MD2-176「善意と悪意-3」
視界は全て紫色だった。壁は透明な……何かの鉱石のよう物が板状になってはめ込まれている。空には太陽らしき光の丸も。けれど……光も影も、全てが紫色だった。目がおかしくなりそうだ。
「マリー、手を離さないようにし……っ!?」
目に入った光景を頭が飲み込めない。咄嗟に離してしまいそうになった手は動かなかった。すぐにご先祖様が僕の体を操って握ったままにしてくれたんだとわかる。混乱する自分と、理由があるはずだと叫ぶ自分がせめぎ合う。理由は……マリーの顔が骨のように見えたからだ。
「ファルクさん? ファルクさんですよね?」
『落ち着け。既に何かの魔法にかかっている。ちょっと痛いが弱めたマナボールを自分に撃て』
どうやら僕のように何か変な物が見えているらしい怯えた声が目の前の髑髏から聞こえる。首から下はマリーのままだというのだからたちが悪い。空いている方の手で自分に向けてそのままマナボール。突き飛ばされたような衝撃が走るけどしっかりと踏ん張った。
「イッテテテ……ああ、マリー。ちゃんと君の顔が見えるよ」
「わかりました。んっ!」
僕が止める間もなく、マリーも自分自身へとマナボールを撃ち、よろけるけれど目を開いたときにはすっきりした顔になっていた。何も言わずに、互いに顔をぺたぺたと触りあっこしてしまうのだった。
「幻覚……いつの間に」
「きっと転移した時にですよね。手をつないでなかったら、偽物と思ったかもしれませんよ」
彼女の言葉にはっとした。この塔が出てきた時、そこにいた人はいなくなってしまったという。恐らくはこのダンジョンに飲み込まれた。そんな中で、異形の姿をしている知り合いらしい相手が近寄ってきたら? 半信半疑が良いところだと思う。少なくとも、いきなりそのまま仲間と思って接するのはなかなか厳しいと思うのだ。
『モンスターの中には同士討ちを誘うべく幻覚を使う奴もいる。その対策を覚える必要があったんだ』
(……そういうことなの?)
ため息1つ、僕は明星を抜き放って戦いに備えた。しっかりと魔力を練り上げて充満させておけば同じ幻覚にはほぼかからないであろうという助言をもとに、ようやく手を離して2人とも戦闘準備だ。殺気の話の通りなら、このダンジョンには……。
「進もう。予想が正しければこのダンジョンには試練の主がいるみたいだから」
「あの人狼のようにですか? 一筋縄ではいかないみたいですね……」
硬い地面を足裏で感じながら、ゆっくりと僕達は塔の中を進み始める。2人がいるのは真っすぐの通路のど真ん中。どっちへ行けばいいのかも案内も何もない場所だけど、なんとなくどちらでもいいような気がした。だって、ここがそういうダンジョンなんだとしたら逆走して外に出てしまったらまずいからだ。
「ん、足音?」
「みたいですね……来ましたよ」
僕達が向かう先の暗がり……というにもやっぱり紫の光景だからイマイチわかりにくい場所から出てきたのは人影。僕達より倍ぐらいかな? 南の森の中で出会ったドールたちとは違う意味で人間臭さがない顔をしている。まるで人間を真似して失敗したゴーレムの様だった。
「少なくとも、遠慮なく倒してもよさそうだって言うのは朗報かな?」
普通じゃない状況ばかりがきっとこのままだと僕達を疲弊させていく。だとするとあまり時間をかけるのも良くない。だからちゃっちゃと行こう。少し腰を下げて明星を構え、マリーの詠唱を耳に聞きながら駆け出す。後ろから僕を迂回するように飛んでいくのはマリーの風の魔法。足止めを基本とするウィンタックが器用にも2つ飛び、ちょうど正面にいる2体の人形の動きを止めた。
「はっ! でいやっ!」
高い天井を活かし、僕は大きく飛び上がって上段から力一杯明星を振り下ろした。十分体重と勢いの乗った一撃は硬い手ごたえを残しながら人形の右肩あたりからをしっかりと切り裂いた。大きな右腕が肩口から床に転がるけど人形はひるむ様子はない。本人達の意思の無い本当にゴーレム的な物なのかな?
「レッド……バンカー!」
すれ違いざま、もう1体の人形の膝あたりに明星を突き立て、剣先から炎の槍を繰り出す。そのまま倒れ込む人形にとどめを刺そうとして先ほど右腕を切り裂いたほうが向きを変えるのがわかった。とっさに回避すると、目の前に残った左腕をたたきつけてくる姿があった。けれどそれはマリーにとっては大きな隙。合図をするまでもなく、人形の背中にマリーの放った火球がさく裂した。僕は人形を盾にする形でやり過ごし、予定通りに倒れ込んだままの人形の首部分を切り落とすことに成功した。
「何も残しませんね」
「でも精霊が見えるから経験を得るための場所ってことなのかもね」
どのぐらい精霊が集まると階位が上がるかははっきりしないけれど、集めておいて損はないと思う。ぼんやりとした顔に見えた小さな精霊たちが喜んだ顔で僕とマリーの体に入っていくのを感じた……ん? こんなにはっきりと精霊の顔って見えてたかな?
『そういうスキルを覚えたのかもしれないし、ここが特別なのかもしれない。それよりも先へ進もう』
忠告に従い、そのまま通路らしき場所を進むことしばらく。視界が開けて広間のような場所に出た。やっぱりここも外から見たより中の広さがおかしい。ダンジョンは不思議な場所だということを改めて感じる。それに……こんな場所に教会があるんだからね、不思議さの極みさ。
「ようこそ、久しぶりの客人。いや? 数年前にも来客はあったかな?」
「貴方はここの番人、あるいは試練の主ですか?」
僕の問いかけに、相手……男なのか女なのかよくわからない顔をした人影がどこか歪な礼を返してきた。その姿を見た僕は1つの確信を得ていた。これは、違う。ドールの彼らとは全く違う……と。
あくまでも人間を模して、出来れば人になりたいと思っている彼らと違い、ただ人っぽい姿であればいい、そんな意図を感じる。長さの違う手足、よく見ると顔や他の体も継ぎ接ぎだ。正面から見ているとムカムカしてくる歪な姿だった。
「主ともいえるしそうでもないともいえる。元々、この場所に主が必要かどうかは議論の余地があるね。だけど残念だ、とても残念だ」
「何を言っているかわかりませんけど、そこに並んでる人たちのことを聞かせてくれませんか?」
隣の彼女が指さすのは、まるで水晶の柱に閉じ込められたような姿で動かない何人もの人たち。見た目には死んでいるようには見えないぐらい綺麗だけど、こんな場所であの状況では……。
相手はしばらく動かなかった。一体何が、と僕が1歩踏み出す直前に急に動き出したせいでかなりびっくりしたのは内緒である。そして顔だけが水晶柱の方を向き……急に笑い出した。あちこちに反響し、聞いてるだけでどうも嫌な……そうかっ!
「マナボール!」
僕とマリーにさっきのように魔法を撃つと、靄がかかり始めた思考がしゃきっとしてくる。全く油断できない相手だ。あんな状態でこっちに何かの魔法をかけてきていた。マリーには悪いけれど変なことにならないためだから許してほしい。
「ほほー。ここがどういうものかわかっている、と。だったら説明しようかな。これらは幻覚に負けた人間たちさ。本人同士なのに武器を向け合い、殺し合うところだった。だから閉じ込めて生かしているのだけど……」
相手、つぎはぎ人形は不気味な顔をそのまま恐らく笑顔にしてきた。正直、怖いというか似合わないというか……まあそんな感じだ。
「もとに戻してもまた殺し合うかもって考えたら、こうしておくほうがいいのかなって思ったのさ。優しいだろう? 善意の塊だろう? 試練に来たのに未熟なままの相手を殺さずに生かしてあるんだからさ」
『こんな考え方の設定は無かったはずだ……何かがおかしい。ファルク、あいつを倒せばあの人たちは解放されるし、幻覚も消えるはずだ』
(了解。とにかくやれってことだね)
色々と聞きたいことはあるけれど、目の前の厄介な相手を何とかすべきという点には賛成だ。隣のマリーも表情を険しくして睨んでいるのが見える。半分ぐらい僕の撃ったマナボールのせいかな? そんなことないよね?
「ファルクさん、やりましょう」
「う、うんっ」
「おやおや? そんな武器を構えて……なるほど、そちらの試練もお望みですか。では……ショーのお時間ですよ、皆様方!」
いざ斬りかかろうとした僕の前で、つぎはぎ人形が踊り出す。途端に沸き立つ気配。僕達が教会だと思っていた理由、整然と並ぶ椅子や長机が不気味に動き出し、それは見覚えのある大きな人形と化したのだ。ただし、数が多い。
「ちょっと、こっちは2人何だけど!?」
「複数人用の試練に2人で来る方が悪いんですよぉ! ハハハハハハ!」
壊れた笑い声をあげるつぎはぎ人形の声が少し遠くなっていく。距離を取られた、そう感じながらもまずは目の前の人形たちの相手をしなくてはいけないようだった。
(勝てるのかな? ううん、勝たなきゃ)
弱気になりそうな心を叱り、僕は人形たちの中に躍り出るのだった。
色々と彼が知っている物と変質してきているようです。
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