MD2-186「伝承の地へ-4」
「ひひっ、どんぴしゃりだ。いるぜいるぜ?」
「先客もいるようだな」
人がどうにか通れるぐらいのひび割れから顔を出したのは予想外の相手、人間だった。何日も森を進んできたのか、あちこち葉っぱだらけだし装備も泥まみれ。体を洗う川とかも無かった場所を通ってきたみたいだった。乱暴な口調の方がぼさぼさの頭、若干背が低いけど力の強そうな体つきだ。顔には乱暴者ですと自分で言いたそうな表情が貼りついている。装備は……肉厚の両手剣。横の男も見た目は痩せているけれど、軟弱ということはないだろうね。馬の尻尾のように後ろで髪を縛っている。こちらは魔法使いかな?
見た目はちょっとアレだけど、どこにでもいそうな冒険者な風貌。けれど僕は彼らが好きになれなかった。こちらとヒポグリフたちを見る瞳がひどくぎらついていたからだ。人間らしいと言えば人間らしい、欲望を満たそうとする瞳。ただの散策、なんてことがあるはずもない。彼らは用があるのだ……この、ヒポグリフの隠された森に。
自然と、警戒の気配をまとわせる自分がいた。さらに僕の後ろにいたマリーがぎゅっと服を握るのを感じる。彼女もまた、これを感じ取っているんだ。
「あなたたちは?」
「冒険者だよ、見りゃわかんだろ。お前らだって同じだろうが」
「ヒポグリフの森にはいくつも出入り口があるというのは本当だったか……」
いきなり飛び掛かるわけにもいかず、様子を見守る僕達の前で2人が体を全部こちら側に抜けさせた。彼らの通って来た場所が僕達のアレと違ってヒビ割れなのは……本来の道ではないということかな?
『相手の目的はなんだろうな。どうもクサイが』
「おい、ガキ。そこをどけ。俺たちは後ろの馬モドキに用があるんだ」
「ヒポグリフに? それは依頼ですか?」
僕の言葉はそこで止まった。若干丁寧な口調だった男から、無言できらめく物が飛んできたからだ。ご先祖様が咄嗟に僕の体を動かし、小手でそれをはじいてくれた。オーガの角と地竜の鱗を使った一品ものだ、そこらの……投げナイフ程度ならはじく硬さはある。
「黙って引いていれば生き残れたものを……冒険者が依頼が無ければ狩りをしてはいけないとは決まってはいない、それだけだ。子供にはわからんかもしれんがな」
「それだけのことでファルクさんに!? 貴方たちは!!」
今は殺すつもりはなかったんだろう。さっきのナイフも僕の肩を狙っていた。だからといってそのままやられるわけにもいかないし、ここで横にずれるという選択肢も僕にはあるはずもない。今日出会ったばかりのヒポグリフにどうしてって思う人も……いるかもしれないけどね。
─ ニンゲンよ。私達とてただではやられんぞ?
きっと男達には嘶きとしか聞こえていないであろう声。だけど僕はそれに首を横に振る。そのまま無言で明星を構えなおし、全身の魔力を練り始める。相手は僕達を子供だと侮っていた。けれど僕が投げナイフを当たり前のようにはじいたことで迷いも生じたはずだ。
「きっとここでどくのが長生きする秘訣なんでしょうね」
「だったら」
会話を続けようとするあたり、案外乱暴に見える男の方が優しいのかもしれない。まあ、損をしたくないだけかもしれないけどね。どちらにせよ、僕達は彼らを倒すか、引かせなきゃいけない。マリーは僕以上にこういうのに黙っていられないのはさっきのでわかったしね。
「依頼でもないのに友人になれるかもしれない彼らを害してもらっては困る。そう思うのも冒険者の自由でしょ?」
言うが早いか、僕は背の低い男に突撃した。勢いと体重を乗せた斬撃を遠慮なしに繰り出すと、予想通りに刃の厚い両手剣がそれを受け止めた。僕がまっすぐに突っ込んでくるとは思わなかったんだろうね。顔に驚きが出ている。
「考え無しのガキがっ!」
「後先考えない冒険は子供の特権ってことで! 精霊よ、我と共に在れ。ウェイクアップ!!」
遠慮せずに自己強化を実行し、あふれる力に任せて明星を振り抜いた。予想外だったのか、男の姿勢が崩れたところへ投げナイフを生み出して投擲する。ご先祖様の力を借りた小手先の技。でも隙を作るには十分だ。なおも踏み込もうとして鼻先を魔力が通り過ぎる。
「それ以上はやらせんよ。ぬっ!」
こちらに参加しようとした男に迫るのは当然、マリーの放った火球。魔法使いは魔法への防御力が上がると言われてると言っても、火球をそのままぶつけるなんて……マリーもだいぶ思い切ったね
「ライズさん! マリーのほうはよろしく!」
─ 致し方ない。行くぞ娘。
途端吹き荒れる風。それは魔法使い側の男を巻き込み、離れたところで吹き飛ばした。これでお互いに見えてはいるけれど、戦場としては別だ。だからと言って僕達が有利になるかと言えばそうとも言えない。実際、男は僕がこの状況なら勝てると判断したことに怒りをあらわにしているのだから。
「後で苦しまないようにあの世に送ってやろうと思ったがやめだ」
「やっぱり、ヒポグリフ相手に何かした後、僕達も消すつもりだったんですね」
この場所へは正攻法じゃなかなか入れない。それこそ、僕達のような偶然か、彼らのように破るような方法でなければ。そして、そうまでして入ってくる人らが抱える目的なんてヒポグリフにとってはろくでもない物に違いない。
攫ったり、素材にしようとかね。もちろん、僕達だってゴブリンやらを相手に倒しているし、素材として使っている。そこになんの違いがあるのか?ってことにもなりかねない。だから、そこにあるのは……。
『互いの価値観と目的のぶつかり合い、それだけだ』
「ここは通さない!」
「そうかよ!」
再び両手剣同士がぶつかり合う。相手の両手剣も業物なのか、明星とぶつかっても痛んでいく様子が感じられない。きっと扱う本人もそれなりに使える熟練者だと思う。そうでなければ戦力不明のヒポグリフの森になんてやってこないだろうからね。
「これならっ!」
「自己強化の魔道具に加えて剣先から火の矢とは器用な奴だっ!」
僕はまだ技量が足りない。だから相手が対応をしなくてはいけない物をどんどんと使う。両手剣は両手剣で邪魔をし、その隙間を埋めるように魔法を放つ。それ自体はあまり威力はないけれど無視して当たっていくわけにもいかない物だ。相手の両手剣10にこっちの両手剣が5や6だというのなら魔法でそこを埋めていけばいい。
(相手をどう止める……大怪我をさせて? いや、そんなんじゃ止まらない。むしろ止めることなんてできやしない!)
『そうだ。残念ながら……そういう時もある』
何度目かの斬撃、相手からのそれを防ぎながらも体格差はどうしようもなく、その度に僕は少しばかり押し込まれる。このままじゃ足りない。何か、圧倒的な1手を打たなければ。
「どうした。今さらやめられないぞ? 怖くなったか?」
こちらを笑うような声。彼の発している殺気に僕は……特に飲まれてはいなかった。人間、面白い物で一度とびきりの物を味わうと次からそれに届かない物は時に味気なく感じるらしい。何かといえば、黒龍のことだった。ここまで来ると黒龍様様と言った方がいいのかな?ってぐらいだ。もちろん殺気は怖い。けれど、身がすくむほどじゃあない。そう、僕が今相手にしているのは人間だ、だったら……。
「ドラゴンを相手にしてるわけじゃないんですから、気にしませんよ」
「っ! このっ!」
本当のことを言ってるだけなのに、男にとってはからかわれてると思ったらしい。切りかかってくる相手を再び迎撃しだす。ああ、ここにドラゴンでもいればその気配が証拠になるのに……証拠?
ふと、僕は気が付いた。僕の切り札のアレは、僕の使える魔法、スキルだけが対象だろうかと。魔力の消費とか、発動するための条件を無視できる……ことは知っている。
けれど、何でも出来たわけじゃない。というのも、切り札の結果は僕の想像が追いつくかどうか、という部分も大きい。これが出来る、と思わないとそうなってくれないからだ。では逆に、これが出来るはずと思うというのは、その諸々を取得しているということも気にしないことは出来ないかと。
『前は……そうだった。だが俺が一緒ならあるいは……やるのか?』
(やって見せるさ。そうじゃないと霊山で生き残るのは難しいだろうからね!)
近づいてくる気配に僕は覚悟を決めた。僕1人なら時間がないけれど、彼女たちが来てくれるならその時間もありそうだ。
心の叫びに合わせて、明星を大きく振り抜いて相手と間合いをとった。すぐに練り始めた魔力に相手も気が付いたんだろうね。間合いを詰めようとするところにすべり込んできたのは……ホルコーと銀色の鬣のヒポグリフ。
「駄馬風情がっ!」
斬られるわけにはいかないから、ホルコーもヒポグリフもすぐに回避する。けれどその時間で十分だ。想像しろ、闇の主を。世界の調停者の1人を! 圧倒的な……強者を!
「巡れ……廻れ……回れ……マテリアル……ドライブ!!」
「馬鹿な! こんな……こんなことが!」
体は何も変わらない。強さだって何も変わらない。変わったとしたら……僕の在り方、それそのものだ。黒い、けれど邪悪ではない気配が僕自身からあふれる。そう、僕があらゆる制限をなくして発動したのは……黒龍の力だ。気配と言い換えてもいい。
「飲まれ、怯え、無様に構えろ!」
ご先祖様と、僕の体に流れる英雄の血筋。両方が揃ったことで可能になった他者の模倣。その初めての結果が今、この場所に現れたのだった。
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