MD2-149「配置換え-2」
「穏やかさのカケラもない話じゃのう。引退したワシは元より、こっちの2人はただの冒険者であろう?
確認も無しに口にするには……少々厄介が過ぎやせんか?」
「それは百も承知ですとも。実はな……シータ王女が出奔された」
(……え?)
僕は最初、言われたことがわからなかった。シータ王女がというのはわかったけれど、何をというのはすぐに入ってこなかったのだ。出奔……物語の中でしか聞かないような難しい言葉だ。だけどただならない物というのはなんとなくわかる。
「そんなまさか! 王女が……何か問題でも起きたんですか?」
「ほっほ。慌てるでない。他に言いようがなかっただけのことじゃろう。のう、要は家出じゃろう?」
ようやく僕の頭も追いついてくる。そう、出奔というと物語の主人公がその場から逃れるために立場を捨ててどこかに逃げたり、何かしら問題のある時に逃げ出す状況だ。シータ王女がそんな?と思ったけれどリベルト爺ちゃんの言葉に慌てかけた思考が足踏みし出した。
「それはそれで大事には変わらないと思うんですけど、行方不明というわけじゃないんですね?」
「うむ。これは君たちにも無関係ではない。むしろ、一番の関係者と言えるだろう」
反応に困るセリフを言われ、僕もマリーもきょとんとしてしまう。だって、そこで何で僕達が……まさか、シータ王女が僕達の旅についていきたいからと家出したとかそういう話なんだろうか?
その焦りが顔に出ていたんだろうね。ダグラスさんは腰を上げかけた僕を手で制し、1枚の手紙を差し出してきた。
「読んでみるといい。私と、王子、国王夫妻、そして……君たち宛の手紙だ」
『読めば戻れず、読まずとも戻れず。まあ、読んですっきりさせるべきだな』
(そうなんだけどね……困ったねえ)
ダグラスさんから蝋で封のされた手紙を受け取り、マリーと隣り合って開いていく。可愛らしい色合いの紙を使った手紙はすぐに読み終える内容が書かれていた。細かい内容は置いておいて、要約すると……。
「王国の危機を予知した。それには竜のお友達の力がたくさんいる。だからちょっとお出かけしてくる。後、僕達2人がその場にいる光景が見えたから王都に来たらしっかり捕まえておくように、そういう内容でしたが」
「うむ。私の分は多少ぼかされていたが、国王夫妻や王子の分にはもっと詳細に書かれていたはずだ。大々的に王族がいなくなったことを宣言する形になるので探索の手は大っぴらには出せていない。それでどうする?」
どうすると言われても……僕は手紙を持ったまま、すぐ隣のマリーを見る。思ったよりも近かった顔にちょっとどきっとしてしまうけど、彼女はそれに気が付いているのかいないのか、無言で一つ、頷いた。
それで僕の心は決まった。元より両親を探すという以外にしがらみの少ない旅だ。知り合った相手に名指しでこう言われては立ち去るという訳にもいかない。
何より……シータ王女を助けたいと思う僕の気持ちは大事にしないといけない、そんな予感があった。こう、大きな流れに乗り遅れるな、そんな声援がどこからか聞こえてくるかのようだったんだ。
『具体的に危機に関して聞ける相手はいそうか?』
「ここにある危機ってなんでしょう? モンスターの大軍でしょうか?」
まさか他国から攻められるということは無いと思う。周辺の国とは代表者が年に決まった時期に旅行に行き交うぐらい仲がいい。つい先日も南東の元ジェレミア領土での交流戦があったとも街で聞いた。
1つの国として統治を目指すオブリーン、土地ごとに役割を変えて同盟を組むジェレミア、小国が連合として集まる西方諸国、この大陸を主に統治するのはこの3つだ。東の方に大きな国があるらしいけど……どうなんだろうね。
こういう状況下だからこそ、危機といえばモンスターぐらいしかない。黒龍のやろうとしていること……はたぶん違う気がする。あれは日常に油断するな、というのを目指してるようなことを言っていたし、何か、何か違うという直感があった。
(うーん、なんだろうな……なんでか別物って気がするんだよなあ)
『クエストの違い……と言ってもわからんな。忘れてくれ』
よくわからないことを言うご先祖様を言うとおりにスルーして、僕はダグラスさんの言葉を待つ。考え込んでいたダグラスさんだけど、今までも小声だったけどさらに小声になってつぶやいたことが僕たちの耳に届く。
「私も幼少期に聞いたことがあるだけだが……街のすぐそばにダンジョンが転移してくるらしいのだ」
「アレか……そうか、もうそんな時期か……」
「街のそばに? 私達でどうにかなる類の物なんでしょうか?」
僕もマリーに同感だった。街のそばにダンジョンがやってくる。これ自体はまあ、不思議と言えば不思議だけど僕も聞いたことがないわけじゃあないんだ。正確には、ダンジョンにつながる道が開かれる……ということになるはずだった。
「それは問題ない。潜るというのは適切ではないが、ダンジョンに挑むことは無いからな。主にそこから湧き出てくるモンスターの対処に追われるらしいのだ」
「世にも珍しい、周辺に襲い掛かるダンジョンの中身じゃな。ワシの知る限りでも3例しかない。いや、3例もあるというべきか……北の雪原に1つ、西の海峡に1つ、そしてこの大陸の真ん中に1つ。なんでも、第二次精霊戦争後に急に出てきたという謎のダンジョンじゃよ」
2人の話を聞くと、ますます僕達の出番は無いように思える。戦えなくはないだろうけど、僕達じゃないといけない理由ってなんだろうか? シータ王女に聞けばわかるんだろうけど、ここにはいないからなあ。
「王女の帰還を待つしかないわけですか……あれ?」
「どうしました? あら……確かこれは……」
手紙の入っていた封筒、その中によく見ると手紙以外が入っていた。淡い桃色の……リボン。前にシータ王女と過ごした時、髪を結うのに紐がいるからという彼女に、たまたま持っていたこれを渡したんだ。こっそりマリーとおそろいで、そのことを喜んでいたのを覚えている。確かその時には2本渡して、ここに1本ある……。
『ちょっと手に持ってみてくれ』
「? うーん……!」
瞬間、僕は驚愕に顔を染めたと思う。僕の目には、リボンの鑑定結果が浮かんでいた。簡単にまとめると、シータ王女のリボン(1/2)とある。しかも、何かの光がまっすぐ一方を指しているんだ。まさか……これ、王女の行き先を示してる?
『正しくは、2本の片割れの位置を、だな』
「ファルク坊、どうした」
「あ、いえ……このリボン、僕達が王女に差し上げたものなんです。2本の内の1本がここに……それで、僕が王女の、いやこのリボンの方角がわかるって言ったらどうします?」
これはある種の賭けだ。信じてくれなくて当然の唐突な発言。だけどリベルト爺ちゃんとダグラスさんはそろって真面目な顔をして僕を見た。その瞳の光は僕が嘘をついているということを糾弾するための物ではないように思えた。
「若いうちは自分のやりたいようにやるもんじゃ。任せるぞい」
「エルダートレントで君たちの不思議な運命のような物を目にした……その事を信じよう」
肯定してくれた2人に頭を下げ、僕は地図をお借りして大体の方角と何かそういった場所があるかの確認をした。その方向にあるもので一番怪しいのは、とある渓谷だった。飛竜が住まうという、切り立った崖の連なる大自然の要塞……ウィンドミル。
「立ち入りは冒険者でも禁じられている。となると後は……うむ、私が一時的に配置転換を願おう。
王子に説明すればきっとなんとかしてくれるだろう」
「ほっほっほ。お前さんは王子のお気に入りじゃからのう」
そうと決まればとばかりに、僕達は王子の元へと向かうことになったのだった。
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