MD2-133「元をたどれば-6」
時間の経過とともに、じわじわと僕の何かが削れていくのがわかる。後ろにいるホルコーが気絶していないのが奇跡的なぐらいだった。
マリーだって杖を構えているだけで精一杯で、とても魔法を詠唱できそうにない。第一、どんな魔法ならこの相手に効くのだろうか?
「ふむ……立っているだけで精一杯、か。それだけでも相当な物だが……どれ、後ろの馬か小娘が何かされれば奮い立つか? 人間は自分の利益を取り上げられたり、仲間を傷つけられると奮起するのだろう?」
「何を……」
そうつぶやいて、僕は自分自身がいつの間にか……目の前の黒龍と戦う物だと思い込んでいたことに気が付く。
恐らくは黒龍からあふれ出る威圧感とでもいうべき物に当てられ、生き残るには戦うしかない、なんて考えてしまったからだと思う。
だけど、黒龍はまだそんなことは何も言ってない。さっきの発言だって、僕がそういう姿勢を取っているからだ。
(構えるな、怯えるな、飲み込め!)
圧倒的な存在の差。そこに生じる生き物としての恐怖、そして戦うか逃げるかで戦うを選んでいるらしい自分自身の体に向けて僕はとにかくそう念じて、明星を降ろすように気力のすべてを費やした。
助けとなったのは、無言のままのご先祖様だった。そう、僕はご先祖様を信じると決めている。そんなご先祖様が戦いに対して何も言ってこないのだ。圧倒的で、一撃与えるだけでも怪しいという相手に対して何も助言無しなはずがない。
「ほう……」
「はぁはぁ……」
僕は敵ではなく、向かい合うべき相手として姿勢を整え、改めて黒龍に向き直った。明星は鞘ごと背中に戻して、だ。
そのまま震えたままのマリーに近づいて、そっとその手に手を伸ばす。冷えてきたその手に驚きながらも握り返してきたことに微笑んで黒龍を向いた。
「素晴らしい。蛮勇と勇気をはき違える者が多い中、よくぞ耐えた。後ろの馬もねぎらってやるといい。立っているだけでも普通のグリフォンでは無理なことだ」
「はい! ホルコー!」
僕はようやく動けるようになったマリーと一緒に、ホルコーを撫でて頑張ったねとねぎらう。力無く嘶き、僕達に顔をこすりつけてくるホルコー。本当によく頑張ったと思う。犬がオーガを前にして吠え続けるような物だからね、普通は無理だ。
『だいぶ変わったな。あるいは本人じゃないかもしれん』
(本人じゃない? 偽物……ってことじゃないよね?)
「こんな場所で立ち話もどうだろうな。何もないが、中に来るといい」
世界を揺るがしそうな黒龍にお誘いを受けるという、もしかしたら人間で初めてかもしれない状況に混乱しかかった僕だけどなんとか気を取り戻してマリーとホルコーと一緒に黒龍を追いかけた。
道中は元々黒龍が元の大きさでも行き来するためか天井は高く、かなり大きな洞穴という状態だった。
しばらく無言で進むと、急に開けた空間に出た。
「うわぁ……」
「綺麗……」
そこは別世界だった。もしかしたら元は大きな大きな岩の塊をくりぬくようにして作ったのかもしれない。
上に空いた穴から降り注ぐ陽光が穴の底を照らし、そこにだけ世界があるかのように木々が生え、草花も色とりどりの光景を作り出していた。
中央には、何もない穴というかへこみ。たぶんそこが黒龍のねぐらなんだと思う。ここだけは案外普通なんだね。
「適当に座りたまえ。さて、結論から行こう。どうせ私が各地の有力な魔物を捕まえては無造作に地上に投げ落としてるのをやめてほしい、あるいはなぜか?というところだろう?」
「その通りです。寝ていたら自分の上にああいったものが落ちてきたらと考えると……」
僕の答えに、黒龍は龍な顔のままで笑みを浮かべ、深く頷いていた。黒龍自身もその状況そのものはちゃんとわかっていて、わざとってことなんだろうか?
でも、そうなると不思議だ。今のところ……直撃して大惨事が!ということは聞いていない。
「かつての時代、人はもっと危険に敏感であった。想像がつくか? 今、熟練の魔法使いが放つちょっと気合の入った魔法は500年も前は撃てる者は皆無と言っていい強さだったのだ」
「そんな、まさか……」
思わずと言った様子でマリーが呟くように、僕も信じられなかった。僕だって使う魔法……その魔法でもすごいやって思う魔法を使う人はそんなに少なくない。どこにでもとは言わないけれど、各地で見つかるぐらいにはいると思う。
そんな魔法が、幻のような扱いを受けていた時代がある?
『魔法は精霊を力とする。つまりは……』
「精霊が今みたいにいない時代だった……?」
僕のつぶやきに、黒龍は笑い出しそうになりながら急に目を細めた。見つめる先は……腕輪。
これは間違いない、ご先祖様のことを感じ取っているんだと思う……どうしよっか。
「英雄の血統以外に、おせっかいな助言役がいるようだ。それは良い出会いになるだろうな。
話を戻そう。人や魔物は結果として力を付けた。世界に精霊があふれることによって。しかし……その精霊もかつては2度、失われかけた。精霊戦争と人が呼ぶ2度の大戦。それは同時に世界から精霊が失われる可能性が出てきた危機でもあったのだ。
それも終わり……互いにある意味では平和となった世界で人は、魔物はどうか?
いつしか大量の精霊がいることが当たり前になっている! それは永遠ではないというのにだ!
そんな状況を私は憂いた。眠る夜が本当は危険な夜であること、生き残るための戦いは本当は種を賭けた戦いであること……そういったものを思い出させるために私は夜を渡るのだ」
「そうまでして、何がしたいんですか?」
僕が問いかけると、黒龍は僕をまじまじと見つめ、立ち上がって目の前まで歩いてきた。
正直、すごく怖い。最初のような圧迫感は無いけれど、撫でるようにして僕ぐらい殺すのは訳無いだろうからね。
「争え、とは言わんよ。女神に怒られてしまうからな。ただ……人も魔物も、乗り越えねば強くなれぬ。
だからこそ、試練でもあるのだ。夜を警戒し、人間にとっては魔物という脅威がなくなったわけではないことを自覚してもらえればそれでいい」
僕にはあまり良くわからない考えだった。黒龍はどちらの味方でもなく、とにかく停滞は良しとしない、ということだった。僕はそれに対して有効な答えを出すことができなかった。
確かに被害が出るのはよくない。けれども、何もないとだらけていくというのもよくわかる。
どちらが正しいとか、そういうものは無いのかな、と感じた。
「いつか……私たちは貴方と争う未来が来るのでしょうか?」
「人間の娘よ。それはわからぬ。が、そうなる可能性はないわけではないな。
その時には、鱗の1枚でも剥ぎ取れるように精進するといい。さて、答えにはなったであろうか?」
マリーの心配そうな問いかけに応えて、黒龍は僕を見つめてきた。僕も黒龍を見つめ返し、話をまとめながら沸き立つ感情のままに口を開いていた。
「わかりましたとは言いにくいですけど、わかりました。もし……もし、戦うことになれば僕と、彼女の未来のためにも……勝たせていただきます」
我ながら生意気かなと思う返事だったけれど、黒龍としてはそのほうが良かったらしい。一瞬キョトンとした後、豪快に笑い始めた。
僕達以外誰もいない場所に笑い声が響き、洞窟に反響していく。
「それはいい! その時まで精々腕輪の中身に鍛えてもらうのだな。面白い話が聞けたついでだ。送ろう。故郷はどの辺だ」
「どの辺というと難しいですけど、大体は……」
そうして人間の国で言うとこの辺だと地面に適当に絵を描いていくと黒龍は大きく頷いて翼を広げた。
集まり始める魔力、僕でもわかるほどの膨大な物だった。
「話す機会があれば誇るといい。転移柱や門に頼らず転移が出来る力の持ち主は多くない。私を除けば戦女神級だろう。ではな、人間の子とその従者である馬よ。良い出会いであった」
「え? ちょっと!?」
『力を受け入れろ! 飛ぶぞ!』
慌てる僕の頭に響く声。咄嗟に僕はマリーを抱きかかえ、後ろにいたホルコーの首元に抱き付いた。
瞬間、足元から地面の感覚が消え、いつか味わったような妙な浮遊感が襲った。
幾度目かの瞬きの後、僕達はどこか違う場所にいた。
「トロピカーナのそばじゃないですよね……」
「うん。違うよ……ここは……」
僕の村の近くだ。そのつぶやきは驚きにか、ひどくかすれて聞こえた。
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