MD2-188「空を舞う」
「ほらほら、はやくー!」
「ちょ、速いっ!」
子供らしい可愛らしい声とは裏腹に、僕の前をヒポグリフの子供たちが勢いよく駆け抜けていく。ホルコーの特訓の間、ただ待っているんじゃ暇だろうと付き合うことになったのだ。……子供との追いかけっこにね。
最初は軽い気持ちで引き受けたけれど、すぐにとんでもないことだと実感する。とにかく、速いのだ。まともに走ったら元々馬と人だから厳しいのはわかっていたけど、自然と足元に魔法を使っているのか滑るように移動していく子供達。
『場所を決めてその中を逃げるようにしてもらったほうがいいんじゃないか?』
(そうするよ……このままだと遊ぶ意味がないかも)
かなり小さくなってしまった子供たちに声をかけて、逃げる場所は彼らとしてはかなり狭い場所に限定させてもらった。そうすると思いっきり走れないからか、ぎりぎり追いつけそうで……って横に逃げたぁ!
真っすぐが駄目なら横、という感じでぴょんぴょん飛び跳ねて逃げられてしまう。無理せず、遊びの範囲だとなかなか追いつくのは大変だ。
「はぁはぁ。特訓にはよさそうですねっ」
「まったくだよっ」
楽しんで特訓になるのならそれが一番というところだろうか? 全身汗だくになる頃には、僕達はすっかり打ち解けていた。オスメスの考えはヒポグリフにもあるみたいで、マリーは女の子はヒポグリフたちに連れられて別の場所にある泉で水浴びみたい。僕はというと、風以外の魔法が使える子の下でまとめてその子が生み出す魔法の水を浴びていた。男はこれぐらい豪快でいいよね。
「ヒポグリフだから風だけだと思ってたよ」
「ボクはきんべん?だからねー。選択肢を増やす勉強をしてるんだよー」
他とちょっと毛色の違うその子は外に出たくていつもうずうずしてる子だということもわかった。ちょくちょく、外は楽しいよね、どんなのがあるの?なんて聞いてきていた。その時にはそれだけ興味があるって言うことかなと思っていたのだけどちょっと危うさを感じた。
「外はね。怖いよ。楽しいこともあるけど、怖い事もいっぱいある」
「えー? でもお兄ちゃんたちこの中にずっといてって言われたらいやでしょー?」
マリー達を待っていると、そんな不満そうな返事が返って来た。他の子達は既にあちこちに遊びに出かけてしまっている。それでも彼の言うように、この森の中のどこか、になるんだろうね。他の動物がいるのかはわからないけれど、ヒポグリフの天敵になるような相手はまずいない森で。危険に出会った時の対処を覚えるという点では確かにここのような平和な場所も善し悪しだとは思う。けれど……。
「外に出たら、もうみんなに会えないような目にあうかもしれないんだよ」
じっと、その子の目を見ながら話す。僕もまだ大人ではないから、外というか違うことをしたいというのはよくわかる。僕も本当は両親がいたらまだ村で平和に過ごしながら、外にあこがれた時代を過ごしていたはずだから。
「うー、でもさー。まだ早いまだ早いって。じゃあいつになったらいいのかなーって思うんだ」
「うんうん。よくわかるよ。でも本当に外は危ないんだ。キミでも逃げられないような相手は結構いるんだよ」
危険を伝えるために言った言葉だけど、これまでにそう言った物に出会ったことがない彼にはピンとこないようだ。あの2人の襲撃の時もすぐに終わらせたからどのぐらい怖いかってわからないと言えばわからないかな。
「そんなことないよー。ボク速いもん! お兄ちゃんだって1回も捕まえられなかったでしょ?」
「遊びなら、ね。やってみよっか。マリーに怒られるかもしれないけど、キミを捕まえるよ」
移動しようとする彼を制し、僕はここから好きに逃げていいよと告げた。というのも……彼に限らず子供たちはまだまだ色々と隠せていないんだよね。だから僕にもわかるんだ。
駆け出そうとして膨らむ……彼の魔力。その魔力の形と向きから、僕は飛び出す方向を見極めて一気に飛んだ。確かな手ごたえ、そしてごろりと一緒に地面に転がる感触。足を掴むと危ないから、首から肩ぐらいにかけて掴まってごろりと転がったのだ。
「うそ……」
「今のが外の獣だったら、嚙まれて終わりだったかな? そのぐらい外は危ないのさ」
汚れて怒られちゃうかな、なんて笑いながら立ち上がる僕。僕はまだまだ成長途中。そんな僕でさえこれぐらいのことは出来る。外が危ないのは……間違いないし、命は1個しかないんだからね。
まだ衝撃を受けてる感じの彼を助け起こして、土ぼこりを払ってあげると正気が戻って来たみたいだ。出会った時のような、くりくりっとした可愛い瞳が戻ってきている。
「おじさんたちと一杯特訓する。そしたら良いよね」
「たぶんね。さあ、行こうか」
マリー達と合流すると、なんだか仲良しさんですねって言われてしまった。そうかな?なんて向き合いながら言ってしまう物だからお互いに笑ってしまった。と、そんなところに覚えのある気配がかなりの勢いで接近してくる。
「ホルコー!」
その正体は特訓を終えたらしいホルコー。僕は迎えようと前に目を向け……ハテナとなった。というのも正面にいないんだ。でも気配は近づいて……上!? 慌てて顔を上げると、ライズさんはともかく、ホルコーも飛んでいた。背中に、羽根を付けて。でもどこか光る感じの、みんなとは違う羽根だ。
勢いよく飛び込んできたホルコーは僕の顔やら首やらをベロベロと舐めつつ、顔をこすりつけて来た。器用にもその間にも、自分の体をヒポグリフな子の間にすべり込ませて来る。これは……あれだ。
「大丈夫だよ、ホルコー。友達として仲良くなっただけで旅のお供はホルコーで決まりさ」
「うむうむ。ひとまずは使いこなしてるようだな。本来は翼が傷んだ同胞のための魔法だが上手くいったようだ」
満足そうなライズさんの説明によると、人間でいう移動時に使う風の魔法と同じで、ホルコーの背中にヒポグリフなんかの羽根を再現する魔法らしい。長年改良されてきた魔法だから意外と消耗は少ないはずとのこと。
「それでも人間で言うと1刻から2刻ぐらいにとどめておくといい。いきなり魔力切れで落下してはシャレにならないからな」
「わかりました。ありがとうございます!」
ホルコーと一緒に空を旅できる。そのことが嬉しくてマリーと一緒に飛び跳ねてしまった。昼間に人前でというのは難しいだろうけど、日暮れや夜明け前のような時間になら一気に難関を超えたり出来そうでとても嬉しい。山を超えたりするのって大変なんだよね……。
「そういえば、お前たちは霊山を目指しているのだったな? 残念ながらここは元々の里ではないので特別な物はあまりない。とある出口からここを出て、さらに南に行けばいいだろう。大きな湖が目印だ」
いくつもある出入り口、そのすべてを把握しているらしいライズさんに案内され、僕達は歩き出す。別れの気配を感じ、子供たちはそわそわした感じになってきていた。だから僕は敢えて陽気な顔をして、振り向いた。
「また来るよ。その時はもっと大きくなっててよ。そうしたら……本気でかけっこしよう」
返事は子供たちの元気な声だった。横にいるマリーがこっそり涙ぐんでいるのに頷きながら、ホルコーに跨る。そして何もないように見えた2本の大木の間に、急に隙間が出来る。ここに来た時のような、不思議な感覚だった。
「ではな。また来る時は外のうろに魔力を流すといい。私かジルベのどちらかが感じ取り、迎えに行くだろう」
「じゃ、また」
「また来ます」
空間の裂け目をくぐると……外は暗かった。何かの中かな?と思ったら違う……夜なんだ。さっきまで明るかったから、とても不思議な感じだね。
「ファルクさん、さっそく飛んでみましょうよ」
「ホルコー、行けるかい」
嘶きと同時に、ホルコーの背中から魔力が伸びて形を作る。なるほど、確かにこれは本物の羽根じゃない。触っても通り過ぎてしまうけれど、不思議と上下に動けば空に浮く……魔法の羽根だ。そのまま夜の森に舞い上がり、木々を下に見るところまで上がった。
「まるで下が海とかみたいに真っ黒だ」
「ほんとですね……」
なんだか寂しさと、新しい世界を見ているわくわくとか胸にどちらも飛来した。そのまま僕達は、森の海を飛んでいくのだった。
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