MD2-139「宵闇の使者-2」
強敵を倒した余韻。それは他に敵がいないかといった警戒の気持ちを残すための時間でもあると王都で出会った骸骨姿の2人は言っていた。僕はそれは本当のことだなと感じていた。心が沸き立ちそうになるのを抑え、静かに周囲の諸々を認識し、心に凪を保つ。
大きく息を吐いて、僕はマリー、そしてここまできた男性とその仲間以外に大きな気配がないことを感じ、ようやく構えを解いた。
振り返ってみれば、怪我をしている様子の人をかばいながらの男女の冒険者。逃げて来た彼を合わせて5人、かな。全員が前衛というわけじゃないなら、それなりにバランスのいい編成に思えた。
元々の目的地であろうダンジョンに行く分には大きな問題は出ない……はずだった。
「今すぐ治療が必要な人はいますか?」
「逃げられるなら問題ないぐらいの怪我ばかりさ。アイツにはどうも遊ばれてた感じだ」
必要なら高価な薬草も惜しむつもりはなかったけれど、幸いにもその必要はないみたいだった。あのナイトベアーに殴られたなら、腕の1本は吹き飛んでいてもおかしくないように感じたけど切り傷や打撲で済んでるらしい。相手にしてみたら撫でたぐらいだったのかもしれないね。
「一度街道まで出ましょう。ファルクさん、後ろはお願いしますね」
「うん。任せてよ」
僕は2匹目を警戒しながらみんなの最後尾についてほぼ後ろを向きながら歩いた。実際には体をひねりながらではあるけれど、恐らく普通には無理。これもご先祖様がしっかり足元まで認識し、僕の体に伝えているからだ。不思議だけど、熟練した戦士や狩人だとこのぐらいはやってのけるらしい。精霊を上手く感じる人は誰にでも出来るようになるんだとか。
周囲に感じる気配は当然いくつもある。ほとんどはなじみの気配で、獣かゴブリン程度だと思う。けれどそのどれも感じる範囲では動きがおかしい。何かから隠れるように固まったまま動かないのだ。
これは……もしかしなくても厄介な感じかな。
(でも前からであればダンジョンに行く冒険者の被害がもっと出てるはず……たまたまかな?)
『ナイトベアーが1匹ということはまずないだろうな。十分注意しろ』
そんな忠告に頷き、僕は前を行く皆に追いつきつつ警戒を続けた。しばらくして街道にたどり着いた僕達。ほっとした様子の5人にマリーと一緒に微笑み、無事でよかったと胸をなでおろした。
ここからなら多少怪我をしていても問題なく村まで行けるはず……そう思った時だ。僕はそれを感じた。
「皆さん、逃げてください。何か来ます」
「い、いいのか?」
同業者であることはわかってはいても、子供な見た目の僕達を置いて逃げることに抵抗があるんだろうね。いきなり駆け出すということは無く、困った顔でこちらを見ている。困ったのは僕の方である。実際、けが人がいない方が逃げるにも楽なのだから。
「お構いなく。いざとなったら2人の方が逃げやすいんです。ね、ファルクさん」
「ええ、僕達が生き残るためにもお先にどうぞ」
若干失礼かなとは思いながらも、やや強めに言うことで僕達の気持ちが伝わったのか、けが人をかばいつつも走っていく5人。時折振り返るのは最初に村に逃げて来た男性の方だ。まあ、律儀というか、良い人というか、ね。
「またナイトベアーですか?」
「かなあ。そこそこ大きいんだよね」
そう、街道の奥の方、ダンジョンの方面から近付いてくる気配はどうも敵のようだ。だけど種類はよくわからない。どちらにせよここで迎え撃たないと、最悪村まで来てしまう。それだけは回避したい。
息を整え、マリーと共に魔法の詠唱を静かにしながら迫る気配に構える。そして視界に入る巨影。
(大蛇!? でかっ!)
「貫き通せ! レッドシャワー!」
僕の手から生み出される赤い力。火の玉と違い燃えることの少ないご先祖様曰く、熱線攻撃。その力は街道の奥から顔を出した巨体である大蛇の顔から胸元ぐらいまでを範囲に入れ、その体を焼く。
「雷の射線!」
マリーの杖から放たれるおなじみの雷。馬鹿の一つ覚えと人は言うかもしれないけれど、慣れ親しんだ手法というのはそれだけ使い込んでいる証であるし、有効だからこそその手を取ることが多いのだと僕は思う。
実際、見事な精度で放たれた力は正確に大蛇の首元を貫き、呼吸を困難な状況にさせる。
「ファルクさん、とどめを!」
「うんっ!」
油断なく近づき、痛みの中でもこちらに向かって来た大蛇を避け、すれ違いざまに首元へと明星で切り付けた。ずるりとした手ごたえ。それは間違いなく相手の命を奪った手ごたえだ。
重さを感じる音とともに大蛇が地面に沈む。
倒した相手を眺めると、やはり疑問が浮かぶ。ナイトベアーもそうだけど、この大蛇もここにいたらおかしい。ヘドリア、普通の毒消しだと消えきらないという猛毒を持つ希少な蛇だ。既にモンスターと同格で、下手に戻れないダンジョンの中で遭遇したら真っ先に倒すように冒険者はしていると聞いたことのある相手だ。聞いていた特徴と色々な部分が一致する。
(やっぱり、この辺にいていい奴らじゃないよ……なんだろう)
僕は周囲をマリーと一緒に経過しつつ、ゆっくりと村への道を進む。考えることは多いけれど、謎は深まるばかりだった。たまたま強いのが集まっている? それとも、ダンジョンに異変が起きたか、新しいダンジョンが産まれた?
(これも、黒龍が狙っている試練……いや、彼は自分の手でやるのが好きそうだ……)
なんとなく黒龍、夜渡りとは別口のように思えた。その後は大きな事件も無く、僕達は村にたどり着く。
先行した冒険者達の手当のためにか少し騒がしい村を歩きながら実家にたどり着くと、店の前に誰かが立っていた。
「どなたでしょうね?」
「うん……あ、フローラさんだ。マリー、あの人がそうだよ。フローラさーん!」
こうなっては下手に隠したりすると逆効果かなと思った僕は敢えてそう口にして相手を呼んだ。
相手、フローラさんもこちらに気が付いたのか手を振り返してくる。
「むう……背が高いです……でもこっちは同じぐらい……くっ」
「???」
何か悔しそうなマリー。お腹を押さえるようにして呻いてる……お腹空いたのかな?
フローラさんと話が終わったら何か食べようね、うん。
こちらに駆け寄って来たフローラさんは前に出会った時より少しやせているというか、疲れを感じるような気がした。エンシャンターの仕事が忙しいのかな? なんとなく、雑用が忙しそうにも感じる。
「お久しぶりね。ああ……しっかり戦士の顔になったわね。しかも、彼女さんを連れて帰郷なんてやるじゃないの」
「教えのおかげでなんとか今日まで生きてます。こっちは僕の相方のマリー」
「マリーです。よろしくおねがいしますね、フローラさん」
なんだろう、ちょっとマリーの挨拶が不穏な気配を感じたような? でもフローラさんは笑顔……いや、ちょっと固いか。初対面だしこんなものかな? それよりもフローラさんにナイトベアーたちのことを聞かないとだ。
『まあ、話題をそらすにもそのほうがいいんじゃないか? まったく、気を付けろよ』
(何のこと?)
不思議なことを言うご先祖様に問いかけるけど返事は無く、肩をすくめたような気配が返ってくるだけだった。今さらだけど腕輪に宿ってるのに結構器用に返事を返すよね……うん。
世界にはご先祖様みたいなのがまだいくつかはあるんだろうなと思いつつ、2人に向き直ってひとまず話を聞くことにした。
「そう、2人とも出会ったのね。やはり……おかしいわね」
「あれが他にもいたってことでしょうか」
実家に入り、3人でお茶の時間を過ごす。ルーファスとメルはフローラさんのことをよく知っているからか、喜んでお茶の用意をしたかと思うとまた店に戻っていった。しっかりと区別をつけて働けるようになって……すごいなあ、嬉しいなあ。
「ファルクさん、その辺は後にしましょう」
「あ、うん。そうだね。フローラさん、あれらはたまたまですか?」
さっそく、僕は本題に切り込んだ。あのナイトベアーや大蛇のヘドリアがたまたま森の奥、山の方から出てきたのか、と。するとフローラさんは頭を横に振った。彼女は別の理由を知っているらしい。
「まだ未探索だけどね。どうも新しいダンジョンが出て来たらしいわ。あるいは見つかってなかっただけかもしれないけれど」
そういって彼女が指さすのは、周辺の地図の中でも麓の街とこの村の中間あたりにある小山だった。
確かそこは何もないのが特徴、というぐらいで山の斜面を通るのが大変、以外に何も問題はないはずだった。
「半年ぐらい前から、このあたりで普段見ない相手が出て来てるの。同時に周囲の獣や魔物の分布も変わってきてるわ。最初はやっぱり、森の奥にいた集団がたまたま出て来たかと思った……けれど違う」
ここに何かある、それ自体はすぐにわかったらしいのだけどエンシャンターとして広い範囲を守る必要のあるフローラさんは長期間留守にすべきではない。けれど、かといって一緒に未知の場所を探索しようという冒険者はこの地方には多くないわけだ。
「なんとか一組確保はしたんだけれどね、他はなかなか……。最悪、私だけでも突撃するつもりだけどね」
「ファルクさん。この話、受けましょう」
「そうだね。なにより僕の故郷の安全がかかってる」
あっさりとそう口にしたマリーに、僕もまたすぐに同意の声を上げる。話の当事者であるフローラさんが驚くぐらいの即決具合だったみたいだ。だけど他に答えがあるわけがない。故郷が危険にさらされてるのをじっと他の人任せで待つ? それは冒険者としてはできない相談だった。
「そう……うん、気持ちだけで言ってるんじゃないみたいね。実力を感じる……じゃあファルク君にとっては懐かしの再会かもね」
「それはどういう……」
途中で聞こえるのは店の方の騒がしさ。でも喜びの声も混じるので良くないことじゃなさそうだ。
その声を聞いたフローラさんは笑みを浮かべ、僕達にも店に行くように促してくる。そういえばさっきの声には聞き覚えが……。
「よう、元気そうじゃないか」
「アキ! ダンも!」
店に来ていたのは、僕に霊山の話をしてくれたなじみの冒険者、アキたちだった。彼らがフローラさんのいう確保した一組ということらしかった。かつてはあこがれでしか見れなかった相手と、一緒に戦うことが出来る。そのことが僕の心を喜びで満たしたのだった。
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