MD2-163「目標へ向けて-1」
「腹ぁいっぱいになったか?」
「はい! 美味しくておかわりまでしちゃいました……」
服の上からだとわからないけれど、よほどお腹いっぱいになったらしくマリーは恥ずかしそうにお腹をさすっている。そういう僕も、どんどん出されるからって言うのもあるけど食べ過ぎたような気がしないでもない。旅の途中だと、節約というかいざという時に動きにくいんじゃまずいからってそこそこにしてるせいかな。
「あの、僕達も手伝った方が?」
「あん? ああ、自分でやりたいって言ってることだ。客人が気にするもんじゃない」
そう言われて見てみると部屋から見える台所で、洗い物をしているティスちゃんは笑顔だった。鼻先に泡をつけているのに気が付かないままに鼻歌のような物まで聞こえてくる。というかあの泡……ご先祖様が教えてくれた石鹸の泡立ちじゃないだろうか?
(そこそこ裕福な感じなのかな?)
食後にと出されたお茶と器も普通に買うとそれなりの値段がするような気がする。鑑定結果も間違いないからね……僕がそうして気が付き、マリーもまた育ちの関係から価値に気が付いたのを感じる。
「あの……」
「なるほど、適当に旅をしてきたわけじゃねえか。悪ぃ、試すような真似をしてた。改めて、ハーフエルフのガルダだ。よろしくな」
右手を握手として差し出してきながら左手でかきあげた髪の中には……ややとがった耳。そうか、出会った時に感じていた感覚は……エルフの里での筋肉もりもりなエルフたちを思い出したからなのか!
握られた手からは長年使い込まれ、豆という豆が硬くなった感触が伝わって来た。ガルダさんと比べると、僕の手はまだ……。
「ははっ! そんなことで落ち込んでるんじゃねえよ。ほれ」
「きゃっ」
僕が自分の手のひらを見ていたことで考えに気が付いたんだろうか? 笑いながらガルダさんはマリーの手のひらを僕に見せ、もう片方の手で僕の手のひらもマリーに見せる姿勢を取る。そうして見てみると、マリーの手のひらも年頃の女の子として考えると痛んでいるというか、戦っている手のひらだ。僕はそれよりはかなり荒れた手をしているように見える。でも女の子と比べちゃあなあ。
「2人とも歳を考えりゃ上等だよ。俺がお前たちぐらいのころは遊びほうけててな、お勤めを果たせってよく叱られたもんさ。っと、ティスの片付けも終わったみたいだな。ティス、お前も座れ」
「はいなの! ししょーのお話楽しみなの!」
よく見るとティスちゃんは室内だというのに帽子をかぶっている。背格好は僕達ぐらいだけどやや言動が幼い気がする。もしかしてこれは……と思っていたらティスちゃんは徐に帽子を脱いで横においた。さらさらとした髪が流れ、隙間から見える耳はやはりとがっている。
「ちょっと事情があってな。俺んとこに住み着いてるんだ。さて、何から話したもんかな……まずはファルク、お前の両親がどんな依頼で旅立ったかを話すか。一番気になるだろう?」
「はい……両親は断り切れないというより、自分たちがいくのが役目、そんな感じだったなあって今だと思います」
少し心が痛むけれど、あの日……5年、いやもう6年ぐらい前か……。おぼろげな記憶ながら、頑張って思い出すと明らかに重装備、しかも高そうな物だったような気がする。今だとわかる、あの時の両親の本気具合が。幼いながら、僕はその気持ちに気が付いたんだろうね。涙を我慢して、行ってらっしゃいって送り出したんだ。ずっと帰ってこないとも思わずに。
「だろうな。俺と最後に話した時にも、とにかくお前と、弟と妹の2人のことを頼むって言ってたよ。2人が向かったのは……霊山、その中腹だ。なじみの仲間を引き連れて、な。と言っても強大な敵が世界を襲うのを防ぐため……じゃあないんだ」
「それはどういう……」
意味がわからなかった。僕にとっては重装備で引退した両親が帰ってこないような依頼、となればドラゴンだとかそういった相手で、命をかけて戦わないといけないような物じゃないといけない、そう思っていた。だけど、ガルダさんはそうじゃないという。
(だったら何、なんなのさ……!)
「ファルクさん」
「っ! ごめん、マリー。ガルダさん、続けてください」
気が付かないうちに、僕は自分の手を握りしめていたらしい、しかも強く。マリーの手が重ねられ、開いて初めて爪が食い込んでいたことに気が付いた。血で汚さないよう、咄嗟に柔らかく握りしめて顔を上げる。そんな僕を見るガルダさんは優しい瞳をしていた。
「間違いなく2人の子供だよ……お前は。っと、どこまで話したかな……霊山に行ったってところか。霊山には戦女神様と、さらに頂上には女神様がいるっていう話はお前たちも知ってるよな? 噂じゃなく、真実だ。まあ、女神様の方は碌に話がないから微妙だけどよ……戦女神の方は確実だ。なにせ、何十年かに一度ぐらいは誰かと戦っているからだ」
「戦っている? その、例えば敵と?」
マリーの問いかけに、ガルダさんは首を横に振る。戦女神様の敵じゃない相手と戦う……? 瞬間、僕の頭に考えがよぎる。父さんたちは霊山に行った、戦いの準備をして。そこにいるという戦女神様は敵じゃない誰かと戦うという。ほら、ここまで来たら答えは……。
「父さんたちが、戦女神様と……戦った」
「その通り、と言っても俺はついていってないからな、予想でしかないが……間違いないだろう。何のためにかはこれも予想になるが、自分達でどうにかする力を持っているかどうかという試験なんだと思っている」
「試験、ですか」
「はーい、ししょーもティスにいっつも試験だって言って無茶振りするの!」
ずっと静かだなと思っていたティスちゃんはどうやら話を楽しんでいたようで、クッションをお腹に抱えたままでそんな合の手を入れて来た。その無邪気さに、少し重くなっていた気持ちがどこかに行ってしまったように感じた。……わざとかな?
「お前のためを思っての試験だ! っと、えーっとだな。戦女神の試験は命を奪う様なもんじゃないと聞いている。だからお前の両親と仲間は生きている……はずだ。じゃあなんで戻ってこないのかってなるよな? 答えは霊山の性質にある」
そこまで言って、ガルダさんは立ち上がると部屋の隅にあった何かの本のような物を持ってきて僕達の前に開いた。随分古いような、書き込みが多い……あれ、この字……まさか!
僕は横のマリーが驚くのにも構わず、前に倒れ込むような勢いで本の文字を指で追った。この跳ね返り具合、間違いない。こっちの癖字もだ! 父さんたちの書き込み!
「霊山は……時間に捕らわれない……? そこにあってそこにない山?」
「ああ。お前さんも噂ぐらいは聞いたことがあるだろ? あの中じゃ時間がおかしいんだとよ。大体は数日から精々数年だが……稀に、世代を超えるぐらいの昔の奴が出てくるらしい」
ガルダさんの衝撃の告白に僕もマリーも固まる。ティスちゃんは余り気にしてないみたいだ。エルフの寿命からすると10年ぐらいだとあまり気にならないのかもしれないね。僕としては数年ずれることがあるというのが普通の範囲なのが結構驚きなんだけど、今はいいかな。
「狙ってやれることじゃないからな。確かめようがない。ただ……生きている奴らが戻ってこないということは……」
「ファルクさんのご両親は戻っているつもりでも別の時代に出ているかもしれない、あるいはまだ霊山の中で過ごしている……ということですか」
マリーの言葉に頷くガルダさんに僕は言葉を紡げなかった。両親はきっと生きている。だけど連れ戻す手段が無いに等しい、待つしかない……そんな事実を突きつけられたに等しいんだ……。
『ファルク。俺もいる。あきらめてはいけない』
(ご先祖様……そっか、そうだよね)
ここで僕があきらめたら終わりだ。弟たちだって両親の帰りを待ってるんだ。そう思うことで萎えそうになった気持ちを奮い立たせて改めてガルダさんを見る。ガルダさんは何か面白い物を見つけたように輝いた瞳をしていた。
「そうだ。出来ないなんてのはやってない奴の言い訳だ。ただまあ、お前さん達はまだ霊山に行くには早い。もう少し実力をつけるべきだな。ティス、喜べ。家族が倍になるぞ」
「ホントなの!? やったの!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶティスちゃんを見たら、勝手に決めないでくださいなんて口が裂けても言えなくなっていた。気が付けば僕達はガルダさんの家に厄介になることが決まっていたのだった。
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