MD2-138「宵闇の使者-1」
「それで、相手はわかってるんですか?」
思い出と、僕の帰りを待つ家族がいる故郷。そこで見つけた両親の伝言は西に尋ねるべき友人がいるということだった。決して遺言にはしてやるもんか、そんな思いを抱いていた僕の前に、さっそく厄介事が転がって来たんだ。
この近くのダンジョンに稼ぎに来ていた冒険者が妙な相手に襲われ、男性1人逃げることができたらしい。
放っておくわけにもいかず、僕はマリーと一緒に山に駆けだした。ホルコーは村で待ってもらっている。
「あ、ああ。でかい熊だった。だけどあんな真っ黒で夜の闇のような奴は初めて見た」
「黒……ナイトベアー……ファルクさん」
仲間を心配してか、硬い表情のまま走る男性から出てきたのはこのあたりにはまずいないはずの相手だった。
出てくるとしたらもっと山奥、ほとんど人がいない場所だと聞いている。確か実力的にはC評価冒険者が5人はいないと生き残るのも難しい。
けど、逆に言えばそれだけ集まれば対処は出来るはずだ……ということは?
彼を含め、襲われているのはD評価以下の冒険者という可能性が高いということだ。実際、よく見ると彼の装備も僕が街で見たことがあるような物だ。言い換えれば、特に高くないということ。
売るつもりもないけれど、明星1本で10人分は軽く買えるんじゃないだろうか?
「僕達が気配を探ります。仲間と別れたところへ急いでください」
「あ、ああ……」
今僕達が走っているのは、一年に決まった時期にだけ中のモンスターや採れる素材が変わるという性質を持つダンジョンへの道だ。特に強力な相手は出ず、慣れた冒険者なら確実な稼ぎが見込める美味しい場所……そういう認識のダンジョンのはずだ。でもこうして襲われるようなことが続くようならその扱いも変わってしまう。
結果として、弟たちに頼んでいる店にやってくる冒険者も変わってしまうということだ。具体的には、悪い方向に。
『今回が初めてじゃないとしたら、例のエンシャンターが一回も見つけてないとは考えにくい。ファルク、どこかに原因があるぞ』
(うん。これが初めてだと良いんだけど……どうも微妙そうだね)
この事とは思わなかったけれど、村で聞いた話の中にはそれらしい話があった。フローラさんが店に、不思議な色合いの熊の片腕を売りに来たというのだ。熊の腕は獣でもモンスターでも使い道が多い。その時にはザイーダじいちゃんがいて、買い取ったらしい。それはすぐに売れていったという。
と、黒いままだった虚空の地図にいくつもの光点。人間大の相手を光らせるとしていた物に引っかかるということは少なくともそのぐらいの大きさはある。1つ2つ……4人かな?
僕は明星を鞘から抜き放ち、走りながらもいつでも斬りかかれるように握りこんだ。
そして男性が足を止め、荒れた地面を指さした。
「ここだ。ここでアイツに襲われて、分断されたんだ。くそ、どっちに……」
「大丈夫ですよ。あっちです」
僕はそれだけを言って、マリーを引き連れて駆けだした。男性もすぐ後ろに付いてきた。思い切りはいいみたいだね。ちょっとぐらいは迷うかと思ったんだけど……。
それはそれとして、往復の時間を考えると4人の方も随分と運が良いというか、上手くしのいでるんだと思う。
普通は襲われたら短時間にどちらかが勝者となるのがモンスターとの戦いだ。
『相手に遊ばれてるのかもしれないな。ナイトベアーだとしたらそこそこ頭が働く』
(それはちょっと嫌だねえ……でも、もしそうなら全員怪我だけで済むかな)
人の手が入っていない山の中、僕達は小走りで走る。普通に考えたら足元が危なかったり、蛇に出会ったりと色々とややこしい状況だ。だけど僕とマリーはエルフに習った緑魔法と呼ぶべき物でこっそりと周囲の木々に話しかけている。返ってくるのは明確な言葉じゃないけれど、森を行くための助言。
だから引っかかることも無く、ほぼ最短距離を僕たちは駆けた。
「二人は一体……」
そんな僕達だから、問いかけが来るのはしょうがないかもしれないね。僕だって相手の立場だったら気になるもん。だけど、こういう時に相手のことを詮索するのは冒険者同士では良い事とはされない。誰だって秘密の手札があるもんだからね。
だから僕も秘密ですとだけいって近づいてきた気配に対して戦いの意識へと自分のそれを切り替える。
そして見えてきたのは僕の2倍はありそうな大きさの黒い毛皮の熊、そしてその向かいには誰かをかばいながら後退している人達。たぶん、はぐれたという仲間で間違いないね。
ずっとこの距離を保ってたとは考えにくいから、追いつかれては引き離しといったところかな……。
「マリー!」
「はいっ!」
多くは口にせず、僕は駆けだす。その背中にはマリーの詠唱の声が届く。時間を見ては練習した、突撃の連携だ。
姿勢を低くして走るのはマリーの射線を確保するため。そして思惑通り、ナイトベアーがこちらを向いた瞬間に頭の上を力が走る。マリーの手から放たれた雷の一撃だ。横向きに落雷があるという自然にはあり得ない現象が魔力を糧に精霊の力を借りてこの場に発生する。
乾いた音を立て、ナイトベアーに突き刺さる力。僕は相手がそれにひるんだ隙を突き、明星を真っすぐ構えて突撃した。
『ガア!』
「遅いっ! フォレストバンカー!!」
大きな体をさらに大きく見せるかのように威嚇の姿勢をとったナイトベアー。だけどそれは僕にとっては良い的だった。走り込んだ勢いそのまま、明星の切っ先が右肩に突き刺さり、そして剣先から魔法がさく裂する。
鋭く整えた丸太が勢いよく生み出され、ナイトベアーの右肩を大きくえぐるように貫き、肩付近から右腕を吹き飛ばすのに成功した。
周囲にちょっと嫌な感じに血とかが飛び散るけどまあ、しょうがないよね。相手も大きくよろけた隙を突いて逃げていた4人とナイトベアーの間にすべり込む。
「下がって! ここはひきつけます!」
「君は!? 助かる!」
4人の元に男性が駆け寄るのを気配で感じながら、僕はマリーと一緒にナイトベアーと対峙した。奇襲からの一撃で相手の戦闘能力は大きく減らした。だとしてもC評価が何人もいるべき相手だ。それに対して僕とマリーは限りなくCに近いD評価。最近ギルドでお仕事してないしね……怒られそうだ。
「出し惜しみは無しだ! 精霊よ、この手で踊れ! ウェイクアップ!」
(あんまり変わんない……ような?)
『変わってるよ。ファルクがその力を制御できるようになってきた証拠さ』
以前ほどの万能感は感じられない、解放の合図。ご先祖様は僕のそんな愚痴に、喜んだ気配をいっぱいにして答えてくれた。なるほど、借り物は借り物だけど使いこなせるだけの下地ができて来た……そういうことらしい。
僕はなんだか嬉しくなって、声を荒げるナイトベアーに……笑って見せた。
「木々よ、戒めの縄となれ! フォレストハンド!」
マリーの可愛らしい声が響くと、周囲の木々の脇から縄のような緑色の物がナイトベアーに襲い掛かる。覚える人が多くないと言われている、森の中でしか使えない特殊な魔法だ。
普通に使うとゴブリンもあまり長い時間は拘束できない微妙な魔法らしいけど、エルフの力を借りられる僕達にとっては微妙ということはない。現にしっかりとナイトベアーの邪魔をしている。
(何回もやるよりは一撃必殺だ……)
暴れるナイトベアー。その力は確かにまともにやると僕達じゃ苦戦する強さを感じる。だからこそ今の内に一気に畳み込むべきだと判断した。沸いてくる力を余らせないように感じながら、僕はナイトベアーに向かって駆け出した。迫る左腕の攻撃を無理せず受け流すようにして、無くなった右腕のほうへと回り込み、ナイトベアーの死角へ。
反射的にか、振り返ろうとしたナイトベアーは……それが仇となった。
『ギャ!』
背中に当たるのはマリーの手から放たれた火炎魔法。その火球が大きな背中を見事に焼く。僕はナイトベアーの体が盾となって被害は全くない。そんな僕の前に無防備な姿をさらしてしまうナイトベアー。
僕は力と魔力を込めて明星を振りかぶり、スキルを口にする。
「ブイ……レイド!」
力一杯の振り下ろし。何もなければそれで終わりなのだけど、明星の刀身が魔力の光で明るくなったかと思うとそれは僕の腕も巻き込んでぐぐっと逆向きに刃を跳ね上げる力となった。
かつての精霊戦争時代、多くの英雄が使い、世の中に知れ渡った力の1つ、スキルだ。
普通では無理な動きを可能にするそれは、こうして僕の力ともなっている。
「ふう……」
両腕を切り裂かれた形になり、火球の一撃ももろに食らったナイトベアーはそのまま地面に倒れた。
僕の……2人の勝利だ。
いつからギルドの評価だけが全てだと錯覚していた?みたいになるかもしれません……。
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