MD2-164「目標へ向けて-2」
「ふっ!」
その一息を合図に、僕の振り下ろした鉈によって薪が2つに分かれる。手に強い反発が返ってくることに、まだまだだと顔をしかめるのが自分でもわかる。ガルダさんの言うように、僕はまだ自分の体をうまく使えていない。ぎりぎり残し、最後にちょっと叩くぐらいで割れるのがちょうどいいのだとガルダさんは言っていた。
気を取り直し、今度はどうかと鉈を振り下ろし……今回は成功した。静かに薪が2つになり、わずかな満足感を僕に与えてくれる。実際にはご先祖様の助けを借りれば、大体の動きは教えてもらえるというか、代わりに動かしてもらうことも出来るのだけど、それじゃあね。
『とっさに動くことはできてもやはり自分自身で動かすのとは違うからな……』
(うん。わかってる)
次々に薪を割りながら、同じ庭の片隅で特訓中のマリーを見る。彼女は何か水を張ったお盆の上に浮いた船のような物を前にずっと唸っている。彼女らしくないというと怒られるかもしれないけど、自分では気が付いてないのかもね。
「ファルク坊はまず体を。嬢ちゃんは魔力の制御をもっと見つめ直す方がいい。それにはこれが一番さ。ほら、気を抜くと船が傾いて沈むぞ?」
「むむむ……んんん」
からかうようなガルダさんの声。なんでも小舟は贅沢に色んな金属を使った特別性らしく、ちゃんと魔力を放出して注がないとすぐに転覆するんだとか。実際、今も船は細かく揺れ、今にも倒れそうである。
ガルダさんは父さんたちと過ごすうち、色々と特訓の手助けを頼まれることが多かったそうで、鍛え方には自信があるそうだ。という訳で教わってるわけで……マリー、頑張れ。僕も頑張るからってイッタアアイイ!?
「イテテテ」
「ほれ、よそ見をしながら割るからだ」
手加減を忘れて鉈を振り下ろした物だから思いっきり反動が手にきた。魔物に食らう一撃とは違う意味で腕全体を痛みが襲う。涙目になりそうなのを必死に我慢だ。そんなことを繰り返しているうちに時間は過ぎていく。
「ガルダさんはお仕事は鍛冶なんですよね? 何か作らなくていいんですか?」
「んん? 今は材料待ちだよ。依頼人が材料にこだわっててな。持ち込みするからそれでっていうから開けてるんだが……そういや来ねえな。ふむ……依頼、受けてみるか?」
思案顔のガルダさんから提示されたのは恐らくは相場に近いであろう金額。それをガルダさんが払うと仕事の儲けは無いような気もするけど……いいのかな? 本人が納得してるなら僕達から特に言うことはないんだけどさ。
「南に下がったところにいい採掘場があってな。たぶんそこで買い付けてると思うんだが……」
「わかりました。後ろに髪を縛っている太めの男性となればたぶんわかります」
「お出かけなの? いってらっしゃいなの!」
ティスちゃんの声を背に、僕とマリーはホルコーに乗って街の南から外に出た。代り映えしないように一見見えるけれど、確実に今までいた場所とは違う光景だ。自然と気が引き締まるのを感じた。
僕の腕の中で前を見ているマリーも横顔は真剣だ。このあたりは街のすぐそば。問題が起きるとは思えない……買い付けに行ったという場所の途中かな?
「何もないといいですね」
「そうだね。買い付けに手間取ってるぐらいがいいんだけど……さて」
ガルダさんの教えてくれた買い付けが可能な採掘場までは半日程度だという。大した距離じゃあないはずなんだけど……何があったんだろうか? 理由がどうあれ、無事であるのは一番だ。盗賊や魔物に襲われてなんてことがないといいんだけど……ん?
僕はホルコーを止め、目に入ったそれをよーく見る。下手に今近づくと危ないかもしれないソレを。
「何か荷物がある……」
「え? 本当ですね。何かありますね……誰のでしょう」
恐らくは採掘場から街に向かうための……石の街道とでも言うべきかな? そんな道の脇の林。その中でも若干太い木の根元に小山のように何かが積まれていた。見える背負い袋等から誰かの荷物だというのはわかるんだけど……本人が置いて行ったとは思えない。どちらかというと……邪魔になって捨てていった?
「マリー、かるーく風を当てられる?」
「やってみます。えいっ」
攻撃魔法ともいえない、本当にお腹を手で叩くぐらいの風が飛んで荷物を揺らす。何かが隠れているということはなさそうだった。地図にも反応が無いし……本当にただの荷物みたいだ。街道から少し離れてるし、木に隠れるようにしているから他の通行者は気が付かなかったかな?
ホルコーから降りてマリーと2人で荷物の確認に向かう。
「水の入った袋に、干し肉……パン。あれ、こっちは鉱石かな」
『握ってみろ……うむ、結構いいものだな。少なくとも捨てていくには惜しい値段だ』
一番大きな背負い袋に入っていたのは岩の塊。たぶん鉱石で、実際にご先祖様の鑑定でもただの岩じゃないことがわかる。エスティナ鉱石……確か癒しの魔法や、障壁を張るような魔法と相性がいいものだ。前に店にもこれを使った装飾品があったけどすぐに売れちゃったんだよね。
「盗賊とかなら、このあたりのお金になるものを持って行かないのは変ですね……食料がそのままなのも変です。何かおかしいですね」
魔物に追われてこのあたりで荷物を捨てた形になったとしたらもう少し散らばってるはず。それにほぼむき出しだった食べ物にはあまり手を付けた様子が無い。でもなんだか気になるな……あるはずのものが……無いような。
「! そうか、お金だけが無いんだ!」
「あっ、そうですね。買い付けに行った帰りだとしても多少はお金が残るはずです。身に着けていたんでしょうか……それでもいざという時のために荷物に分散させるのは常識ですよね」
マリーと一緒に、お金を隠しそうな場所を確認していくと……大当たり。何か所か乱暴に破られている袋が見つかった。小さい物を入れる空間がそこにはある。
となるとこの荷物を持った人はお金だけ欲しい何かに襲われたことになる。
「亜人かな……お金にこだわってる?」
「銀貨は物によっては儀式にも使えると聞いたことがありますね」
2人して色々と考えるけど、肝心の荷物の持ち主、そしてそれを襲った犯人が近くには見当たらない。まだ逃げ回ってるのか、それとも……。と、誰かの声が聞こえる。そう遠くないぞ?
「おおーい!!」
「誰か―、いますかー!」
魔物が寄ってくるかもしれないけれど、今は人命救助が先だ。それに何か来たら何とかしよう。そう思いながらホルコーに乗りなおしつつ林を進みながら声を出し続ける。すると、声が返って来た。
「こっちだ。上だ」
言われて上を見ると……確かに人がいた。見た目からしてたぶんガルダさんに依頼した人だろうね。それにしても、良くこの木を登ったなあ……だって掴まるところがほとんどないよ?
「近くには魔物はいませんよ」
「それはよかった……すまんが、降りるのを手伝ってもらえるか? 必死に登ったのはいいけど、降りるには厳しくてな」
たぶん、最終的には自分で無理やり降りて来たとは思うんだけど確かに危ない。足を滑らせてなんてなったら大怪我だったかもね。そのぐらいの高さだ。だから僕は風の魔法でふわりと浮き上がり、相手の高さまで上がることにした。
「魔法使いか! 助かる!」
太っていると言ってもそこまでではないだろうと思っていた僕だけど、僕につかまって体重がかかった途端に一気に高度が下がるのを感じて慌てて魔法に集中した。油断は良くないって見事に証明してしまった。
「ふいー……君たちは? こう言っちゃなんだけど、ここには普通来ないだろう?」
「ああ、僕達は……」
ガルダさんのところに尋ねた時に依頼として、探し人であるあなたを探しに来たのだと伝えると驚いた様子だった。なんでも、前金も碌に払っていないらしい。確かにそんな状況でそこまでしてくれる人はそうそういないよね。
「荷物が一通り無事なのはありがたい! ひとまずガルダの工房に行かないと」
「じゃあ僕達も一緒に戻りますよ。依頼は達成ですからね」
荷物は僕達が持ち、仕方ないので歩きでついてきてもらうことにした。帰り道、何に襲われたのかを聞く。やはり予想通り、亜人……コボルトだったらしい。亜種なのか、毛色は違ったそうだ。襲い掛かって来たと思ったら荷物には目もくれず、身に着けていた銀貨を奪われ、財布を奪われ、隠していた場所からも奪い……というところでひとまず逃げることには成功したらしい。
「なんだったんでしょうねえ……」
「ずっとそうならため込んでそうですよね」
そんなことを話しながら、街にたどり着くまでは平穏無事だった。逆にそれが気になるあたり、僕も騒動に巻き込まれるのに慣れ過ぎたかな、なんて思うのだった。
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