MD2-171「川のほとりで-3」
両親の伝言に従って西へと旅を進めていた僕達。そして出会った両親の友人からは多くのことを学ぶことが出来たと思う。そんな相手からの提案で、昔の遺跡とかが多く残るという西方諸国へとさらにやってきた僕達は、西方諸国の中でもとある話で有名な小国であるイシュラにたどり着いていた。
いつものようにギルドに顔を出して、地元ならではの依頼をイシュラを拠点にしているという冒険者、マーヴィンさんと一緒に受けた。それは水車に固まるスライムの退治。魔法さえ使えれば余裕というその依頼の最中、僕達はスライムに取り込まれていた少女を助けるのだった。だけど……。
「なんでしょう、ファルクさん。私、初めて人を助けない方がよかったかなって思ってます」
「お、落ち着いてマリー」
今にも爆発しそうなマリーを必死で宥めるも、すぐには収まらないかなあなんて思っていた。原因は助け出した少女にあったんだ。そりゃあ、素っ裸で放り出されて、しかもわけのわからないうちに怒られたら向こうも反発するだろうけど……うん。
「頭はぶつけると危ないんですよ! その時は良くても後から……大丈夫ですか? フラフラしてないですか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
今度は逆に僕がマリーに肩を掴まれて問い詰められるような姿勢になっていた。ちなみにその間にも……少女は毛布を体に巻き付けながらマーヴィンさんにぶつぶつと文句を言っていた。要は、乙女に恥をかかせて!ってことらしいんだけどさ……うーん?
「おいおい、どこのお嬢さんか知らないけどよ、命の恩人に向かってその態度はどうなんだ?」
「だからってこんな助け方……ひどすぎますわっ!」
少女が叫ぶのもまあ、わからないでもない。服や装備は形は残っているけれど、肝心な留め具とかが既に熔かされてるから体に巻き付けるぐらいしかできない。それもスライムに取り込まれてたからベトベトもいいとこだ。とても再利用したいとは思えない。
その上、さっきも言ったように自身は裸で放り出されたわけだから……ね。でも、スライム相手に命がちゃんとあっただけ十分なんだけどねえ?
「はぁ……わかってないようだな。お前さん、後半日もしないうちに死んでたんだぞ」
「え? ス、スライムですわよね? 余裕だけど碌に稼ぎにならないっていう」
きょとんとした少女の言葉に、僕もマリーも、マーヴィンさんも悟った。この子、魔物の知識がほとんどない素人さんだと。道理で装備が真新しいわけだ。スライムが表面の汚れとかを溶かしたわけじゃなかったんだね。
「そいつは魔法が使える奴にとってだ。近接にとっちゃ、厄介な相手だよ。現にお前さんも取り込まれただろうが。スライムに取り込まれると……いっそのことすぐに殺してくれって目に合うんだぜ」
ごくりと、少女の喉がなった気がした。マーヴィンさんが嘘を言う顔と雰囲気じゃなかったからだと思う。僕もこの話を最初に聞いたときには、絶対に近づきたくないなと強く思ったぐらいの話だ。それというのも……。
「まず、スライムが顔まで取り込まなかったのは偶然じゃねえ。奴らは知ってるのさ。獲物が叫ぶと仲間が寄ってくるってな。そしたらそいつらも取り込めるわけだ。んで、少しでも仲間が集まりやすいようにスライムは獲物をすぐには殺さねえ。じわじわといたぶる。お前さんの装備、なんで剥ぎ取られたと思う? 服の中にまで入ってこれるっていうのによ」
「それは……わかりませんわ。偶然じゃありませんの?」
確かに、何か意味があってそうなるとはなかなか思えないよね。僕も聞いただけだけど、スライムにとって、鎧や服なんかは獣で言う……毛皮にあたるんだ。美味しくない、邪魔な部分。それが無くなれば後に待つのは……美味しいお肉の部分ってわけ。
そのことをゆっくりと言い聞かせるマーヴィンさんの顔は真剣そのものだ。優しいなと思う。彼女へとこんなに丁寧に教えてあげる義理なんてないんだからね。
「つまりはお前さんは毛皮の剥がされた獣同然だったわけだ。んで、その後しばらくは特にないように見えるが……実は恐怖は始まっている。ゆっくりと、溶かされているのさ。獲物は抜け出そうとして暴れる。するとどうなるか? 守る物が無いのにスライムの中で動けば当然、溶けやすい。ついでに仲間を呼ぶ声も必死さを増すだろうな。さあ、どうなると思う?」
「どうって……全部溶けちゃうんじゃないですの?」
その事を想像したのか、少女の顔は青ざめていく。毛布だけだから少し寒いのもあるかもしれないね。話が終わったら何か適当に着せてあげるべきかな? だけど体格にあうのがあったかなあ?
「最後には、な。けどその前には地獄が待ってる。皮膚が無くなれば、スライムの体液が直接怪我に触れるようなもんだ。それが全身だ……痛みに悲鳴を上げ、さらにあばれ、もっと溶けて……そんなことを繰り返していくうちに最後には手足が千切れて胴体だけになり、最後に頭が沈んで終わりだ」
ちなみにマーヴィンさんが語った内容は、不幸にも助ける手段がなく犠牲になった人の目撃情報や、スライムの研究のために獣を放り込んだ結果の話だ。僕も同じような話を聞いたから、あちこちで同じような被害は残念ながら稀にあるようだった。
「嘘……」
「嘘言ってどうすんだよ。だから、一生感謝しろとまでは言わないけどよ? もうちょっとどうにかならんかね?」
状況を飲み込み始めた少女は、最後にはコクリと頷いた。長い金髪に緑の瞳。宝石をはめ込んだようなその瞳にはさっきまでは涙があったけど、今は悲しみのような感情が揺れているように見えた。彼女はマーヴィンさんを見て、僕とマリーを見て頭を下げた。
「皆様方に、感謝を。先ほどまでの暴言は謝罪で済むとは思えませんけど、今は頭を下げるぐらいしかできませんわ。お財布も持ちだしていないものですから……」
「えっと、そんな状況でどうしてこんな場所のスライム退治に?」
「魔法が使えないならギルドに止められるはずですよね……まさかっ」
伏せられた顔が全てを物語っていた。この子、依頼を受けずにここに来ちゃったんだ。スライムは雑魚、そんな知識だけを武器にして。危ない、危なすぎるよ! 家族だっているんじゃないの!?
気が付けば僕は、彼女の肩を毛布ごと抱きかかえるかのようにして向かい合っていた。首元に光るペンダントが気になったけど、それよりも今は彼女に言いたいことがあったんだ。
「駄目だよ。こんなことしたら……両親にもう会えないところだったんだよ? そんなことは、しちゃだめだ」
「……はいですの」
僕はその時、気が付かなかったのだけど、彼女の体はまだスライムの体液があちこちに残っていたらしい。だからつかんだ毛布がちょっとだけ滑り……ずるりと彼女の肩口があらわになった……僕の目の前でね。見た目はマリーより年下に見えた彼女だけど、胸は驚くほど豊かで……そんなことを思ってたら顔に衝撃が。たぶん少女に殴られた。
「どこ見てるんですの!」
「おふっ」
『はっはっは、役得ってやつだなあ!』
冗談じゃないよ、なんて思いながらもしりもちをついてしまう僕の後頭部が何かにあたる。地面じゃないちょっと柔らかさがあるものだ。これは……そのまま見上げると、笑顔のマリーと目が合った。笑顔っていっても……あはは、ちょっと怖いや。
「ファルクさん、街に帰ったらお話ですよ?」
「う、うん。でもその前に彼女に何か着せてあげないと」
「つっても毛布ぐらいしかねえぞ? 誰か買いに戻るか?」
微妙な空気が漂う中、僕達の耳に誰かの声が届いた。叫び声だけど悲鳴じゃあない。なんだろう……随分と通る声だけど……男の人?
「あっ、まずいですの」
「? ああ、私が付き添ってあげますよ。あちらに行きましょうか」
よくわからないけれど、妙に優しい顔をしてマリーが少女に近づくも、少女は真っ赤になって首を振った。どうやらマリーの考えてる事とは違うらしい。毛布をかぶり直しながら、きょろきょろと落ち着かない様子だ。
「隠れないといけませんわ。じいやが、見つけてしまいますの」
「じいやだあ? お前さん……結構いいとこの……待てよ? 金髪はともかくこんだけ見事な緑の瞳……まさか!」
「ちちちち、違いますわ。別人ですわよっ!」
急に慌てだしたマーヴィンさんと少女。僕がそれを問いかける前に、届く声が大きくなった。つまりはこっちに近づいてるんだ。振り返ると、道の向こうから誰かが走ってくる。
「お嬢様ぁあああああ!!! どこですかぁあああ!!! むむっ、お嬢様の魔力!」
「「お嬢様?」」
僕とマリーのそんな声が届いたのか、声の主である男性の走る向きが変わった。具体的には僕達の方に。呆然と見つめる間に、男性は目の前にやってくる。白髪交じりのまさに執事って感じの人だった。
「ああああ! シャルナお嬢様!」
執事さんがびしっと指さすのは……当然と言えば当然ながら、スライムから助け出した少女だった。その時に感じた逃げられない予感は、きっと間違いじゃないと思うのだった。
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