MD2-018「危険と踊る-1」
時間はお昼少し前。
僕とマリーと、依頼の相手だけの空間に甲高い音が響き渡る。
それはそう……木に穴をあけて巣作りするという鳥のような連続した音。
もっとも、今の音の主はそんな可愛い物ではないのだけれど……。
「気配は今のところ目の前の3本だけかな?」
「みたい……ですね」
不定期に続く音を聞きながら、僕は壁の向こうの気配を読みながら
マリーへと問いかける。
彼女も同様の答えなのを聞き、僕は進行方向へと壁、自分の生み出した
土魔法による物をさらに生み出す。
そして目の前に展開していた壁は魔法を解除し、
2人して新しい壁の元へと駆け寄る。
「さすが天然物は元気が違うね。養殖だとほとんど針が飛ばせないんだっけ?」
「そういってましたね。怪我をしないようにそういう物だけ残したとか」
半ばため息になった息を吐きながら、
僕は壁の向こうで今も元気にこちらに針を飛ばす本人、
妙な踊りにも見える格好のモンスター、サボタンを壁越しににらんだ。
僕は遠目に見ただけだけど、不思議な姿をした植物のようなモンスターのサボタン。
長い間考え事をしていたらしいご先祖様としては懐かしい相手らしく、
お尻に刺さったことがあって痛かったなあなどとつぶやいていた。
助言は的確で、出発前にマリーと共に土魔法、水、正確には氷の魔法を学び、
僕は思ったよりもあっさりと両者の魔法を最低限ながら習得する。
ご先祖様は元々覚えているような状態の物を
有効にしただけだな、と言っていたけどよくわからない。
ちなみにマリーは苦戦している。
それだけ、属性とその魔法習得は得意分野以外厳しいのが普通なのだ。
個人的にはこの素質自体、自分の元々の物だとは思えないのだけど、
それはそれ、力は力ということだろうか。
『腕の良い鍛冶師に良い武具を作ってもらったらずるか?といえば
そうではないようなもんだ。気にしなくていいぞ』
(うん、いつも助かってるよ)
話がそれたけど、サボタンはモンスターである。
無駄にも思えるほどの強い生命力に、
直接、あるいは今のように飛ばして突き刺さる全身の針。
全身素材らしいけど、一番の素材はその中身、水分というか体液?だ。
ヒルオ草と同じようなポーション用の素材だけど効率が違う。
サボタン1匹……1本か?ともかく1に対してヒルオ草は50以上。
サボタンの大きさによってはもっと差が出る。
作れるポーションの品質というか、程度は非常に低く、
家庭でもお守り代わりに常備出来るほどの価格帯なのだけど、
数が稼げるのであちこちで養殖されている相手だ。
今回の依頼はそんなサボタンの採取なのだ。
針の飛んでくる合間に素早く土壁から顔を出して確認すると、
まだまだ元気そうにサボタンは膨らみ、慌てて隠れた土壁に向けて針が飛んでくる。
「本当は壁越しの魔法は怖いんだけど……。
凍てつく吐息よ、我が手を離れ彼の者を抱け! ブリーズ!」
瞬間、僕は目の前の空気が冷え、まるで早朝のような冷気が漂うのを実感する。
『上手いじゃないか。いい感じに凍ってるぞ』
「マリー!」
「えいっ!」
僕の声と同時に顔や目等を布や仮面で隠したマリーが
その手に長い柄の刃物を持って壁から飛び出していく。
狙いは先ほどの魔法で凍ったはずのサボタンの根元だ。
狙い通り、人間で言うと膝から脛ぐらいが凍り付いたサボタンを
その根元で切り取り、横倒しにする。
不思議なことにサボタンは地面から切り離されるとすぐに動きを止めるのだ。
「よいっしょっと!」
僕は土の壁をさらに前方に産み出すと、
マリーによって切り倒された状態のサボタンに近寄り、
アイテムボックスへと仕舞い込む。
通常は大きめの麻袋などに詰め込むそうなのだが、
たまに針が突き出てきたりすると聞いたのでアイテムボックスの出番という訳だ。
僕の胸元ぐらいまではありそうな個体が消え、
その分、僕の中の魔力がアイテムボックスの維持に多少だけど
消費されるのを感じる。
『20……いや、もうちょっと入れると厳しいかもだな』
(さすがにそこまで採取はしたくないなあ……)
ご先祖様の声に答えながら、
僕は虚空に浮かぶ自分の状態を確認する。
確かにまだ余裕はあるけど、無視できるほど軽い負担でもない。
それでも万一の怪我が無くなるなら安い物だ、と思う。
比較的どこにでもあるヒルオ草は
道中怪我の危険があるかないかという点では
サボタンより初心者向けと言えるのだと思う。
何よりサボタンの中身がこぼれないように
氷漬けにするか、向きを考えて運ばないといけないわけで。
面倒な依頼、というのがサボタンの採取なのだ。
「あっちのほうはちょっと色が違いますね。アレが魔力回復可能な個体でしょうか」
「たぶんそうだろうね。よし、やろう」
マリーが指さすサボタンは一時的に針が品切れなのか、
くねくねとしながらも針を飛ばしてこない。
リボンのような赤い花をいくつも咲かせている。
サボタンが針を飛ばす時にはぷくーっと体がここから膨らむので
わかりやすいと言えばわかりやすい。
もっとも、倒す以外に止める手段がないのだけれども。
養殖されているサボタンに対して、わざわざ依頼の出る
天然ものと言えるサボタン。
その違いは今目の前にいる個体のように、
たまに違うポーション、魔力回復用の物になるのがいるからだった。
昔は体力と怪我用のだけだったらしいのだけど、
いつからかこの個体が産まれるようになったとか。
ともあれ、冒険者としてはお金の元。
ありがたく採取である。
「普通のが2、魔力用が1ってとこですね。今日も確実堅実です!」
「事件が無いのが一番だね」
目的のサボタン採取を終え、開けた場所でやや遅い昼食の僕達は
体を休めながら互いをねぎらうように語らっていた。
そんな時だ。
「そういえば聞いたことありますか? サボタンの噂」
「サボタンの? んー、どんな?」
マリーは女性の多いお店などによく出入りしていて、
うわさ話を世間話として色々と聞いているようだった。
ほとんどは噂というか怪しいのだけど、たまに本当の話が混じるから侮れない。
「サボタン、動くらしいですよ」
「え? 動いてた……よね?」
どんな話が出てくるかと思ったら、
拍子抜けという奴だろうか。
でもマリーは僕の問いかけに、真剣な表情を崩さない。
『マリーの言うのとは違うかもしれないが、俺も見たことあるぞ』
訳の分からないまま、ご先祖様はマリーの言葉を肯定する。
一体動くとは?と疑問が顔に出ていたのか
マリーはうんうんと妙に納得したようにうなずく。
「ですよね。動くって言ってもあのくねくねっとしたものじゃないんです。
なんでもですね、月夜にとあるサボタンが歩き出すという話です」
「歩く……しかも月夜に? 歩くのはともかく、なんで月夜なんだろう」
話ながら想像してみる。
昔から夜、特に満月の月夜は魔の夜と言われている。
この場合の魔、とは悪い意味だけでなく、
単純に魔力のあふれる夜、ということになる。
僕の知っている話だと、精霊がお祭りを開くだとか、
どこからか精霊のあふれる世界との窓がつながるだとか、
色々なんだけど、共通していることがある。
そう、魔力に関する異常性だ。
あれ? よく考えたら今日は……。
「不思議な話ですよねー」
「うん……そういえばさ、マリー」
「満月だから夜に出会えるかもね、とは思ってたんだけどさ……」
「ものすごく踊ってますね……アレ」
依頼を終え、夜営の準備をして再びの街の外。
本当は夜に出かけるのは回避すべき、なのが冒険者に限らず常識だ。
近くに接近されてもわからないし、明かりが無ければ何もできない。
そう、こんな月夜でも十分とは言えないぐらい夜は暗いのだ。
そんな中、昼間にサボタンに出会った場所に近い丘の上。
満月の黄金の光に照らされて、10匹ほどのサボタンが……踊っていた。
森の踊り子の異名がまさか陽気に円陣を組んで
踊る様を表すことになるとは、予想もつかない人がほとんどに違いない。
僕達は物陰からサボタンたちが踊る様を見つめていた。
『……おい、おい! ファルク、おい!』
「え!? あっ、何が!?」
どこかぼんやりと、遠くなっていた意識。
そこに飛び込んでくる必死なご先祖様の声。
慌てて横を見れば、マリーは今だ何かに呆けたようにぼんやりしている。
『気が付いたか! くそ、もう2時間も動かずに声に反応も無い状態だったぞ。
幸いにも何かの襲撃とかはなかったけどな。しかも俺でも体が動かせないし……』
ご先祖様の言葉にゾッとしながらも、僕はマリーのほっぺたを軽くたたいて正気に戻す。
いつしか夜は過ぎており、もうすぐ早朝に近い時間になっていた。
「ファルク……さん? あれ、私何を……」
「よかった……あ、サボタンは!? え……」
目に正気が戻ってきたマリーに安堵し、
ふと気が付いて僕はサボタンたちが躍っていた方向に目を向け、硬直した。
気が付けばサボタンたちはひたすらに踊ったかと思うと、
いつしか月明かりに溶けていくところだった。
後に残ったのは……。
「穴……ですね」
マリーの言うように、何もなかったはずの丘にぽっかりと、大穴が開いていたのだ。
ランド迷宮よりやや大きい入り口。
そう、新発見かどうかはわからないけど、
僕達の潜ったことの無いダンジョンだった。




