MD2-187「伝承の地へ-5」
「せいやぁああ!!」
「くそがっ!」
魔力全部を使って繰り出した物。それは強力なスキルでもなく、大魔法でもない。ただの……在り方の模倣。人間に限らず、強者という物はただいるだけでその強さを感じさせることを僕達は知っている。そして、そんな相手に出会った時、どう動けるかで生き残れるかが決まるのだ。
(あんまり持たない……だったら今しか!)
この気配を自分が出しているのかと今でも信じられないほどの濃密な気配が自分から噴き出しているのがわかる。そしてそれは視線の先にいる男を包み、構えになっていない構えを取らせるという結果を生み出していた。恐らく技量的には相手の方が上、だけど全身を硬直させ、普段通りどころか駆け出しのような動きしかできない相手に……僕は切りかかる。
卑怯だと罵ればいい。生き残り、自分の我を通した方が……勝ちなんだ。
「ぐっ……」
なりたての冒険者や新兵のようにただ前に構えられた両手剣をあっさりとかいくぐり、僕の手の明星は男の体を……貫いた。これまでにも人の命を奪うことはあったけれど、盗賊相手だとか、何らかの正義めいたものがあったと思う。けれど今回は違う。相手がこちらを殺すつもりという状態だったと言っても、僕自身の意思で相手を確実に殺さないとと考え、実行したのだ。
どこからか迫る何かの感情を押し殺し、マリーの方を伺う。周囲のヒポグリフも僕の気配に巻き込まれて硬直するか、慌てている。そんな中、マリーは顔をしかめながらもしっかりと相手に向き合っていた。僕の影響を受けているのか、マリーの相手も動きが悪い。もう少しで切り札の時間も消える。急がないと……そう思った時、僕は咄嗟に横に走る影に手を伸ばし、浮いた。
すぐ横に走り込んできたホルコーの馬具を掴んだのだ。勢いそのまま僕はマリー達の方へと向かうことになる。すぐにこちらの気配に気が付き、明らかに動揺する男。その隙をマリーが見逃すはずはなく……2本の雷を浴び、その場に倒れた。
「マリー! 無事かい!」
「はい! その気配には驚きましたけど……なんとかなりました!」
笑顔で答えてくれるけど、それはすごいことだと思う。恐らくは熟練の冒険者でさえ飲まれた気配の中、ちゃんと戦えたのだから。度胸はついた……と言っていいんだろうか?
『かもしれんな。っと、切れるぞ』
「あ……時間が来ちゃった」
明らかに体から色々が抜けていくのがわかる。僕のまとっていた気配も、いつもの僕の物へと変わっていき、周囲のヒポグリフたちもなんだか不思議そうに僕を見るばかりだ。
そんな中、ライズさんと銀色なヒポグリフが共にやってきて……嘶いた。
「ごめん、マリー。今魔力がからっぽだからこっちからは喋れないや」
「あ、そうですね! えっと……ああ、こっちの言葉はわかるみたいですよ。任せろって言ってます」
それはどういうことだろうかと思っていると、ヒポグリフの中でもかなり小柄なたぶん子供かな?と思う子が2頭こちらにやってきた。羽根も小さく、くちばしもなんだかとても滑らかな感じの乳白色だ。
そんな子達が僕のそばにやって来たと思うと、目を閉じる。見守っているとくちばしから何かが僕の方へと伸びて……そのまま体へと浸透していく。
「どうだ、坊主」
「え? あ! 聞こえる!」
今度は向こうから僕に道をつなげてくれたらしく、唐突に声が聞こえた。慌てて確かめると、僕の魔力がいくらか回復しているのがわかった。赤字を覚悟でルドラン草由来のポーションでも飲まないといけないかと思ったところに嬉しいことだ。
「2頭ががりでも完全に回復しないとは……人間にしては良い魔力だな」
「色々ありまして……あ、あのひび割れはどうしましょうか?」
視線を向けるのは、閉じるもののいない空間のひび割れ。と、そこに僕とマリーが倒す羽目になった男2人を引きづるようにヒポグリフが運び……外に放り出した。身ぐるみ剥ぐ予定もなかったし別にいいんだけどね。
「あの程度ならば中から閉じ直せばよい。あの2人の狙いの1つは今お前が体験した物だ」
「ファルクさんの様子からだと魔力回復……いえ、譲渡ですか?」
僕にはヒポグリフの表情なんてものは区別がつくはずもないと思っていたけれど、意外となんとかなるものだと感じた。真剣な感じの顔で頷いているヒポグリフたち。この様子だと、大人にも何か人間的には利用価値があるんだろうなと思わせた。羽根も立派だもんね。
「中断されてしまったが、特訓を再開しよう。ジルベ、お前は2人をもてなせ」
「俺がぁ? ち、しょうがねえ。とっておきを出してやるぜ」
ライズさんとホルコーがまた森に向かうのを見送りながら、銀色の鬣のヒポグリフ、ジルベさんについていく。無茶をした影響か、ちょっとふらつく気がするなあ。僕が僕じゃないみたいだ。
『一時的にとはいえ、他人……龍をそういっていいかわからんが、他の存在に成りきったんだ。気を付けろよ』
ご先祖様の忠告に頷きつつ、マリーと一緒に案内されるままに歩いた先は……ヒポグリフの楽園だった。最初に彼らに出会った広場のような場所とは違い、きっと寝床なんだろうなあといった場所がいくつも見える。不思議なことに、畑まであるのだ。そこであの野菜を作っているんだろう……器用だねえ。
「素敵ですね。なんだかわくわくしますけど、安心もします」
「僕もだよ。すごいなあ……」
「ほれ、そこの岩にでも座ってろ」
そうして2人して岩に座ると……いつの間にか周囲に子供のヒポグリフが集まっていた。みんなつやつやした毛並みで、目もくりくりとした可愛らしい姿だ。保護欲を誘うのはどの動物の子供でも一緒なのかなあ?
「ねーねー!」
「はい、なんですか?」
「しゃべった! 人間が喋った! すごーい!」
その後、僕にはもうどの子が喋ったのかがわからないぐらい話しかけらていた。マリーも困惑しながらも楽しんでもらえてるみたいだからと質問や振られた話題に答えている。外からの刺激に飢えているのか、外に関する質問が多かったのが印象的かな? 外は危険だということは間違いないので、外に行きたいと言い出さないように言葉には気を付けていたらなんだか疲れてしまった。
「オラ、ガキども! 客を疲れさせるんじゃねえ!」
「わー! 逃げろー!」
ジルベさんが戻ってくると、クモの子を散らすようにあちこちに走って行ってしまうあたりなんだかそれだけでも面白い。やってきたジルベさんの背中には……果物? 何か籠に入ってるわけでもないのに落ちないんだろうか。
「ファルクさん、あれ魔法ですよ。風の魔法が小さく動いてます」
「おうよ。これで土も掘るし、草も刈る。人間で言えば腕みたいなもんだな。ほれ、これでも食ってろ。美味いぞ」
言葉通り、小さな風の渦に乗ってこちらにやってきたのは2つの果実。外で見たことのない物だ。見た目は金色とも黄色ともつかない丸い物で、皮ごと齧れってことだと思う。マリーと頷きあいつつ、一口齧るとその力を感じた。
『驚いたな……黄金の果実だ。人の立ち入らない場所にしか育たないと言われる希少品だ』
(そうなんだ? 確かに……すごく体に染み入るのを感じるよ)
隣のマリーも同じだったみたいで、信じられないといった顔で手元を見つめている。そこにはもうへたしかない黄金の果実だった物。最上級のポーションを濃縮してデザートに使いました!って感じと言えばわかるかな?
「あいつの特訓が終わるまでしばらくかかる。ゆっくりしてきなあ」
口調のわりに面倒見が良いことがわかったジルベさんの言葉に甘え、僕達はそのまままた戻って来た子供たちと談笑しながらの時間を過ごすのだった。
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