MD2-145「物事の価値-2」
土砂崩れにより川が塞がれ、その影響で橋まで被害を受けているという街。僕達は足止めを食らってしまったわけだ。他の冒険者達も僕達もそうなるとやることはなく……かといって街にいたのではいつ復旧になるかわかったものではない。自然といくらかの人間が現場に少しでもやれることはないかと向かうのだった。
現場は街から半日とまではいかなくても結構な距離を上流に向かって進んだ場所だった。山間を通る川、確かにそこが崩れて埋まっている。ちょっと向こうに渡るのは1人2人と人だけなら行けるかもしれないけど……下流に向けて土砂が流れていったであろう跡があるからそれが橋に打撃を与えたんだろうね。
『一気に流れていたら橋は落ちていたかもしれないな』
(でもどうするの? 少しずつこれをどかすのは結構大変だよ……たぶん)
がけ崩れの向こう側は天然の堰のようになっており、数日もすると上から水があふれてくるだろうなという状況だった。ここで下手に手前に穴を開けたら、そこから一気に崩れてくるんじゃないだろうか?
「どうだった、坊主」
「危ないですね。大体……3分の2ぐらいにはもう水が来てます。数日前、大雨だったのが出て来てるんだと思います」
そう、先ほどの光景は僕が空中に浮かんで確かめた物だ。足元がぬかるみ、同時にこれ以上不用意に進むと崩れて来た土砂に足を取られるんじゃないかという場所で冒険者は立ち止まっていた。そこで僕は足元に風を産み、ふわふわと浮いて奥の方を確かめたわけ。いつだったか、サボタンの出る洞窟で使った浮遊魔法だ。速度は遅いけど逆に周囲に突風を産んだりしないので安全だ。これで運ぶこともできるけどそれでは根本的な解決にはならない。
「下は避難させて崩すかぁ? しかし、分が悪い賭けになるなあ……」
「かといって放置したらもっとひどいことになるぞ。これが冬ならな……このあたりの川が凍結するんだが……」
比較的安全そうな場所から、色々と話し合いを始める冒険者、そして街の人達。役人っぽい人もいるから、対策を考えてくれるといいんだけど……でも僕達にも何かできるかな?
隣のマリーも、同じ気持ちみたいでずっと考え込む格好だった。
(全部凍らせる? ううん、僕達は氷はそこまで得意じゃないし……火で干上がるような量じゃないよね……うーん)
『上手くいくかわからんが、迂回させたらどうだ? 正面は逆に固めて、横に支流を作るんだ。減ったところで本命を崩そう』
ご先祖様の言う案はこうだ。まずは正面の部分が崩れないように魔法使いたちでマナウォールなどを上手く展開して支える。その間に川の横に溝を掘り、迂回させて水を流そうというのだ。確かに、ゆっくりでも上流からの水を減らしていかないとね……。
僕は思い付きですが、と前置きして皆にその案を言ってみた。最初は何を言ってるんだという顔をされたけど、最後にはそういう方法しかないかということになった。
「ファルクさん、頑張りましょうね」
「自然が相手だからね……気を付けよう」
街にはホルコーを預けたままだし、ここで失敗したらどんな被害が出るかはわからない。土の魔法に適性が高くないマリーは土砂を支える組に、僕は溝を掘る側に回った。ザイーダじいちゃんぐらいのおじいさんな魔法使いと一緒に川向うに飛び、そして目的の場所に立った。他にもいくつかの組で分担して掘ることになっている。
「よいか? 魔法とは想像力じゃ。若い時は難しいかもしれんが……攻撃ばかりが能ではない。こうして……ほれ」
「おおー。すごい、どうやってやるんですか!?」
お爺ちゃんが呟くと、目の前に僕が横たわれるぐらいの溝が出来上がった。僕は素直に称賛の声を上げたのだけど、お爺ちゃんは何か嬉しかったらしく、良い笑顔になって僕の右手を掴んだ。そしてそっと後ろから抱きかかえるようにしてそのしわくちゃの顔を僕の横にして前を向く。
「お前さんは素直じゃの。普通なら、じじいは魔法も力不足か、なんて馬鹿にしてくるもんじゃ。魔法なんてもんはの、ここぞという時に最大の効率が発揮できればそれでいい。派手さなどその次よ。どれ、このままワシの魔力を感じよ」
『いい魔力の練られかただ。しっかり学べよ』
すぐそばのお爺ちゃんから、感じたことの無い魔力の流れを感じる。僕やマリーの使い方が桶から水をそのままぶつけるような物だとすると、水の量はお爺ちゃんの方が圧倒的に少ないのに力強さというべきものが全然違った。
まるで水の縄のようにしっかりした何かがお爺ちゃんの手から伸び、それは精霊に届いたようでまた溝を掘り出した。
「ふう……どうじゃ、感じられたか?」
「はいっ! ぐぐっと縮めて、回転させるんですね」
僕が感じたままに言うと、お爺ちゃんは目を瞬かせ、そして笑い始めた。何かおかしい事を言っただろうか? でも嬉しそうだからダメってことじゃないと思う。
しばらくお爺ちゃんは笑った後、僕の肩を叩いて正面を向かせた。
「その腕輪といい、下で備えている娘といい、長生きはするもんじゃ。ほれ、やってみぃ」
「土にどいてもらうように……掘る!」
その結果は、大成功。思った通りに大きな溝が出来上がる。手ごたえを感じた僕は喜んで拳を握るけど、お爺ちゃんはぽかーんとしていた。駄目だったのかな?
「ははっ、これも才能ってやつじゃな。いいぞ、いい。若者は年寄りを越えていかねばならん。そうして人は力を高めるんじゃ。よし、次じゃぞ」
その後も僕とお爺ちゃんは交代しながら溝を掘り、しばらくすると他の組に追いつくぐらいとなった。予定よりも早く溝を作ることが出来たようで、随分と驚かれたのが印象的だった。
そして、最後に上流の川に溝をつなげるときが来た。
「最初より水の量が多いな……急がないと。坊主、いいぞ」
「よっと……」
最後に一発。少し離れたところから川そばのぎりぎり残した土部分に風魔法。音を立て、泥ごと吹き飛ばすような一撃が刺さり、川の横に道が出来る。すぐにそこに向かって水が流れ込み、川のすぐ横を支流のように流れ始めた。
少し流れが変わったところで、様子を見ながら川に流れ込んだ土砂を少しずつ崩していく。しばらくは下流は泥まみれの流れになってしまうけど、仕方ないよね。
作業の間、マリー達は土砂を支え続け、日が暮れる頃には崩れた場所はぽっかり穴が開いた状態だけど川は静かな流れを取り戻していた。
「坊主、俺たちといかねえか?」
「いやいや、こっちとだ。なんなら依頼金も出すぞ」
街に戻った僕達を、なぜか他の冒険者たちの勧誘が待っていた。ずっとという訳じゃないみたいだけど、同じ方向に行くなら一時的に組もうという物だ。それ自体は歓迎したいのだけど、あちこちから誘われるから大変だ。
『若くて才能がある、しかも人当たりは真面目。旅する価値は高い、ってわけだな』
(そういう物なのかなあ? だけど女の子がマリー1人になるのは回避したいよね)
そう、残念ながら誘ってくれた人たちの多くが男性だけの組み合わせだった。僕としてはそんなことはないと思いたいけれど、男性だけの集まりにマリーを参加させるのは遠慮したかった。かといってそれを正直に告げるわけにもいかず……ちょっと困っていた。
「ほっほっほ。若いもんが騒ぐでないわ」
「なんだ、じいさんくたばってなかったのかよ」
そこに乱入してきたのは、僕と一緒に溝堀をしてくれたお爺ちゃんだった。このあたりでは有名人らしく、みんなの勧誘合戦が止まった。部屋着のような状態だけど魔法使いのお爺ちゃんにとっては衣服はあまり関係がないだろうね。この瞬間でも魔法は使おうと思えば使えるのだから。ちょっと迫力があるのはそのせいかな。
「この子達には王都に戻る時の付き添いを頼んどるんじゃ。静かに旅をしたいでの、勘弁してくれんか。その代わりと言ってはなんだが、皆に一杯はおごろう」
「なんでい、それならそう早く言えばいいのに。よし、華麗なる解決に乾杯だ!」
その後は騒ぐだけの場所が出来上がった。話がうやむやになったことを気にしない人ばかりで、気持ちのいい時間だなと思いつつ、お爺ちゃんに視線を向けると頷かれ、赤ら顔になったお爺ちゃんがやってくる。
「ありがとうございます。私もファルクさんもどうしたものかと」
「ほっほっほ。あいつらの気持ちはわからんでもない。冒険者なんてものは明日があるかわからない生き方じゃ。悲劇が1日でも回避できるならそれに飛びつく生き物じゃからの」
そのささやきは喧騒に溶け、僕達以外に聞く人はいなかった。だから僕はお爺ちゃんが言っていた王都への用事というのが本当かどうかを聞くことが出来た。
「別に今日明日という話ではなかったんじゃがの。ちょうどよかった。2人がよければ本当に一緒にいくかの?」
「ぜひ、お願いします」
僕がそう返事をすると、お爺ちゃんはしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、笑い始めるのだった。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
頂いた1つのブックマーク、1Pの評価が明日の糧です。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。




