MD2-013「初層踏破へ-4」
『頑張れ男の子!って男の自分が言う台詞じゃなかったなこれ』
(いや、まあ……応援してくれるならいいけどさ)
ゴブリンの魔水晶を切り取る僕に聞こえる声はどこか楽しそう。
その理由もわかってはいるのだけど、気になる物は気になるのだ。
「ファルクさん、チャージできましたよ」
「うん。じゃあ行こうか」
マリーの報告に僕は頷き、立ち上がる。
天井までは魔法無しで飛び上がっても届かないぐらいの高さがある。
「ファルクさんはここにはよく来るんですか?」
「いや? この辺は初めてだよ」
小声のマリーに僕も小声で応える。
罠……はなさそうだ。
2層からはどのダンジョンも様々な罠が出てくるというから油断はできない。
『棒を出しておけばいいんじゃないか?』
助言に従い、アイテムボックスから探索用の棒を取り出し、
地面や天井を時々突きながら進む。
「魔法の袋いいですよねー。私もお金たまったら買おうかなあ」
「僕は買ったわけじゃないからわからないけどやっぱり高いんだ?」
マリーにはアイテムボックスの事を魔法の袋だと説明している。
ご先祖様の時代から同じような物はあったらしく、
高価だが無いわけではない様だったからだ。
そうこうしているうちに1つ目の罠を見つける。
棒でつつくと、人差し指ほどの何かの針のような物が地面から飛び出す。
知らずに踏めば怪我をするか、お約束でいえば毒でも塗ってあるのか。
いずれにせよ、避ければいいだけだ。
ここでマリーの魔法を使うことも無いんじゃないかなと思う。
「魔法の袋は武具と違って誰でも使い道がありますし、
結構高いんですよー。もっとも、この杖とかは実家のなので
私は逆にこっちのお値段がわからないんですけどね……」
マリーが手にするのは大きな緑色の魔結晶のはめられた杖。
彼女のおじいちゃんぐらいの人が手に入れた杖だとのことで、
手にした時のご先祖様の鑑定によれば一級品も一級品とのこと。
花咲く森の乙女、という名前らしい。
力を発揮できるのは名前通り森の中らしいけど、
それを抜きにしてもかなりの性能のようだった。
その一番の特徴は魔法の遅延発動だった。
正しくは、使おうと決めた魔法を発動直前で維持、任意の時に解放できるらしい。
手放すと霧散してしまうのと、その間はわずかながら魔力は消費し続けるらしいけど、
杖を使わなければ別に魔法を使うことも出来るし、
やりようによっては2つの魔法が同時に使えるらしい。
まだまだ力が足りないので使える魔法に限りがある、と彼女は言うけど
たぶん金貨が当たり前の値段だろうなとは僕にもわかる。
「ゴブリンが5。先に行くね」
「はいっ! 風よ!」
駆けだした僕の背中を風がふきぬく。
マリーの声に従い、杖から魔法が放たれたのだ。
風の初級魔法、ウィンタック。
直接殺傷するような魔法ではなく、圧縮された風の力が
相手の足などに当たることで足止めされる魔法だ。
ゴブリンの集団のうち、後方にいた数匹がその魔法の対象となり、
僕は前にいる相手に向けて駆け寄る。
魔法の奇襲に動揺しているのか、武器を構えられていないゴブリンに
僕は振り降ろすようにして剣を振るう。
「ギッ!」
「一つ!」
確かな手ごたえと共に、そのゴブリンが剣を放したのを見、
蹴り飛ばして別のゴブリンへと吹き飛ばす。
ちょっと卑怯な気もするけれど、そんな気分はゴミ箱へぽいだ。
硬い地面を両足で踏みしめ、さらに前に突き進む。
今度は相手は避けられそうにない以上、威力を重視して
剣を突き出すようにしてぶつかる。
硬いとは言い難いが、柔らかいわけではない感触が手に届く。
消える相手とはいえ、生々しいといつも思う。
「2つ!」
さて次は、というところで洞窟を黄色い光が照らし、
瞬きの間に、僕の目の前でゴブリンたちが黄色い光に貫かれ、沈黙した。
『雷の射線か、初級としては威力は十分だな』
振り返れば、マリーが杖と自分の指先の両方から
魔法を撃ち出した姿のままで立っていた。
どこから相手が来るかわからないのでまだ警戒を続けているのだろう。
僕もそれに倣い、周囲の気配を探る。
「本当にゴブリンしか出ないなあ……。だからすぐに他のダンジョンに行くんだろうな」
ゴブリンも儲けがないわけではないと思うのだが、
素材なども考えると安定すぎということだろうか。
「私たちとしては戦いやすくていいですけどね」
もっともな言葉に頷き、先に進む。
地図がどんどんと灰色から白になり、完成していく。
その地図に従えばあと行っていない場所は限られる。
「? あれは……」
何度目かのゴブリンの襲撃と、休憩をはさみ
半日は潜っているらしい頃、2人の先に光が見える。
「日の光、ですかね」
そう、マリーが言うように魔法の灯りではなく穴でも開いているのか
日の差し込んだような光が見えた。
しかし、だ。
(ここ、地下2階だよね……)
『地上への穴があるのか、あるいは……心当たりはあるが、行くしかあるまい』
ゴブリンの奇襲を警戒しながら、ゆっくりと進む。
ごつごつした洞窟の中にあって、
地面にわずかながら草の生えた不思議な場所。
そこは、明らかに異質な場所だった。
「祭壇……でいいのかな」
「きっとそうですね。あの宝珠には力を感じます」
つぶやきにマリーが答え、手にした杖を視線の先である
祭壇の上にある宝珠へ向けている。
僕はその視線を上に向ける。
(まぶしい……んー? 何か回ってる?)
灯りの正体は、太陽ではなかった。
手の届かないような上の方に、よくわからない球体が浮いていた。
正面から見るとまぶしいけど、丸い何か、だ。
『さて……やはり飛べないか。ここだと魔法が使えないな』
一瞬、ご先祖様が僕の代わりに魔法を使おうとした感触の後、
やや沈んだ声が聞こえた。
「ひとまず触ってみましょうか」
「うん、そうだね」
祝福があるという祭壇の宝珠。
もしかしたらご先祖様みたいな魔道具なのかもしれないという物が目の前にある。
そっと、そのつるりとした表面に指を触れさせる。
瞬間、僕は何かに包まれていた。
温かく、お風呂に入っているかのような安心感。
マリーでもなく、ご先祖様でもない誰かと話していたような気もするけど、
正直、僕は覚えていなかった。
「ファルクさんっ!」
「!? あ、あれ?」
肩を揺さぶられたのか、ややふらつく頭を振りながら
僕は心配そうな顔をしたマリーを見る。
『よかった。戻ってきたか。急につながりが薄くなったからな。さすがにあせった』
ご先祖様の声からも、何かがあったことは間違いないのだけど、
僕が覚えていないのだから何もわからない。
「たぶん、大丈夫。なんだろう、誰かと何か話していたような気がする……けど」
「何かを? じゃあ、祝福受けたんじゃないですか?」
マリー曰く、ダンジョンの宝珠に認められると
その属性に従った祝福が得られることがあるという。
マリーはエンシャンターの事は知らないであろうから、
その話とは別……かな?
『ギルドのカードに記載されて勧誘されるかもしれない、
というのはここの祝福を得ることが出来たかどうか、みたいな感じじゃないか?』
「マリー、祝福ってどんなの? 何か特殊なスキルが確保できたりするのかな?」
俺の時代にはなかった話だな、とファクトじいちゃんが呟くのを聞きながら、
僕はマリーに宝珠の祝福について聞いてみた。
そのまま周囲を見渡すと、明らかにここが他と違うことがわかる。
洞窟部分と違い、滑らかな壁に
草が生えているけども整えられたような平らな地面。
人の手が入っているようにしか見えない場所だった。
「えっとですね、確か対応する属性の魔法やスキルが強くなったり、
覚えやすかったりするらしいですよ。でも……」
「でも? 何か代償があるとか?」
物語でも何かを得るには何かを支払う、というのはよくあること。
となれば今回の話だって2つ以上祝福を得られない、とか
そう言ったことがあってもおかしくない。
「んー、特にこういうことで困るっていうのは無いみたいです。
要は強度というか、祝福にも程度があって、
深い階層のダンジョンほど強い祝福が得られるらしいですよ」
つまり……?
『同じ地属性なら地属性の祝福でも弱と強があるということ……だと思うぞ』
僕の疑問をご先祖様が解消する形で僕は頷くことになる。
「じゃあ、受けて損は無いってことだね。マリーもじゃあ、どうぞ」
「あ、はいっ」
マリーが宝珠に手を触れると、僕でもわかるほどに
何かの力が部屋で動いたかと思うとすぐにおわまった。
見ればマリーも周囲をきょろきょろと見渡しているけど、
僕の時のように意識が飛ぶということは無かったようだ。
「終わった……見たいです。2層踏破の階段だけ探して帰りましょうか?」
「うん。そうしよっか」
幸いにも地図で行っていない場所はもうほとんどなく、
その後程なくして僕達は3層への階段を見つける。
つまりは初層である第1、第2層を攻略したことになるのだった。
ギルドに戻った僕達のカードには、
─砂の祝福☆1─という記載が残っていた。
それがどんな効果であるかはセシリーさんも教えてくれなかったけど、
さすがフローラのいうところのレア物、というつぶやきは耳に届いた。
祝福の内容に関しては意地悪だとかではなく、
人によって多少効果範囲が違うので
何ともいえないとのことだった。
悪いことではないことはわかっているので、
その日の探索を終える形で宿に戻ることにする。
宿ではグランツさんにさっそく女連れか?などと
からかわれてしまったけど、旅路に巻き込んだ身としては
否定できない状況だったのでごまかしながら部屋に向かう。
勿論マリーとは別の部屋なのだけど、
隣に彼女がいると意識してしまったからか、
その日はなかなか寝付けなかったのであった。




