MD2-141「宵闇の使者-4」
僕の故郷である村、そして麓の街との間に発見されたという新しいダンジョン。それは新しく出現したものかもしれないし、何らかの理由で一時的に消えていたものかもしれない。
僕の知る中でも、10年に一度しか出てこない砂漠の塔、火山が噴火した後に見つかるという大きな洞穴とかいろんなダンジョンがある。多くが僕は話を知っているというだけで見たことはないけどね。
「気のせいですかね? なんだか敵意が濃いような」
「お、わかるか? あまり人間が来ていないか、来たとしても逃げ帰った奴が多いんだろうな。こいつら、人間を舐めてる。邪魔な虫が来たぐらいに思ってるのさ」
だからあからさまな敵意を向けてくるんだ……そうアキは言って長剣を槍のように突き出し、飛び込んできた茶色いゴブリンを貫いた。
肌の色と同じような色の血を吐き、洞窟の地面に溶けていくゴブリン。死体がまともに残らない当たり、やっぱりここはダンジョンということだ。
「中身の構成はランド迷宮に近いわね。クリスちゃん、マリーちゃん。魔力の反応はどうかしら」
「正直、わかりません。壁も反応するぐらいで……そちらはどうです?」
「同感……魔力的感知は厳しい」
通路があり、時折小部屋。そんな自然にできることのないダンジョンの中身。僕にはすぐにはわからなかったけれど、フローラさんたちにとってはどこか見知った印象を受けたらしい。言われてみれば、1層だけど突破したランド迷宮と似ている……のかな? 敵の強さは段違いだけど。
「アキ、角に何かいるみたい」
「お? ふっ!……ほんとにいたぜ」
僕の言葉に半信半疑といった様子でアキは弓を手にした。そして手際よく放たれた矢は遠くの暗がりにいた狼タイプのモンスターに突き刺さり、そのまま倒すことになった。思ったよりも耐久力は無いのかな?
真っ暗な未知のダンジョン。それでも僕の目に見える地図には反応がいくつもある。それは相手の体に宿る精霊を感じ取っているからだとご先祖様は言っていた。つまり、どれだけ魔力でダンジョン内が満たされていようと、精霊と魔力が別物である以上はこの地図には関係が無いということだった。
「ファルクくん、もしかして……魔法の適性以外にも何かスキルを持ってるの?」
「どうなんでしょうね? 僕にもよくわかりませんけど、なんとなくわかるんですよね」
冒険者同士でのスキルの詮索は本当なら良くない話だ。スキルを逆手にとって相手をだまし、足を引っ張るなんてことがあってはいけないからね。でも、今はそれとは少し違う……話すなら全部話さないといけないから話せない、そんなところだ。
だから僕はそんな風にごまかした。実際、自分でもよくわからないスキルを持っている人はそれなりにいる。そのほとんどは先天性、つまりは気が付いたときにはもう身についていたというから言い訳にはぴったりだろう。
「不利益が無いのならばそれで問題ないんじゃないか?」
洞窟の中ということで自慢の大斧を振り回す余裕が無く、予備武器であろう手斧を手に警戒を続けるダンがそういって僕への追及の手を止めてくれた。フローラさんも本気だったわけではないようで、すぐにエンシャンターとしての真面目な顔に戻ったようだった。
「それもそうね。敵の強さはそうでもないけれど、中身の魔力はなかなかの物……癖さえわかれば一儲けできそうだけど……なーんか微妙なのよね」
「私も同感だ。ほら、これを見てくれ」
おじさんに片足をつっこんでいるように見える歳のジャンは口髭の似合う年上の大人といった様子だ。普段も無口に近いほど喋らないけれど、肝心な時にはこうして喋るんだよね。前に聞いたときには、喋ってると呼吸が乱れるから、だそうだった。
そんなジャンの持つ槍の穂先に刺さっているのは石。だけど見た目そのものは普通の石だというのに僕達の視線を集めるのには十分な特徴を持っていた。
それは……槍の刺さったところが光ってるということだった。これは魔力的な光だ。
「おいおい、壁全部が魔水晶に近いってのか?」
「そんなまさか。あり得ません。もしそうなら魔水晶の相場が暴落します。こんな広い場所が全部そうだったら、ですけど」
マリーが驚くように、もしそうだというのならモンスターどころではない。荷馬車をかき集めてたくさん掘り出すこともありなぐらいの話だ。
思わず足元の石を拾った僕だったけど、すぐにご先祖様と一緒に行った鑑定で石の正体というべき物を掴む。
この石は……正確にはこのあたりの壁は外と接したことがほとんどないんだ。
「マリー、クリスさん。石にちょっと魔力を通して見て。たぶん、普通の石と一緒だと思う」
「ん、試す……間違いない。普通。どこにでもある石」
「こちらもです。ということはただの偶然?」
僕はマリーに頷いて、フローラさんにも石を差し出す。フローラさんが見ても、特に特別な物を感じないだろうね。だって、単純に外とつながる機会が無くて洞窟に充満している魔力の影響を一時的に受けているだけ。水に浸かった石が外に出たら乾いていくように、入り口が開いてる限り徐々に普通の壁になっていくだろうね。
「やっぱりランド迷宮の兄弟みたいなものなのかしらね。さ、もう少し進みましょう」
その時の僕達は、正直油断していたんだと思う。未知のダンジョンだというのに、なじみのある場所と同じような感じだからと、そして頼りになる仲間と一緒だという安心感が招くべきではない物を招いていた。
順調に進んでいた僕達は、1つ目の灯りが消えたところで休憩を取り、次の小部屋で少し早いけれど引き返そうと決めていた。
ただ、その最後の小部屋が問題だった。
「扉、ですね」
「うん。やっぱりダンジョンは不思議だなあ。だってこんな装飾のある扉が勝手に出来上がるんだもん」
きっとダンジョンを作ってるのは神様に違いない。それが女神様なのか、そうじゃないのかはわからないけどね。でも女神様なら人の命を奪うような場所を作らないだろうから別の神様かな?
『女神は……決して人の母ではないんだ。必ずしも味方とは限らない。ファルク、気を付けろよ』
(それはどういうこと? だって女神様は……)
斥候の経験があるのか、扉を調べ始めるアキとジャン。僕も含めて他の面々は周囲から敵がやってこないかの警戒だ。待つ間、フローラさんの手にする短めの剣、その刀身がランタンの光に揺らめくのを何とはなしに見ていた。
今回は幸運にもそれが僕達に危険を知らせてくれた。光に、影が差したのだ。
「!? 敵襲!」
正体は不明。だけど何かが来た。だから僕は叫び、みんなが武器を構えたところで……扉が部屋の内側に向かって開き、僕達は突風に押されるように吸い込まれたんだ。
「道中も未踏破なら親玉も未踏破、まあ当然か」
「そうね。私が前に出ます。みんなは支援と増援に気を使って」
大岩を削り出したような玉座、もう何年その場にそうしていたのかわからないほど、彫刻めいた見た目の異形が座っていた。馬の顔、人の体、カニの腕。背中には黒龍を思わせる翼が1対。
モンスターを寄せ集めて1つにしたような不気味な存在が部屋の中にはいた。
当然、扉は固く閉ざされ、出ることは叶わない。
『バフォメット……いや、細部が違う。イベントボス? それにしてはちぐはぐだな』
ご先祖様の動揺を他所に、一足早くフローラさんがその体から驚くほどの力を吹き出しながら異形の前に躍り出ていた。これがエンシャンターの力……ここからでもわかる。強い魔力がフローラさんの全身を強化しているのを。これはそう、僕のウェイクアップと同じ……。
「ちっ、うざったいのが出てきやがった!」
アキの叫びに周囲を見渡せば、どこからともなくスピリットであろう白い影が漂って来た。ただ斬ることはできない、厄介な相手。
でもこちらには僕を含めて術者は3人いるんだ。だったらやることは決まってる。
「アキ、ダン、ジャンさんも。3人はフローラさんを、ここは僕達が抑えます!」
「わかった。しっかりな!」
宵闇のような暗闇から、こちらを招くように漂うスピリットたち。戦いは始まったばかりだった。
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