MD2-132「元をたどれば-5」
コーヒーが美味しかったです
森の奥も奥、恐らくは出入りする存在によってなぎ倒されたままの木々がぎりぎり道とわかる物を作り出していた。
トロピカーナを出発してしばらく。長いような短いような時間をかけ、僕達は目的地であろう場所を見つけていた。
幸い、アイテムボックスのおかげで食料とかには困らないけれど、いい加減似たような景色が続くから飽きが来ていたのだ。
何度か見つけることができた開拓村も、今はもう見つからないぐらい奥に来ている。
「静かですね」
「たぶんね、中にいるのがどんな奴か、動物はわかってるんだよ。下手に騒げばどうなるかも」
静かなマリーのつぶやきに僕もまた、小さく答える。あまり大声は出したくない……間違いなく、何かがこの先にいるからね。
だからこそ、普段なら多少はいるはずの獣だって、モンスターだって全くと言っていいほどにいないんだ。
全てはこの先、大地に大きく空いた穴の中にいるであろう黒龍の存在を理由として……。
ホルコーを木の陰に隠し、僕達もその木陰からのぞき込んだ先には音が無い。けれど、間違いなく何かがいるという気配のような物は感じられた。動物は元より、小さい虫も見つけるのが難しい。
だからこそか、お花もあまりないし、木々や草ばかりでちょっと見た目は寂しいかな。
『ファルク。知ることが正しいとは限らないぞ』
(うん、わかってる)
ご先祖様の言うように、ここで僕達が無理をしてここに住むのが黒龍であることを確かめたり、あるいは黒龍から何故夜渡りとしてあちこちにあんなことをするのか、聞かなくても別に僕達は生きていける。もっと言えば、他の知られているダンジョンに潜って鍛えていく形でもきっと僕は両親を見つけることができるかもしれない。
ただ、そう……こちらも選べると知った時から僕の中で何かが叫んでいた。それはご先祖様とは違う、僕自身の中にいる何か。意識とかそんなんじゃなく、僕はここに挑む権利があり、話を聞くことが出来るという直感のような物があった。同時にその危険性もなんとなく、わかっている。
「マリー、何かあったら困るから今言っておきたいことがあるんだ」
「駄目です」
僕みたいな歳で言うことじゃあないかなとは思いつつも、言わずに何かあったらきっと後悔しきれない、そう思った僕だけどマリーはそんな僕の言葉を叱るようにして遮って来た。
顔を上げれば、怒ったような顔……いや、怒ってるねこれは。もう頭から湯気が出てそうだし、頬も可愛らしく膨らんでいる。
マリーはそのまま、僕に近づいてきたかと思うとがしっと僕の顔を掴んで視線を合わせてきた。
「もう、私だけ置いていくなんてやめてくださいね。もしそうなったら領民なんか関係なく、追いかけますから……どこまでも」
「それこそ、駄目だよそれは……」
視線をそらすことも出来ずに、僕は向けられる感情に戸惑いながらもそう答えるのが精一杯だ。
僕だって、マリーと離れて過ごすなんてことはもう考えられない。陳腐かもしれないけど……そういう気持ちだ。
こんな出会いが出来るなんて、いなくなった両親に感謝、なんてことが不謹慎に一瞬浮かぶぐらいの出会いだ。
だからこそ、彼女1人になってしまった時に重みになりたくない……そう思ってる。
「本当は……オルファン領に残る予定でした。でも、私はファルクさん……貴方と一緒に行く道を選んでいます。ねえ、そのことを……どう思ってるんですか?」
「どうって……むぐっ」
すぐそばにはホルコー。そして腕輪にはご先祖様、そして近くの穴の中にはきっと黒龍。そんな状況で、僕達は口づけをしていた。鳥の鳴く声も、虫の羽音さえない静かな場所で、妙に僕の耳に音が届く。
ホルコーの静かな息以外の、どちらの物かもわからない吐息の音、そして水音。
真っ白な頭の中で、僕はマリーの覚悟と、その想いを感じた。
「……ごめん」
「謝るぐらいなら、ちゃんと後で聞かせてくださいね」
女の子は強い。そう心の底から実感できる瞬間だった。不思議と心は温かく、さっきまでのような冷たい悲壮な覚悟という物はどこかに行ってしまっていた。夜渡り、黒龍の強大さに僕はどこかで既に怯えていたのかもしれない。
確かに世の中にはどうあがいてもどうにもならないことは、きっとある。けれど、最初からそうだと決めつけていたらきっとすべてがそういった、どうしようもない物になってしまう。
自分が自信を持っていない人生、それはきっと自分の進みたい未来にはたどり着かない人生なんだ。
「よっし、行こう!」
「はいっ!」
恥ずかしさを誤魔化すように、力一杯叫んだ僕。そしてそれに答えるマリー。その行動が、どんな結果を産んでいるかを知ったのはすぐ後の事だった。
数歩、踏み出したところで僕は視界に変な物を見つけた。いや、変なものをというと相手が怒るかな?
だって、人ぐらいの大きさの竜がいたんだもの。
「終わりか? なかなか見られないぐらい、まっすぐな恋愛劇だったな」
「こ、こここここ」
僕は目の前の存在に言葉が上手く出てこない。後ろにいるホルコーは固まってるし、マリーだって口元に手をやって言葉をなくしている。こういう時に頼りになりそうなご先祖様も気配はあるけど黙ったままだ。
「今度は鳥の真似事か? あまり上手くは無いな。やはり先ほどの続きが気になるな。良ければ場所をどこうか」
「結構です!」
叫んで、僕は咄嗟に固まったままのマリーを背中に隠すようにして、鞘に納めた状態の明星を鞘ごと構えた。
斬る斬らないなんて話じゃないし、抜く暇も惜しむ相手だと、僕のような冒険者でもわかるような圧倒的な相手だった。
一見すると、黒い鱗のリザードマン。だけど、違う。絶対に違うと僕でもわかる。可笑しすぎる状況だけど、この光景が指し示すのは1つしかない。この相手が……黒龍だ。
僕の想像では、何でも食べるぐらいに獰猛で、話を聞く前に襲われる、そのぐらいの相手だった。それがこうして小さな姿で、言葉を交わすなんて思いもしなかった。
『落ち着いて聞け。いいな? 黒龍は別に人間の天敵じゃない。それだけは覚えけおけ』
「ふむ……なるほど。英雄の血統か……やはり英雄には劇的な人生が似合うのかな? どう思う、君」
「どうと言われても……僕達の人生は一度っきりです。それが例え平坦な物だろうと、波乱万丈だろうと、頑張って生き抜くのみですよ」
今にも飛び出しそうだった僕の体はご先祖様の忠告によってとどまり、構えたままの切っ先はそらさずに黒龍であろう相手を見る。
問いかけられた言葉に、何故だか僕はあっさりとそう答えていた。
「なるほど、なるほどな……うむ。君は未来を生きられるだろう。その気持ちがある限り、私が揺り起こす必要はあるまい。大多数の人間と違ってな」
「ということは、やっぱり貴方が……」
問いかける僕の視線の先で、その背中にいつの間にかできていた翼を大きく広げ、風のような気迫が、相手から噴き出した。
僕は声にならない叫びで気合を入れ、後ろにいるマリー、そしてホルコーを守るようにお腹の下に力を込めた。
どうしてそれでいいのかはわからない。もしかしたらご先祖様が手伝ってくれたのかもしれない。どっちにしても僕はまだそこに立っていた。
「人の子よ、名乗ろう。我が名は黒龍。この世界の管理者にして調整者。喜べ、今代で私にまともに出会ったのは君たちが初めてだ」
流ちょうな言葉を操り、人を越えた力を感じる存在、それが今、僕達の前にいた。
前半でボスに一度遭遇するっていいですよね。
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