MD2-126「日常に紛れた破片-5」
「そうしてボクたちを作った……人間風に言うとご先祖様って言った方が良いのかな? とにかくむかーしの人が役目と引き換えに増える権利を貰ったんだ。目的は人間と同じように自分たちがいたことを残すこと」
話したくて仕方がなかった、そんな感じでドールな彼は話をずっと続けていた。中身が中身なので気にならないってことはないのだけど、やっぱり全体的に大げさな身振り手振りで話してくれるものだから少し疲れるね。
お話自体はすごい興味深い。なんでも、昔ドールの何体かが霊山に迷い込むようにして侵入し、出会った女神様とも戦女神ともつかない相手と交渉事をしたんだそうだ。
ドールの願いは……『人がそうであるように続く何かを残したい』ドールには寿命といったものや、親子といた関係性はないそうなんだ。まあ、人形だもんね。ゴーレムが一番近いのかな。
だから、壊れるまで生きる。そして壊れたら終わり。残らないし、続かない。だけど人間は違う。死んでしまうまで生き、死んでしまってもその人というものは大なり小なり後に残っていく。思い出や記録として。
ドールたちはそれが羨ましく、考えることは出来るのになぜ同じことができないのかが悩みだったらしい。
ご先祖様としてはその話を聞きながら、そんなことが……とかつぶやいていた。予想外の状況なんだろうね……だとしたら何があってもいいように注意だけはしておかないと。
「それで今は人間の生活を真似……うーん、取り入れてるんですか?」
「お、わかっちゃう? 頭いいねえ。その通りさ! でも大苦戦! ドールは人間と戦うことが運命、みたいなモンスターと魔法生物の中間な存在だからね。真似してその通りにすることはできても……新しいことはできないんだよ」
言葉を選んで問いかけると、あからさまなまでにがっくりとした表情と姿勢でうなだれる男性なドール。
見ているこちらも悲しくなりそうなほどの見事な物だった。演劇とかやったらすごそうだね……。
「再現は出来ても、作り出すことができない……」
「まさにその通り! さっきも見たよね。いつか覚えたことをすることはできても、例えばそうだなあ……今日はどんなことをするだろうかって予想が出来ないのさ。知らないことをするのに年単位で時間がかかる。ボクの今の言葉もみんなどこかの借り物。どこかで見たお芝居にこんなお話があったんだよね」
(それは……どうなんだろうか?)
その時の僕が感じていたのは、憐れみとは違う……なんというか、疑問のような物だった。
今の話通りだとすると、結局願い事は叶っていないんじゃないかな?
「ふふふ。わかるよ、ボクたちが騙されたんじゃないか?って顔をしてるね。
おかげ様で、願い自体は叶ってるんだよ。じゃないとボクがこうして喋るのも難しい。
決まった考え、決まった思考しかできないのがドール、だからね」
『ああ、話が通じるように見えて通じない、そういうもんだ』
彼のつぶやきをご先祖様が補足し、僕は1人納得の顔で頷く。マリーにも後で……あれ、マリーも頷いてるな、まあいいっか。
とりあえず、色々と話は聞けたと思う。霊山に入るには祝福がいくつ以上必要という決まりは特になく、偶然が重なれば誰でも入れてしまうのだということがわかった。
もちろん、中にうろつくモンスターの強さを考えるとこちらが強いに越したことはないんだどろうね。
「それで、報酬のほうはどうしますか? お金とか……いります?」
人のまねをするにしても、色々と揃えるにも人間のお金が必要になるのは間違いない。だからそんな提案をしてみたのだけど……首を振られた。
他にどんなものが報酬になるんだろうか? 物かな?
「お金も魅力的なんだけどね、出来れば君たちという物を読ませてほしいな。人に襲い掛かるドールと同じことをするのはちょっと気になるけど、そうすれば僕達は人として深みがでるかもしれない」
「それは、僕達が写されるってことですか? うーん、ちょっと心配ですけど……マリーはどうする?」
「悪用されたらすぐに壊しに来ますからね! それでいいならいいですよ」
彼の話通りなら、ここで写されなくてもどこかで襲ってくるドールに出会ったら同じことになるだろうね。
だったら、経験しておくのもいいかな、なんて思ったんだ。何事も経験……かな?
「ありがとう! ちょこっとだけね。何かあってもいけないからさ。じゃあ手を出して―」
ご先祖様もいるし、本当に危ない事にはならないだろうなと思いながら右手を差し出すと、軽く握られた。
冷たさも暖かさも感じない。本当に……見た目に反して木でできたような手だった。
多少は時間がかかるかと思ったんだけど、僕達の手を握って少し目を閉じるなり、すぐに離された。
しかも、こちらを不思議そうな顔で見つめてくるんだよね。
「どうしました?」
「ううん……面白いけど、君たちは読めないな。読んじゃうと僕達まで騒動が続く人生になりそうだ。
すごいね君たち。何をしても、どこにいてもきっと周囲が騒がしいよ。ボクにはわかる……そうだね、むかーしいたっていう英雄な人達と同じぐらい、色々巻き込まれるみたいだ」
「嬉しくないです……」
あの短時間で何がどうわかったのかはわからないけど、正面から僕とマリーがこれからも色々と騒動の中に放り込まれることが予言のように言われてしまった。
確かに平和な日というのはなかなかないけどさ……面と向かって言われると衝撃だよね。
僕のマリーも、不満を隠さずに文句のような物を言ってしまう。
「あははは! ごめんよ! 隠し事は出来ないんだ! でもいいじゃないか、その分……君たちは人の記憶に残るよ。そうしたら、君たちは生きた証が残せる。良いことだよ」
「そう……ですね」
気軽な口調とは真逆の、重さを感じる言葉だった。きっと彼はドールとして、長い時間を生きてきたんだと思う。いつか、願いの通りに人間のように自分のいた証拠を残せる日が来ることを祈って。
僕には何ができるってわけじゃないけど、ここにいる間ぐらいは話し相手になろうと思った。
「そういえば、お名前とかは無いんですか?」
「名前? あー……ボクたちは色々と真似するからねえ。敢えて呼ぶならその時の名前になるから決まってないね。ドールでいいよ、人形さん、でもさ」
自虐の笑みを浮かべる姿は、自分のことは自分が良くわかっている、そんな顔だった。
あるいは名前で呼ぶと、それで固定されてしまうということなのかもしれないね。
少し寂しさはあるけれど、そのあたりは適当に呼ぶことになった。
「ドールさんはこの先どうs……え?」
僕は固まった。視線の先、家の窓から見える外の景色。その中に動いている多くのドールたちの中に……いたんだ。行方不明のはずの……両親の姿が。
マリー達の声を背中に聞きながら、僕は家を飛び出し、両親の姿をしたドール……そう、心のどこかでは彼らがドールだって最初からわかっていた。けれど……我慢できなかったんだ。
「父さん! 母さん!」
振り返った2人。その顔にあるのは困惑。何故だか、その顔を見た瞬間、僕の中にあった……もしかしたらという淡い気持ちが、弾けるように消えて……残ったのは悲しみだった。
「君は……人間かい。この姿は君の家族の物かな? だとしたらすまない。私達も見かけた姿を真似してるだけなんだ」
「そう……ですか」
同じ顔、同じ表情でしゃがみこんでしまった僕を慰めるように同じようにしゃがむ父の姿をしたドール。違うと、外見だけだとわかっているのに……僕はあふれる涙を止められなかった。
『気持ちはわかるがな……よく考えてみろ。両親を見かけたのはいつごろか、聞くことはあるぞ!』
(そ、そうだ……そうだよね!)
僕は追いついてきたマリー達に大丈夫と答え、涙をぬぐって両親の顔をしたドールに向き直った。
彼らから、両親の話を聞くために……。
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