MD2-173「確かな一歩」
「ファルク様……それのことをどこまでご存知なのですかな?」
呆然としている屋敷の主人であるシャルナさんの代わりに、鋭いまなざしの爺やさんが問いかけてくる。真剣な瞳……そこには主人を気遣う色が感じられたように思えた。と言っても僕もそこまで人間観察が出来るわけじゃないんだけどね。殺気があるかないかぐらいなものだ。
「知ってることとしてはあまり。実家にも同じような場所があって、その中の薬草類を売って弟たちが生活してるんですよ。昔々、各地を旅する偉い人が物資の補充に使っていたとかどうとかは親から聞きましたけどね」
実家の秘密の場所に最初に入り、薬草類を見た時にはこんな楽園が世の中にあるのか、なんて思ったんだよね。けれど、今ならわかる。あの場所はエルフやドワーフの里みたいに、この世界に無いどこかの世界につながっている。薬草たちも無限に生えるんじゃなく、環境が変わると維持できなくなりそうな……そんな場所だった。
『どんな状況にも対応できるよう、色々な物が植わっているんだ。ただ、場所はそのまま維持できても生えてる物はな……昔の英雄が戦女神からの報酬にあの中身を維持する権利を貰ったんだが……話としては伝わっていないだろうな』
ご先祖様の言う通りなら、空間そのものは作ろうと思えば作れるという時代があったけれど、中身の育成は別の力による物らしい。世の中、不思議が一杯だね。便利だからいいんだけどさ。
「さようですか……失礼ですが、ご実家の維持費用とこちらの屋敷等の維持費用とは比べるのは難しいのでは?」
「確かに、ファルクさんのお家も大きかったですけどここは土地の管理もありますからね」
正面から言われるとちょっとへこむけど、2人の言うとおりである。何も僕も、中の薬草類で財政改善!なんて簡単に行くとも思っていない。要は使い方なのだ。市場に流せば価値は一定の値が付いて回るけれど、今この瞬間、これが欲しい、あれが欲しいというのがどこにでも起きる、それが商売のタネ。となれば、だ。
「ええ、ですから……現金ではなく、現物を報酬にしてスライム駆除の冒険者とかを雇いましょう」
そのためにもまずは何が札に出来るかの確認をしないと、と言って僕はようやく事態に追いついてきたらしいシャルナさんに許可をもらい、4人でクローゼットの中に入っていくのだった。
(ちょっと? 僕の実家の奴より広くない?)
『多少は地域差はあるさ。どこでも大規模とはいかなかったような気がする』
言ってもしょうがないとは思いつつも、思わず愚痴ってしまう僕がいた。入ってすぐに気が付いたんだ。この場所が実家の奴より3倍ぐらいはあるなって。だから生えてるやつも多いし、種類もちょっと多い気がする。
それでも全部が全部高価値かというとそうでもなさそうなので、選んで扱うのは普通には確かに難しいかなと感じる。この辺なんか普通にそこらに生えてるヒルオ草だもんね。たぶん、屋敷のそばにも生えてるんじゃないかな。
「あ、ルドラン草見っけ。これが一番わかりやすいなあ……あれ? 木もある……灯りが少ないのによく育ってるなあ。ってこの光り方、まさか!」
「私は存じませんが、貴重なのですかな?」
本当に知らないらしい爺やさんに頷きつつも、ぼんやりと青く光る葉っぱと枝、そして花を丁寧に採取する。枝や葉っぱは中級のポーション材料にどこでも需要があるとして、花は扱いに注意が必要だ。
「ある意味貴重すぎますね。外だと僻地か、自分の土地に植えた貴族ぐらいしか手に入らないかも……ミポイレ、花が枯れた泉が湧きあがり、しなびた亀も生き返ると言われるその……興奮剤になるんです」
「こ、興奮!? 黙って聞いていたら……なんてことを言うんですの!?」
驚きの連続にか、妙に口数の少なかったシャルナさんはここぞとばかりに声を出してきた。気持ちはわかるよ、うん。だけどこういうのは知っておかないと知りませんでした、では遅いかもしれないんだ。それこそ、知らないまま使われてしまっていたり、なんてことがあったらいけないよね。
「シャルナさん、毒も薬も使いよう、ですよ。気になるなら外に出さなければいいんですから」
「それはそうですけども……」
同じ女性ということでマリーの宥め方は上手い。すぐに収まったシャルナさんの勢いに内心ほっとしつつ、周囲を見て回る。この内容なら、現金は安くても物品での報酬が選べるとすれば飛びついてくる冒険者は出てくると思う。特に魔法使いならルドラン草が手に入る機会は逃さないだろうね。
それらをシャルナさんと爺やさんに説明すると、2人とも頷いて感心した様子だった。
「懇意にしてるギルド員と相談し、相場に見合ったものにしましょう。出所は問わないのはよくあることですからね。お嬢様、それでよろしいでしょうか」
「え、ええ……」
状況改善の光が見えてきたと思ったのは僕だけだったんだろうか? シャルナさんはあまり元気にならないようだ。他にも気になることがあるのかな? それとももっとどかんとお金が欲しいんだろうか? 管理にはお金がかかるのはマリーの実家の騒動を考えても間違いないとは思うけれど……僕にはそこまでのことはできないんだよね。
「問題がありそうなら今の内に言ってくださいね」
「そういうのではありませんの。その……結局自分の手ではどうにもできないのだなと。ご自分で剣や槍を振るい、魔物を打ち倒していたという祖先に顔向けできませんわ」
そんな告白に、3人で顔を見合わせてしまう。人には向き不向きは間違いなくあるし、努力したからとその方面での十分な実力が付くとは限らない。ましてや魔法となればその属性の適性ははっきりとしている。もちろん、例外気味に僕やマリーのような存在がいるわけだけど……。
『待てよ? ファルク、彼女は言っていたな。魔物を倒しても少ししか成長しないと』
(うん。全体的に少しだけ成長するけどそれが少しだから強くなるのに時間がかかるって)
言いながら、僕もご先祖様が言いたいことに気が付いた。いつだったか聞いた、英雄たちの力の秘密。……祈りによる成長。かつての英雄たちも、魔物を倒しただけでは強くなれなかったらしい。女神様や戦女神に祈り、自分の目標を一緒に考えるとその道へと導きが得られたという。
「このお屋敷に戦女神様か女神様の像とかってありますか?」
「ええ、別室に1つ。昔ながらの小さいものですけれど……」
どうしてそんなことを?という疑問にはこうなったら神頼みぐらいですかね?なんてごまかしつつ、ご先祖様との会話に戻る。像があるとすると祈っていないはずがないからだった。なのに彼女はあまり成長していない。ということはその成長方法は上手くいかないのでは?と思うわけ。
『精霊が薄まって祈りが届いてないのかもしれないな。純銀貨を数枚備えれば……恐らく』
(余分なお金は使えなかったから祈りが届かなくなったってことか……なんだか寂しい話だね)
どこの世界もお金お金、か。そんなことを思いつつ、こちらの指示通りに薬草類を採取してくれていたマリーに声をかけて、お屋敷へと戻ることになった。一度採取した物の相場を確認すべきだし、像の状況も見ないといけない。
「こちらです」
「良い場所ですね……ここなら祈りに集中できそうです」
案内された先は、祈りのための場なのか窓も少なく、唯一の窓際に戦女神様の像が置かれている。空に向かって剣を捧げている、典型的な祈りの像の1つだ。よく見ると、確かに精霊が周囲の色々とそう変わらない量しかいない。シャルナさんたちの疑問の視線を背中に浴びつつ、僕はこっそりと取り出した純銀貨を像の足元に捧げ、膝をついて祈りを捧げる。
(両親に出会えるように、困難を払う力を……)
すっと、何かが降りてくる気がした。そしてそれは気のせいではなかったようで、気配を感じて頭を上げるとそこには羽根の生えた子供が。戦女神様が遣わすという、祈りが届いたときに出てくるという存在だ。声もなく、光だけが僕に注ぎ……消えた。
「い、今のは……」
「あれが本当に祈れた時の証拠みたいですね。さ、シャルナさんも」
勧められるまま、おずおずと僕と同じように膝をつくシャルナさん。僕はそんな彼女に、なりたい自分をしっかりと想像しながら祈りを捧げてくださいとだけ伝えた。結果は……大成功だ。何回もさっきの羽根のある子供が降りてくるのが見える。
「力を感じますわ! これが……これが……ああ、ファルクさん。貴方は女神様の御使いでしょうか?」
「違います! ファルクさんは私の良い人なんです!」
恍惚とした表情で僕ににじり寄るシャルナさん。腕を組みながらなものだからその胸が強調されていてちょっとドキッとする。それでも腕をとってくるマリーの声にはっと気を取り直し、話を知っていただけですと言い訳をする僕であった。
「お嬢様、今日はお祝いに致しましょう」
「ええ、ええ。そう致しましょう。生活のめどもつき、そればかりか未来を切り開いていただけたお礼をしなくてはいけません」
そういって笑うシャルナさんの手のひらからは、喜びが抑えきれないのかいくつもの光球が飛び交っていた。覚えてはいたけど使えなかった灯りの魔法だ。よほどうれしいらしく、屋敷中を照らしまわってなお、まだ使い足りないようだった。
「よかったですね」
「そうだね……誰かの落ち込んでる顔は見たくないからね」
お金は儲からなかったからタダ働き同然だけど、なんて笑いながら僕達は何か手伝えることは無いかと聞きに行くのだった。
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