MD2-178「嘘か真か-1」
「よかったですね」
「うん」
それきり無言で、僕とマリーの間には沈黙が降りる。空気を読んでか、こちらも無言でかっぽかっぽと小気味よく進むホルコーの足音だけがのどかな風景に音を足していた。やや薄曇りの、柔らかな日差しが2人と1頭を温かく照らす。ゆっくりと向かう先は……ギルドで受けたちょっとした依頼のための場所だ。
謎の紫な塔をなんとか攻略した形の僕とマリー。塔の中にいたよくわからない相手であるつぎはぎ人形は、その土地に出てきた時に捕まえる形になった人間たちを不思議な結晶の中に封印していた。それらはつぎはぎ人形を倒すことで解除され、中の人はみんな生きていた。シャルナさんの両親もね。
「でもよかったんですか? お礼も依頼金も余分に貰わなくて」
「うーん、それもどうかなって思ったんだよね。いくらお礼してもしきれないって言ってたけど……僕達それが目的で戦ったわけじゃないからね。そりゃ、お金とかはあるだけ不便ってことはないけど」
そう、無事に両親と再会したシャルナさんは泣いた。そりゃあもう、泣いた。ずっと我慢してため込んできたんだろうなあって量の涙を流して抱き付いていた。状況を知った2人からは、マリーの言ったように色々とお礼としてもらってくれないかという話もあった。
けど僕は、そのほとんどを断った。これからばたばたして、何かと入用でしょう?と。かっこつけだなあって自分でもわかってるけど、幸せそうな3人を見ていたらそれで十分じゃないかなって思ったんだよね。まあ、せっかくだからあの場所からちょこちょこっと薬草類は補充させてもらったけどさ。
『きっとお金以上の物に巡り巡って帰ってくるさ。世の中はそういうものだ』
(かなー? だと良いね。それよりも、今は今、かな!)
「マリー、依頼の場所まではもうすぐ?」
「ですね。確かあの丘を越えたあたりですよ」
ギルドで写した地図を参考に進む僕達。見えている丘を下った先で、魔物のようなハチが巣を作ったという話でその確認と、必要なら討伐が依頼だった。街道からは大きく離れているから、猟師さんとかの合同での依頼でお金は少ない。けれど気を紛らわすのにはちょうどよかった。
「ん、こっちでも確認したよ。そうだね……このぐらいの反応がいっぱいかな」
「一気に燃やしちゃいましょうか。森からは少し離して、ですけど」
聞くだけだと強引かもしれないけれど、多分それが間違いない。それに、巣に残っている色々は使い道があるらしいからね。ついでにまとめて採取だ。巣の反応がある場所にゆっくりと近づいて、偵察に飛んでいる個体を一撃。
「これをこうしてっと……マリー、ホルコーと一緒に離れてて」
「まだ魔法が使えないんですから気を付けてくださいね」
そう、僕は先日のつぎはぎ人形を倒していない。だいぶぎりぎりまで削ったけどそれまでだ。だからか、階位は上がった手ごたえがなかった。ということは、切り札を使った後の反動が残ってるということだ。僕が見える空中の地図も厳密には魔力を使う。だから回復しない魔力を補充すべく、シャルナさん家からもらったルドラン草で無理やりちょこっとだけ回復してある。
そうこうしてるうちに、仲間が戻ってこないことに気が付いたのか他の巨大蜂もぶんぶんと飛んできて……そこから先は作業みたいなものだったかな。巨大蜂はその大きさ故か、維持できる巣の大きさと中の数がそんなに多くない。多すぎると食べ物が無くなって餓死しちゃうのを本能的にわかってるみたいだった。だから地図上の反応は多くても、実際に数そのものはそんなに多くないわけ。
「行きますっ!」
声と共に空に赤い光が花開く。ホルコーの背に乗ったままのマリーの放った火球がさく裂し、何匹かを巻き込んで爆発した。僕はその直前にその下からは逃れて、別の個体を明星でしっかりと切断していく。マリーの方に向かおうとすれば途中で僕の投げるナイフが突き刺さり、僕を襲おうとするとマリーの魔法に巻き込まれる。そんな動きを続けていれば、終わり。
もう増援がなさそうなことを確認してから巨大蜂の毒針や毒袋を回収しつつ、巣を確認した僕達は出来るだけ丸ごと持って帰ることを計画した。方法は単純、マリーが風魔法で切り落とした巣を、僕は触ると同時にアイテムボックスへ収納、安全な場所で取り出してから改めて運ぶのだ。
「ハチミツはないんですね……」
「蜜じゃ賄えない大きさだからねえ……でも巣は色々と使い道があるらしいよ?」
『主にロウだろうな。これだけあれば相当量の蝋燭が作れるだろう』
確かに白っぽいぬめっとした部分は小さな普通のハチの巣でも見る物だった。そのまま依頼を終えた僕達はのんびりと町に戻り、清算を終える。ついでとばかりにマジカル測定球君で自分たちの状態を確認してみた。
「魔法の適性は変わってないかな?」
「そうですね。でもスキルが増えてますよ」
一般的ではない道を進んできたからか、いくつかのスキルが増えているのが確認できた。前に覚えたタフネスや魔力回復、精霊感知のほかにも……魔法生物看破、不屈、魔法剣熟練、なんてのが増えてたかな?
他2つはわかりやすいけど、不屈はピンチの時にも致命傷は出来るだけ回避できるように体が動いて、膝をつかないようになる物らしい。
『スキルは所詮、経験により得た力をわかりやすく表してるだけだからな。前々からの戦いが実を結んだような物だ』
つまりはそういうことのようだった。それでも僕は僕達の戦いが認められたように思えて、少し嬉しかった。マリーと、そしてホルコーも一緒に潜り抜けて来た戦いが意味がある、そう思えたんだ。だからこれからも頑張ろうと思えた。
「このまま強くなって、見つけられるといいですね」
「うん。絶対見つけるよ。マリーも紹介したいし」
ギルドの隅のテーブルで、僕達は向かい合いながら無言になってしまった。今さら口にした言葉を恥ずかしいから飲み込むって訳にもいかないし、もう同じようなことは口にしてきてるもんね、今さらのはず……だけどまあ、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。
「町を歩きましょうかっ」
「そ、そうだねっ」
ごまかすように2人して半笑いのままギルドを飛び出した。決して周囲からいつの間にか視線が集まっていたからじゃない、はず。補充する物もあるんだよ、うん。
まだ昼を過ぎたあたりの時間。市場はまだ賑やかだった。いろんなお店が出ていて、食べ物だったりよくわからない雑貨だったり。高いのも安いのもある。僕達は冷やかすように見て回りながら、時には買い食いをして過ごした。
「見てください、ファルクさん」
「え? おおー珍しいね」
露店にしては珍しく、高そうな細工物を売っているお店があった。僕から見ても、造りはかなり綺麗だ。値段もそこそこ安く、光り方からいって素材は銀に見えた。この感じでこの値段ならむしろ安すぎるぐらいに思えた。
『ん? 何かおかしいな』
(そう? んー、ちょっと見て見ようかな)
見学してる間に、多くが売れていく。それはそうだ、この値段なら3個ぐらい買うお金で普通のお店な2個か、下手したら1個ぐらいしか買えないような値段だ。在庫の多くが売れていき、お客もいなくなったところで僕はお店の前に立つ。
「いらっしゃい。残りは少ないがどうだい?」
「ちょっと見てもいいですか?」
断りを入れ、気になった1つを手に取る。するとすぐにわかった。この細工物、銀は表面だけだ。しかも、その銀もなんだか混ざり物がある。確かに純銀とは言ってないけど、安いわけだ。実際には相場か、まあ、こういう露店で買うならこのぐらいかなって値段じゃないかな?
「おじさん、これ」
「そいつを買うのかい?」
笑顔になるおじさんに向けて僕は細工物を手にしたまま首を振る。きょとんとしたおじさんをしっかりと見つめる僕。マリーもその様子に気が付いて、細工物を元に戻して僕の横に立った。それを確認してから、僕は手にした細工物をおじさんに突き付ける。
「ねえ、どうして中身は木なの? それに、銀が少なくない?」
「ゲェッ!? ちょ、ちょっとこっちへっ」
おじさんにとって幸いだったのは、両隣の露店がもう片付けられていたことだろう。だから今の僕の声を聞いた人はいない。慌てたおじさんによって僕は路地裏に引っ張られた。
「た、頼むっ! 今日だけは見逃してくれっ!」
「ひとまず理由を聞かせてもらおうかなー」
僕は何故だかそのまま衛兵に突き出す気にもならず、話を聞くことにした。厄介事の匂いがした? そんなんじゃない……はず、はずだよ!
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