MD2-160「調和を乱すもの-2」
ラブコメ成分が増えて少し長くなりました。
もうすぐ目的の人がいるであろう土地に近づいてきた時に訪ねた村。受けた依頼は害獣退治だった。田舎育ちの僕的には信じられないぐらいの数を仕留めたのに、まだまだ数がいるという。ここで聞かなければよかったのに、深く聞いてしまった僕達はこのあたりでの獣の数がおかしいことを知った。
単純に人手が足りないということで一度は断ったわけだけど……翌日、外に出た僕達は山から駆け出してくる鹿の集団を目にするのだった。
「倒してる暇はないねっ。マリー、脅かしていこう! 僕は壁を作るよ!」
「わかりましたっ!」
ホルコーに移動をお願いしながら、僕はあちこちに土壁を作っていく。盛り上がった土、ぐらいな感じだけど走り抜けるにはちょっと大変で、つい避けてしまうだろうぐらいの物。その隙間にはマリーが音が響くように調整した風魔法を撃ち込んでいくのがわかる。あちこちで風が弾け、土壁が邪魔をすることで鹿の集団は左右に散り、村の外を走るようにして駆け抜けていく。
「しまった。タダでやっちゃったよ……」
「いいんじゃないですか? 何もしなかったらちょっと心苦しかったでしょうし」
まあ、実際問題この状況だと依頼として受けるのは難しいわけだし、別にいいんだけどね。下手に村の近くで殺してしまうと他の肉食の獣を呼び寄せることにもなりかねないから倒すわけにもいかないし、ね。
それよりも、どうしてこんな風に出て来たか、だ。
「一体何が……」
「あ、みなさんも出てきましたね」
油断なく周囲を伺っていると、村からはパラパラと冒険者や自警団らしい人たちが出てくる。まだ近くをうろついている鹿たちを見て口々に驚いた様子だった。森に帰してあげたほうがいいのかな?
1頭2頭ぐらいならともかく、この数となると……。
(ん? 待って……そういえばマリーは……)
僕は嫌な予感に従って、地図の範囲を大きく広げた。確実に魔力が抜けていく感覚がわかる。マリーには悪いけどもたれかかるようにして少しでも節約することにした。目を閉じ、集中している僕をマリーがそっと支えてくれる。
「……いた……大きい」
ホルコーが走っても少しかかりそうな場所に、大きな反応があった。大きさだけならエルフの里で遭遇した地竜の子供ぐらいはある。山の頂上のほうからこちらに近づいてきているのがわかった。
慌てて目を開き、色々と言われるのを覚悟で僕は大声を出すことにした。
「何か山の方から来ます! すごく大きいです!!」
「なんだって!? どうしてそんなことがわか……くっ!」
当然のように疑問の声をあげていた戦士の1人が、途中でそれを感じたのか山の方を向くのが分かった。そう、実力がある冒険者なら……この距離でも感じるんじゃないかな。それだけの相手だ。
村の一員らしい人が走って戻り、門のそばにある鐘を鳴らし始めた。音からして緊急を知らせる物だと思う。
その間にも僕は先手を打つべく少しでも広い場所にホルコーを移動させた。さすがにすぐ横が森じゃあね……。
『ファルク。そろそろ切り札は使えない時期も出てくると思う。正確には2回目が、だが』
(それは僕達の階位が上がって、次の階位に上がりにくくなったから?)
心の中の疑問に、頷きが返ってくる。僕の切り札、周囲の精霊……いや、恐らくは世界と1つになって色んなことが出来るマテリアルドライブ。前に細かく問題を聞いたときに言っていたのは、一度発動すると階位が上がるか、2週間経過するまで自然に魔力が戻ってこないし、その時に発動したスキルや魔法はそれまで使えないという物だった。
これまで、気にせず使ってこれたのは僕達の階位が低かったから。だから厄介な相手を相手にした時、僕達が精霊をどんどん吸収し、階位を上げることが出来たからその制限がすぐに回復していたんだ。
「マリー、大丈夫。僕達は強くなってるからさ」
「そうです……よね。自分を信じないと」
最近、確かに前ほど階位の上がり方はしなくなった。モンスターを倒しても、何かそういった感覚が無かったのだ。そのことは嬉しくもあり、僕に重大な選択肢を持たせることにもなったわけだ。まさに切り札をいつ切るのか、そのことが僕の決断を必要とするわけだ。
だけど、そう……だけどだ。
「ないならないでなんとかするしかない!」
近づいてくる気配。それはついに気配ではなく森の木々をなぎ倒しながら進んでくる音として僕達に居場所を伝えて来た。そのころには僕達以外にも多くの冒険者たちがそれぞれに武器を構え、魔力を練り上げ、相手のことを感じていた。そして街道に出てきたのは……細い地竜!?
「レッドシャワー!!」
細かい話は抜きにして、全力で魔力を込めた火の魔法を僕は放った。僕が両手を広げて丸にしたぐらいの範囲を、燃え広がらない熱の力が突き抜ける。それは確実に相手を範囲に収めたはずだ。ほぼ同時に飛び交う多くの矢、あるいは魔法。マリーもまた、お得意の雷の射線を撃ちこんでいる。
『まだ健在だ!』
(冗談でしょ!?)
確かに僕が感じる限りでも、土煙の中にいる相手の気配が弱まる様子はなかったんだ。むしろこれは状況的に……まずい!
ホルコーに合図を送って、僕は村とは反対側に回り込むと適当に火球を撃ち込んだ。相手の気をこちら側に引くためだった。それは成功し、こちらに殺気が迫るのがわかる。咄嗟にホルコーを斜め前に避けさせると僕達がいた場所を何かが突き抜ける。
「魔力の咆哮? なんて威力ですかっ」
「連打は出来ないみたいだ! 僕は地上で切りかかるよ。マリー、任せた!」
腕の中のマリーへと手綱を渡すと、僕は軽く風魔法を足にまとわせながらホルコーから飛び降りた。そして明星を構え、相手の姿を見るべく強風を生み出すべく片手を向け……横に転がることで走り寄って来た相手をなんとか回避した。
大きさ的にはやっぱり地竜の若い個体より少し大きいぐらい。だけど随分と細い……まるでトカゲをそのまま大きくしたような……え、ということは……?
『間違いない。イグノアだ!』
イグノア。僕も話に聞いただけだけど世界のあちこちにいる竜未満のモンスターとしては竜の次に厄介な扱いをされるモンスターの1種だ。その理由は単純明快。ものすごく単純に、強いんだ。大きな体は思ったよりも速く走り、その巨体がぶつかれば大概の相手は吹き飛んでしまう。口には牙が並んで巨木だって嚙まれればえぐられる。ましてや人なんて……そしてさっき味わいかけたようにブレスの代わりにか魔力を込めた咆哮だって撃ってくる。
「なんだってこんなところに!」
あちこちにいる、といってもそれはどこにでもというわけじゃないはずだった。頭がそこそこよく、人間や強い亜人種にぶつかれば自分が殺されるかもしれないということぐらいはわかるはずだと聞いている。だというのに、コイツはこんな人里に出てきている。
『他の奴らも攻撃を再開したぞ』
(どこまで効いてくれるかなあ)
イグノアの皮膚は竜ほどではないけれど、頑丈だ。生半可な飛び道具じゃ傷がつかないし、魔法も決定打にはなかなかならないらしい。個体差はあるみたいだけどね。いずれにしても、一番効くのは至近距離での柔らかい場所への武器攻撃だ。もちろん、その距離で魔法を撃ち込めればそれでもいい……らしい。
「やればできる……やらなきゃやれない」
他の冒険者と一緒に、魔法をどんどんとマリーが打ち込んでいるけれどあまり効いていない。どうやら自分の魔力を体表にまとわせるぐらいの頭があるみたいだった。ここからでも感じるその硬さは僕を焦らせる。
真っ白になりそうな頭を冷やしたのは、マリーの必死な顔だった。彼女は僕を信じて、自分にやれることをやろうとしてくれてるんだ。だったら僕が迷ってどうするというのか?
「ウェイク……アップ!」
一言、腕輪からの力が解放されて僕の体を包むのがわかる。ご先祖様もほぼ無言。だけど言いたいことは伝わってくる。元より、腕輪の中のご先祖様と僕はほとんど一心同体だ。だから……駆け出した。
「おい、坊主!」
「行きます!」
走り寄る僕の姿に誰かが声をかけてくるけど、半ば無視するかのようにそう言い放って僕はイグノアの前に躍り出た。うん、大きくて強いけれど……あの地竜のお母さんほどじゃあ、無い!
「はぁぁあああ!!」
僕はまだ子供だ。体が出来上がってないのは他の誰よりも自分が感じている。だから明星を振るうのにも両手を使い、全身をひねるようにして切っ先までその勢いを伝えて切り付けた。まるで硬い金属に切り付けたような手ごたえの後、刃がイグノアの皮膚にしっかりと食い込んでいるのを見た。僕の一撃が相手の守りを乗り越えた証拠だった。
「ガァァ!!」
至近距離での咆哮は魔力が籠ってなくても既に攻撃と言ってもよさそうな物だった。ご先祖様が咄嗟に耳元に魔力で障壁を張ってくれなかったら危なかったかもしれないね。現に他の冒険者の中には武器を落とすのも構わずに両耳を抑えている人がいる。この場所でそんな姿をさらせば危険なのは言うまでもない。
「まだまだ、こっちだ!」
だからこそ、目の前でそんな相手が傷つくのは見たくない。その一心でイグノアに切り付け、僕の方を向かせた。さっき、地竜の親よりは怖くないって言ったけど……怖い物は怖いんだよ。
『生き残るぞ。まだ他にいるかもしれないからな。温存しておかないと』
(うん)
恐らく、ここでマテリアルドライブを実行したら勝つのは楽だと思う。だけどその後にまだ何かいた時には僕が打つ手が大きく減ってしまう。それは回避したかった。全身に突き刺さる殺気を感じながら、僕は迫る相手の突進や攻撃をなんとか躱していく。
それ自体はその意味ではあまり難しい物じゃない。よく相手を見て、動いて行けばいいのだ。
相手が僕の方を向いているからと、その背中にどんどん魔法がぶつかり、あるいは矢が刺さり、またまたあるいは誰かの剣や斧が多少傷つける。だけど最初の怪我がよほど気に入らなかったのか、イグノアは僕の挑発に思った以上に激しくひきつけられて来るのだった。
何度目かの攻防。と言っても僕は避けてばかりだ。このままみんなが削り切ってくれればいいけれど……たぶん、そうもいかない。度重なる攻撃にイグノアも傷ついている。全身あちこちから血を流しているし、牙だって何本か折った。だけど気迫はむしろ増しているかもしれない。手負いの獣、その言葉通りに。
「まだまだこっちだ! っと!」
それは全くの偶然。僕の油断でもあった。足元が……積み重なった落ち葉だったんだ。姿勢を崩したところにイグノアの口が迫る。細かな詠唱は間に合わない。だけど、あきらめるわけにもいかない。
(僕は、マリーと一緒に未来を過ごすんだ!)
命の危険にか加速した思考の中、僕はそれだけを強く思って明星を突き出し、魔法を発動させる。
「レッド、バンカー!!」
どうせ相手から近付いてきて僕を食べようというのだ。自然と切っ先はイグノアの口の中に吸い込まれ、相手の顎が閉じきる前に口内で僕の魔法がさく裂した。威力が上がったのか、炎が噴き出していた。狭い場所だからか、僕の腕も結構巻き込まれたような気がするけど仕方ないよね。
「いつつっ」
慌てて取り出した右腕は剣を握るのはかなりつらい。指がつながってるだけ奇跡的なんじゃないだろうか?
後頭部に穴をあけて倒れるイグノア。その濁った瞳を目の前にしながら、僕はその場に崩れ落ちる。
「ファルクさん!」
「マリー、無事?」
そういった僕はマリーに泣かれた。僕の方がよっぽどけが人じゃないかってね。珍しく大声で泣くマリーを左腕で抱き留めながら泣き止むのを待つ。ご先祖様は声も無く、呆れたような気配だけが伝わって来た。ホルコーも近寄って来たかと思うと僕の頭をお仕置きとばかりに乱暴に舐めてくる。
「グスッ……駄目ですよ。私、ファルクさんのご両親に挨拶してないし、1人で挨拶するつもりもないんですからっ」
「マリー……」
彼女は意味がわかってるんだろうか? そんなことを言うってことは……。
僕のその思考は近くで聞こえた咳払いで遮られた。
「あー……怪我の治療と、コイツの運び出しを始めたほうがいいと思うんだが、どうだ?」
「あ、はい。そうしましょう。というかそうしてください。あああああ、今になって痛くなってきたあああ!?」
何とも情けないオチがつきながら、とある村での攻防戦は終わりを迎えるのだった。
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