、収入と言えるような内容じゃないというのも困りものだね。
改めて扉を開くと、今までと違って少し広い部屋に出た。中央には水場……休憩しろってことかな? なんとなくだけど、何も出てくる気配を感じないのだ。
「マリー、僕が見張ってるからお先にどうぞ」
「はい! 少し体も拭きたいんですよね……」
1回1回は大した戦いじゃなかったけれど、確かにこれまでの戦いは気を使うし、気が付けば僕も汗だくだ。出来るだけマリーの方を見ないようにしながら、僕は警戒を続ける。相変わらずご先祖様は黙ったままというか、腕輪はあるのはわかるのだけどそこにはない。
「お待たせしました。すごい冷たいですよ」
「そうなんだ? わっ……どこからこの水湧いてるんだろうなあ」
すごくきれいで、そのまま飲めそうなほどの水。僕は顔や頭、脇なんかを洗ってようやく一息つくことが出来た。体の火照りもどこかに逃げていく感じだね。ここで休憩をまとめて取るか、動けるように少しにするか悩ましいところだ。
そんな時、何かが聞こえた。
「マリー、何か言った?」
「いえ? でも何か聞こえました」
彼女も聞こえたとなると幻聴ではなさそうだ。耳を澄ますけれど特には……いや、何かが頭に響いてくる? かすれた感じの……なんだろう?
── プレ……ヤー血統……認
(血統? 一体……)
心の中の疑問に部屋が答えた。扉が1つ、音を立てて増えたのだ。元々あった扉が銀なら、今度の物は金色というか、虹色も混じってるというか……どう考えても特別製だね。試練らしく魔物が待ってるというのなら、この新しい扉の先には特別な相手がいるに違いない。
「どうしよう?って聞くまでもないよね」
「ええ、ここまで来たら行けるだけ行きましょう」
準備を終え、中から槍だとかが出て来てもいいように前に立たず、ゆっくりと扉を開く。その先からは冷たい風が流れて来た。気配は……感じない。そっと覗くと、何もいない。模様の彫られた柱が無数に伸びる、不思議な場所が広がっていた。
マリーと頷きあい、扉をくぐる。2人ともくぐった時、すぐ後ろで扉が閉まったと思えばそれも消えていく。
「!?」
「心配することはありませんよ」
慌てる僕達に、声がかかった。さっきまで誰もいなかったはずの方向からだ。慌てて明星を構え、後ろにマリー、といつもの位置につく。視線の先にいたのは……鎧姿の女性……その背中には小さいながらも翼があった。
「戦……女神?」
マリーのつぶやきが、妙に響いた気がした。
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