MD2-135「成長の実感と寂しさの痛み」
遅れました
「えっとね、えっとね……」
寄り添う僕の横で、ルーファスの幼い声が跳ねる。薪がもったいないからと週に1回ぐらいしか湯あみをしていないと聞いた僕は、自分の魔法でお湯を沸かすよと言い、弟妹2人を洗ってあげた。
久しぶりの2人の体は確かに前よりも大きく、成長を感じさせたけど……まだまだ子供だ。
ザイーダじいちゃんも交え、久しぶりの大人数の食事に2人ははしゃぎ、それは体を洗っているときも続いた。僕はその度に相槌を打ち、いない間の2人の成長を全部知るぞという勢いで話し続けていた。
そして、そんな時間はあっという間に過ぎて寝る時間。これまで寂しさを我慢していた反動か、2人とも歳の割に幼い言動となり、さっきまでメルはずっと僕に抱き付いていた。
ルーファスもまた、まるで赤ちゃんがぐずるかのように僕に寝るまでそばにいてほしいと言って僕はそれに応えている。
「寝ちゃったかな……ごめんね、2人とも」
僕が2人の歳の頃に両親はいなくなった。それから僕は頑張ったけれど、2人にも同じように頑張れというのは酷なことだ。どう考えたって、村の人もいるからって子供だけで過ごすのは良い事じゃない。
でも、僕はまたそんな状況に2人を置こうとしている。
『ファルク、俺はお前の意志を尊重するぞ』
(うん、ありがとう)
僕の葛藤、僕の悩み、それを知っているご先祖様は優しくつぶやいてくれる。考えてみれば、ご先祖様だって本人じゃないと言っても、誰も家族がいない時代に1人いるんだ。マリーだって色々と抱えて一緒に旅をしてくれている。僕だけが落ち込むのは……ちょっと違うかな?
ルーファスの手をそっと離して、2人が寝た寝室から出ていく。元々は家族5人で暮らしていた家だ。狭いっていうことは全くなく、むしろ空間が広すぎるように感じるほどだ。暖炉のある部屋に向かうと、ザイーダ爺ちゃんとマリーが話し込んでいた。
「もういいのかの」
「うん。2人とも寝ちゃったよ。マリーもありがとう」
何やら古びた本をいくつも積み上げ、お爺ちゃんは優しい瞳で僕を見てくれる。僕はマリーの横に座って、お爺ちゃんと向かい合った。今日は贅沢をしよう、といつもより豪華らしい食事はまだお腹が苦しいぐらいだ。
「いえ、私は別に。ここがファルクさんの……いいお家ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。両親の自慢らしいからね」
終の棲家にするんだ、って言ってたから……色々お金はかけたらしいんだよね。確かに柱も丈夫だし、壁だって他の家よりだいぶ分厚い。暖炉だって立派だ。その分、維持費がかかりそうな気もするけどさ。
「さて、ファルクよ。ひとまず2人は大丈夫じゃ。暮らしの方も何かあった時のためにと節約はしているが、苦しいほどではない。まあ、あの薬草類がいつまで採取できるかわからん状態では下手なことはできんからの」
「貴重なのもあるみたいだし、下手に宣伝すると数が足りないもんね」
そう、外に冒険に出て気が付いたのだけどウチで扱ってた薬草類の中にはこの辺じゃ採取できない物、出来るけど保存が大変な物、とか様々に混じってるみたいだった。
欲しい人にとっては掘り出し物も掘り出し物、って感じみたいだね。
いつだったかの魔法使いの女の子が言ってたみたいに、乾燥させないといけないのとかが結構あるんだ。
「うむ。先日もまとめてよこせという輩が出ての。たまたまエンシャンターのお嬢ちゃんが来ておったから懲らしめてもらった」
「エンシャンター……あ、フローラさん?」
僕は街に出て出会った、とても頼りになるお姉さんのことを思い出した。そういえば元気かな? まあ、エンシャンターだからそう簡単には怪我もしないと思うけど。
そんなことを考えていたからだろうか? ちょっとマリーの瞳が僕を射抜いた気がした。うう、女の子はこういう時に鋭いってほんとだね。
「麓の街にいる人でね、前にお世話になったんだ」
「そうなんですね。女性で独り身……それでエンシャンターとは、よほどの実力者ですね。会ってみたいです」
『ははは。覚悟しておくしかないな、こりゃ』
笑いごとではないのだけど、また出発となれば麓の街によらない手はない。きっと顔を見るぐらいは出来るんじゃないかな?
ああ、今なら……僕達もいいところまでいけるかもしれないね。
「マリー、よかったらランド迷宮にさ」
「もう、今はゆっくりしましょう。せっかくの里帰りなんですよ?」
笑顔の一言には色々と込められていたように感じた。僕はその言葉に、自分が焦りのような感情に支配されていたことにようやく気が付いたんだ。
両親が見つかっていないうしろめたさ。幼い2人を置いて旅に出ている罪悪感。他にも色々だ。
「いい相方を見つけたな、ファルクよ」
「うん。僕にはもったいないぐらいさ」
若い頃は冒険者としてあちこち暴れていて、何やら二つ名もあるとか聞いたことがあるザイーダ爺ちゃんには僕とマリーの関係はもどかしく感じるかもしれないね。
先の見えない冒険者という生き方をしているなら、後回しにしてもいいことはないぞってさ。
「お爺様の手記は興味深いです。行ったことの無い場所についての記述がたくさんですから」
「聞きかじりも混じっておるでの。あくまで話の種にしておくといい。ファルク、明日にでもあいつらの部屋を開けてみよ。今のお前なら役立つものが置いたままかもしれん」
積み上げられていた本はお爺ちゃんの書き物だったらしい。確かに冒険していた時間が長い爺ちゃんの手記となれば色々と面白いだろうね。僕も読みたいなと思っていたら、そんなことをお爺ちゃんに言われた。
両親の部屋……か、確かに寂しさが先だって開けてもいなかったな。なんだったか、掃除をしなくてもいい魔道具が置いてあるからって前に言ってたような。
冒険に出たからわかる。意外と両親は変なところに無駄に高い物を使ってるな、と。暖炉だって、フェリオ王子たちと出会った部屋にあったのと同じような物があるんだもん。それ1つでもすごい金額だと思うんだ。
(稼いでたのかな、ウチの両親……)
お爺ちゃんに頷きながら、僕はそんなことを考えていた。かといって手当たり次第に売るわけにもいかないしね……何か良いのあるのかな。でもさ……そんな良い物だったら出ていくときに持っていくんじゃないかな?
『いざという時に備えて置いていくということも考えられる。冒険者は用心深さも兼ね備えてこそだからな』
一人、考え込んだようにしていると、マリーがこちらをじっと見ていた。こうして見られるとさすがにちょっと恥ずかしいよね。特に変な顔をしていたつもりはないのだけど……。
「マリー?」
「え? ああ、いえ……ファルクさんもあの2人ぐらい小さい頃があったんだろうなって」
「ふははは。そうじゃの、ルーファスはよくファルクに似ておる」
その後は他愛無い雑談が続き、僕達は最初からそうだったように笑いあいながら夜を過ごした。
途中、ザイーダ爺ちゃんが寝床に向かうと……自然と言葉少ない僕とマリーだけが残る。
「ファルクさん、どうするんですか?」
「どうって……そうだね……正直、迷ってるよ。探すとはいっても……ね」
実際問題、冒険者に限らず行方不明ということはそれは死んでいるのと同じ、というのが世の中の常だ。
ウチの両親はそうじゃないだろうけど、失踪ともなればそれは元に戻るつもりのない状態で、探すことも難しい。
逆に両親のように、厄介事が待っている旅路となればいうまでも無く、命の危険に遭遇していると考えるのが普通だろう。
「だけど、僕は探したい。だから、僕は行くよ。マリー、ついてきてくれるかい?」
「帰ってもいいとか言ったら、ひっぱたくとこでした。喜んで、お付き合いしますよ」
僕はありがとう、と小さくつぶやいてマリーの小さな手をそっと握った。両親が家族で座れるようにと奮発したであろうソファーは僕達2人が寝転がっても十分大きく、なんだか寝床に行くのも恥ずかしくて僕達はそのまま暖炉の前でどちらでもなく肩を寄せ合い、そのまま目を閉じていた。
「にいちゃ! おはよう!」
「ルーファス? おはよう」
翌朝、思ったよりも早い時間に僕はルーファスに起こされた。隣ではメルがマリーを起こしている。その手には濡らした布、これで顔を拭いてってことだろうね。朝も早いのに……もう水汲みを済ませたのかな? もしくは水瓶からか……どっちにせよ、立派なもんだよ。
「おはようございます、3人とも。ルーファス君とメルちゃんはお店ですか? すごいですね」
「まいにちなの!」
「うん。日課だから。朝ごはんは勝手に食べてね!」
そのまま2人は騒がしく店の方へと駆け出して行った。時間的にはまだ日が昇るかどうかというところ。空は白いけれど、畑に行く人でもまだ寝てる人がいるだろう時間帯だ。
でも確かに……僕もこのぐらいには店を開けていた。ダンジョンに向かう冒険者は昼夜を問わない。夜は活動してない時が多いけれど、逆に朝早く動き出して明るい時間を長くとる、という考えも普通だからね。
「ふふっ。なんだかお寝坊さんみたいですね」
「十分早いんだけどね……ははっ」
ぽかーんって感じで、2人を見送った僕達はどちらでもなく笑いはじめ、渡された布で顔を拭き、予想外に早い朝を過ごし始めた。
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