MD2-168「世界を支配していたモノ-3」
銀色の大きなゴーレムが崩れ落ちた後に残る無数の銀貨。その音と輝き、そしてその価値を考えて僕とマリーはどうしても浮かれる気分を抑えきれない状態だった。はっきり言って、油断だったと思う。
─キンッ
「え?」
だから咄嗟にそれに反応したのは、僕の体を動かしたご先祖様。左手にナイフを生み出し、素早く僕の顔の前にそれを出したんだ。そしてほぼ同時にナイフにぶつかり音を立てる……何だろうこれ。戸惑う気持ちはそのままだけど、ご先祖様が動くぐらいには脅威、これは間違いない。
「下がってっ!」
マリーを後ろに隠すように立ちはだかる。その先には……宙に浮く無数の銀貨がいた。魔力をまとっているのか、ほのかに光りながら浮く姿は不気味さと共に、なんだか綺麗な芸術品を見ているかのような印象も僕に与えていた。
『アンバーコイン……その銀貨版だな。魔法生物の一種だ。これが集まってゴーレムになっていた、と。面倒なことだ。動きは早い、気を付けろ』
「マリー、風を!」
縦横無尽という言葉が似あう動きでシルバーコイン(って言った方がいいかな?)が空を飛び、僕達に襲い掛かる。僕の方が脅威だと思われているのか、マリーの方にはほとんど飛んでいかない。1つ1つは小さなコイン、だけどそれが10や20、あるいはもっととなれば話は別だ。それに、なぜか棒のようになって飛びかかってくるんだよね。
「っとと! 危ないっ」
「風に上手く乗ってくれませんっ」
マリーが必死に風を産んでくれているけれど、それが捉えるのは一部にとどまった。半数以上が風が追いつく前に飛んでいっている状態だったのだ。かといって1つ1つ切り裂くのは事実上、無理。となれば範囲を攻めるしかないだろうね。
「魔法生物だったら何かスピリットみたいなのが宿ってるはずっ!」
何度目かの飛び込みでシルバーコインたちの突撃を回避する。地面をえぐるように突き刺さる音が無数に響き渡り、再び浮き上がってくる間に僕は姿勢を整えることが出来ている、そんな攻防だ。攻防って言っていいのかもよくわからない状態だけど、やるならここだ。
「マナウォール!」
瞬間、僕を中心に魔力が力場となった衝撃が周囲に広がる。物を押す力は他の攻撃魔法と比べて弱いけれど、この魔法はスピリット等の精神体によく効く性質を持っている。今回のようにコインを動かす何かがいるならば……よし。
『いい動きだったぞ。最初の油断は頂けなかったけどな』
(さすがにねえ。この輝きはまさに目がくらんだって感じだったよ)
後ろにいるマリーに手を振り、今度こそ2人で状況をゆっくりと確認する。シルバーコインは残念ながら、見た目は銀貨だけど銀貨ではなかったみたいだった。鈍い光の錆びたような硬貨が転がるばかり。それらも明星でつつくと、崩れ去っていった。
「お金持ちになったと思ったんですけどねえ……」
「早々上手くはいかないね。あ、でも見て……一部は本物みたいだよ」
無数に散らばるシルバーコインの残骸に埋もれるように、銀色の輝きがいくらか残っていた。それは本当の銀貨のようだった。1枚手にして鑑定してみると、僕からは銀貨、としかわからないけれどご先祖様はそれが昔々の銀貨、つまりはお宝だと示してくれた。
「このぐらいが一番ってことですかね?」
「かな? これでも十分儲けだよ」
実際問題、50枚もあればしばらく遊んで暮らせるからね。それでも純銀貨となればかなりのお宝だ。最初に山のような銀貨を見たから少ないように感じるけど、ね。それよりもこのゴーレムを倒すと祝福が得られるとか言ってたような気がするんだけど……おや?
「マリー、あんな扉あったっけ?」
「どうでしょう? 気が付かなかっただけかもしれませんし……開けてみますか」
冒険、そしてその安全面ということを考えると不用意に扉を開けるのは怖い話だと思う。だけど、危険に踏み込まないと儲けが無いのも冒険の真理の1つだと思う。いつだったかのサボテンダーの洞窟のように別れてしまわないように、今度は僕の後ろにマリーがくっつく状態で壁際に立ち、扉をこっそりと開ける。
音は、無い。何か飛び出てくる様子もない。ゆっくりと覗き込むと、小さな祭壇があった。台の上にのせられているのは何かの像。女神様や戦女神様の像じゃ無いみたい……んー? でも当たり、かな。
「じゃあまず僕が……くっ」
「ファルクさん!?」
心配したマリーを空いた手で制し、僕はそのまま右手を像に添える。具体的な名前はわからないけれど、何かを得られたのは間違いないと思う。宝珠の代わりにこの像だったってわけだ。ここの祝福はなんだろうね? ガルダさんも祝福があるとしか知らないらしいんだよね。
続けてマリーも手を添え、やっぱり何かにしびれるようにしてびっくりしてたけどそれ以外問題はなさそうだった。この像以外には何もなさそうだし、持ちだすわけにもいかないので僕達はひとまずの目的は達成した物として戻ることにした。
「そうかそうか! やっぱり遭遇できたか!」
「ゴーレムを倒せたと思ったらまさかの……でしたよ」
怪我そのものは無く、無事に戻って来た僕達をガルダさんは笑顔で迎えてくれた。ティスちゃんもにこにことしたまま入れたてのお茶でねぎらってくれた。今日は爽やかな匂いのハーブティみたいだ。疲れた体に効く香りだね。
「怪我もなくこれだけ得られたのなら大成功の部類だろうよ。2人がよければエスティナ鉱石でちょっと作ってやるぞ? お代は頂くが」
「良いんですか? ぜひ!」
仕事ぶりと、出来上がった物を見る限りガルダさんはとても優秀な鍛冶師だ。エルフやドワーフの職人にも勝るとも劣らない。両親が頼りにするだけのことはあると思う。それに、色々な話を知っている情報通でもあるんだ。
待つ間、僕達はいろんな話を聞いた。世間の情勢の事、良い噂、悪い噂、それに、霊山の事。僕とマリーがエスティナ鉱石を使ったアクセサリー、体力の回復を助ける物を作ってもらったころには数日が過ぎた。
「西方諸国……ですか」
「ああ。こっち側は2度の精霊戦争によって色々と地形も変わっちまった。だが西側はあまり影響を受けていない。昔からあるダンジョンもそのままだ。祝福もいろんな場所で得られる……と思う。俺が行ったことがないから話から推測したに過ぎないが」
申し訳なさそうなガルダさんに首を振り、僕は考え込む。あまり故郷や霊山から離れたくはないけれど、だからといって霊山に挑めるのが長引いても良くはない。多くの依頼を受けて経験を積んで、挑むだけの実力をつける必要がある……うん、やる価値はあるね。
「マリー、またちょっと知らない土地だけどお願いね」
「ええ、もちろん。むしろどんな土地か楽しみです」
僕のお願いに、躊躇なく頷いてくれるマリー。それがなんだか嬉しくて見知らぬ土地への恐怖のような気持ちがいつの間にかどこかに行ってしまったのを感じた。と、ガルダさんがどこかに行けとばかりに手を振っていた。
「ったく、そういうのは2人だけの時にしてくれ。独り身にはつれえよ。ぐえっ」
「ししょーには自分がいるの!」
僕が謝る前に、ソファーにもたれかかって天井を見上げたガルダさんへとティスちゃんが突撃し、何度も見たように呻くガルダさん。平和だな、ってなぜかその時に僕はそう感じたんだ。
数日後、僕達は西方諸国へ向けて進んでいた。
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