MD2-142「宵闇の使者-5」
未知なるダンジョン。その奥で僕達は色んな生き物を継ぎ接ぎしたような悪趣味な親玉と遭遇した。逃げられない扉、邪魔をする増援のスピリット。それはまるでダンジョンそのものが生き物であるかのような動きに感じた。
ただ……やることをやる、それは冒険者であれば当然のことだ。
「「マナボール!!」」
開口一番、僕とマリーは前方に向けて対スピリット用とでもいうべき魔法を打ち出す。
石を投げつけたような勢いで飛ぶ魔力塊は半透明なスピリットを打ち抜き、四散させる。やっぱり、そんなに強くない!
「風よ……切り裂け」
地面の砂を巻き上げながら放たれたクリスの魔法。それは僕の物ともマリーの物とも少し違う、魔力のこもった風の刃をいくつも放つ魔法だった。突風の中に刃物が混じっているかのようにスピリットに迫り、その体を刻んでいく。やっぱり、戦い慣れてる冒険者は違うね。
「見た限り、すぐに次が来る。順番にやるべき」
「了解!」
後ろで戦っているフローラさんたちのほうへと行かせないように、僕達はスピリットを相手にする状況だった。光の届かない闇から、地面、壁から抜け出てくるように沸いてくるスピリットたち。その姿は男女もわからないぼんやりとした姿。だけどあれに取りつかれると肉体ではなく魂をかじられるような疲労、痛みを感じて最後には殺されてしまうのだから恐ろしい。
『上だ!』
「っ! ライトピアース!」
警告の声に顔を上げ、上空からふわりふわりと降りてくる別のスピリットに、クリスに教わったばかりの光の槍を打ち出して対応する。自分の素質はこの属性に対応してないから知識だけだけど、とクリスは言っていたけどなぜか無償で僕達に魔法を教えてくれた。冒険者にとって魔法、特に力ある魔法となるための呪文や知識は財産のはずなのに、だ。
「上出来。さっそく使えるなんて、興味深い」
「そ、そう? クリスのおかげだよ」
どうもクリスは実験好きな面があるようで、使えない魔法を使って見せると妙に嬉しそうにするんだよね。年は僕よりも上なんだろうけど、さん付けするとむっとした顔をするので呼び捨てだ。
そのことを知ったマリーがちょっと不機嫌なんだけど、どうしてだろうね。
そんな風に僕達がスピリットを対処している間にも後ろで戦いは続いている。ちらりと見た限りでは、フローラさんを中心にアキたちで援護をしてるみたいなんだけど相手もなかなか厄介で、翼や見えていなかった尻尾も駆使した戦いをする相手だというのもわかった。
まるで3人か4人ぐらいを同時に相手にしているみたいで、最初からこういった戦いを想定しているかに見えた。
(まさかね……そんな都合のいい話が……)
ダンジョンがどうやって出来上がるのかは知らない。だけど中身が攻略をしようとする冒険者にある意味都合がいいというのはなんでだろうかと、旅に出る前から疑問は持っていた。命の危険はあるけれど、危険度がそうでもないダンジョンはまるで攻略される道を残しているかのようにこうして戦うべき、みたいな知識が蓄積されていく。
そう、まるでダンジョンが人間という物の力を高める修行場のような……。
「あっ、今度は肉体があるやつですよ!」
「灯りついでに焼く……」
「任せて! ファイアボール!」
暗がりとがれきから出てくるのは半ば朽ちかけた狼型のアンデッド。正直不気味だけど近づかなければどうということはない。だから遠慮なく火球を撃ち込み、炎上させた。
不格好な松明のように燃える狼の後ろにはまだ動く影が。
「アキ! まだかかる!?」
「だいぶ相手がタフでな! もうちょっとかかりそうだ!」
背中越しに叫べば、元気な状態のアキの声。大きな怪我はなさそうな返事に安心しながら、まだかかるということで気合を入れ直した。続けて出てくる相手はまたスピリット。心なしか色が濃いような気がする。
「マナボール! 耐えた!?」
これまでの相手は一撃で貫いてきた僕のマナボール。だけど増援相手にはダメージとはなったみたいだけど仕留めるという訳にはいかなかったらしい。やっぱり親玉攻略は一筋縄じゃないかないってことかな?
『相手の抵抗値が高い。もっと気合を入れて撃つんだ』
(気合ってどうやったら高まるのさ!? 叫べばいいの?)
ご先祖様の助言のような助言じゃないような言葉を聞きながら、僕は魔法に気合を入れて撃つということに頭を悩ませていた。マナボールも3回ほど撃てば倒せてるけど正直、効率が良くない。
だから僕は物知りそうなクリスに問いかけることにした。
「クリス、魔法に気合ってどう入れるの?」
「気合? 魔法は己の願望を精霊が聞き入れる物。だから叫べばいい」
予想通りというある意味悲しい返事が返って来た。だからといって死ねえ!なんて叫ぶのはどうかなと思う訳で……あーもう、めんどくさい。せっかくマリーと2人旅で色々出来ると思ってたのに、まったく……。
「生きてるやつの邪魔をするなああ! 僕はマリーと楽しい旅をするんだ!」
(あれ? 僕は何を叫んでるんだ?)
咄嗟の叫びと、魔力の動き。それはいつになくスムーズに魔法の発動へとたどり着き、手のひらから妙に硬そうなマナボールが飛び出し……スピリットを数体まとめて貫いた。
「もう、ファルクさんったら。恥ずかしいです」
「やる……私にはまねできない」
「ええー……」
予想外の出来事に、僕は脱力しかかった気持ちをなんとか盛り上げようと激戦であろう後ろを振り向いた。
そこでは見事な光景が広がっているのだった。
(硬い……それに速い。倒せなくはないけれど、時間がかかりすぎるわね。適性攻略人数は10人ぐらいかしら……ね)
異形……キマイラとでも呼びましょうか。伝説の名前だけど……それ以外に似合う名前もないものね。
精霊銀を練り込まれた長剣で切り裂けば多少は通るんでしょうけど……さて。
命のやり取りをしてるのに何をのんきなことを、と思われるかもしれないけれどあくまで私の役目は担当区域の村や街の平和を守ることであって、ダンジョンの攻略支援ではないのよね。今回は調査も兼ねているから手を出しているし、ファルク君の場合も冒険者が育てばそれだけ世の中安全になるという打算。
「ふっ!」
迫る尻尾。そのまま食らえば相当な物だけど、C評価以上の冒険者なら回避もちゃんとできるであろう速さね。やっぱり強さだけならランド迷宮の最下層程度といったところかしら?
アキ君たちも頑張っているけれど、まだまだ決定打になるスキルなんかを持っていないからか、徐々に押し込むしか手が無いみたい。
後ろではファルク君たちの魔法戦が続いている。あっちは順調みたい……まあ、当然ね。ファルク君もいつの間にか立派な冒険者になっていたし、装備している魔道具の補助も相当な物だ。一体どこであんなレアものを見つけてきたのか……ご両親の遺した物かしらね?
「姐さん! どうしたらいい!」
「私そんなに年上じゃないわよ! もう……この人数じゃちょっと辛い相手ってのがわかったならいいかしら? 帰りは任せるわよ?」
3人の返事を合図として、本気を出すことにした。3人が時間を稼いでる間に意識を向けるのは身につけた腕輪、精霊銀とアーマライト、エスティナ鉱石などを混ぜて作り上げたという合金を素材としたエンシャンター専用の装備。譲渡ではなく賃貸というところがちょっと悲しいけれど、エンシャンターでいる間は自分の物……そういう装備が本領を発揮する。
まずは呼吸。そして全身に魔力を巡らせ、腕輪がそれを増幅していくのが実感できる。最後に口から出た吐息が魔力に光っているかのように感じたところで準備が完了。
単騎で町を、人々を守るための役割をギルドから任命された限定英雄……エンシャンター。
「黄金の力よ……不滅の心、刃とならん! ゴルディアン……セイバー!!」
対処すると決めたのならば手加減は不要。自力だけでは放てない浄化の刃が剣閃として伸び、それはキマイラを両断した。
さすがにその状態では戦えないのか、転がるように暴れる相手をアキ君たちはそれぞれに手元の刃物で貫き、切り裂いた。
「すげえ……これがエンシャンター」
「借り物よ。さて、この相手がいつもいるとなると大変なのだけど……あら、あっちも終わったのね」
(すごいな。僕の切り札みたいな力を感じた)
『土地に住み着く精霊と契約のように約束を交わし、力を借り受けるエンシャンター。自由は少ないが、その分強力な力を手に故郷を守れるってことで昔もかなり希望者が多かったぞ』
スピリットやアンデッド退治を終え、フローラさんたちに合流する僕たち。ダンジョン攻略は成功と言っていいんだろうけど、何か儲けはあるのかな?
そんなことを気にしながら、あの異形の方を見ると……大き目の水晶球。見た限りではつるつるとした球体だけど……あれ、これもしかして。
「すごいですね。あれって魔水晶の大きい塊じゃないですか?」
「間違いない、魔力をすごい感じる」
やっぱりそうみたいだった。途中で手に入れた物を全部くっつけて玉にしても足りるかどうか……。
「これは回収するとして……さ、出口を探して外に出て……別の日に別の入り口から再攻略よ!」
「「「ええーー」」」
何故だか元気なフローラさんの言葉に、僕達はそろって反対の声を上げるのだった。
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