MD2-125「日常に紛れた破片-4」
「人形の里……?」
僕は男性の言葉を上手く呑み込めてないでいた。人形というと、あの人形だろうか?
だとしてもこんな森の中で、一人出歩いている理由にはならないよね。どういうことだろう……よくわかんないな。
「えっと、このあたりの木を使ってお人形を作られているんですか?」
「え? あ……あー、まあそう……かなあ? 外れでもないかも。とりあえず、おいでよ」
そういって何やら鼻歌のような物を歌いながら男性は背中を向けて森を軽快な足取りで歩き始める。
僕達は慌ててそれについていくことになる。不安はあるけれど……こういう時に気になってしまうのは冒険者が冒険者たる所以ってとこかな?
『ファルク、気が付いてるとは思うが……』
(うん。この人、人間じゃないんだよね?)
珍しく真面目な声のご先祖様に内心で僕もわかっていることを答える。そう、この目の前の男性は人間じゃあない。じゃあ何かって言われると困るのだけど、少なくとも僕の知っている人間じゃない。
地図の反応も違うし、さっきから男性の体が半分透けて見えるんだよね。もしかしてマリーも……と思ったらやっぱり彼女も驚いた顔を前に向けている。同じものが見えてるみたいだ。
「どうしたの? って、うわっ。油断した……変化が消えかけてるじゃん。そりゃあ君たちもびっくりだよね」
笑いながら男性が何やらつぶやくと、ぼんやりしていた姿が急に引き締まり、先ほどのような半分透けている、という状況が改善された。
これはこれで不気味というか、不思議というか……でもまあ、人間じゃない相手とも何度も出会ってるしね、今さらかな。
それに、悪い人には見えないんだよね。人間じゃないけど。あ……そういうこと?
(僕は見たことが無いけど、動く人形って魔道具の話を何かで聞いたことがあるような)
そうだ、確かおとぎ話にあったような親玉のいる洞窟とかにいくと、こちらを真似してくる強敵としての人形や、主人公の恋人の姿になったりとかするんだ。そこまで考えて、ふとマリーの方を見た。
彼女の姿を誰かが真似て襲い掛かって来たとしたら僕は上手く動けるだろうか? 自信が無いな……。
『何言ってるんだ。お前と彼女、後はホルコーとの唯一のつながりがあるじゃないか』
(え?……あ、そっか!)
すっかり忘れていたけれど、ずっとマリーとホルコーとはパーティーとかいうのを組んでたんだった。
階位が離れていた場所でも上がるようで、そばにいるマリーは気が付かなかったけどホルコーはお留守番してるのに上がってるからいいことだらけなんだよね。
でも確かに、言われてみれば地図でも1人と1頭はすぐにわかる。光が違うからね。
そうこうしているうちに、男性の案内のまま森を進んでいた僕達は、森の木々以外の物を目撃することになった。
それは……村。けれど、どこかおかしな村だった。
(まずは場所……こんな森の中にあるにしては……畑とかがまったくなかったよね)
そう、ぽつんといきなり村が出てきたのだ。モンスターを防ぐ柵もほとんどなく、遠くには井戸のような物はあるけど少し荒れている。何より、畑が全くないんだ。周囲は森、畑が隠れてるようには見えない。
その疑問はマリーも同じだったようで、横に見える顔には困惑ばかりが躍っている。
村らしき場所の入り口で立ち止まった男性は振り返り、大げさに頭を下げる。その姿は何かの劇のようだ。
「ようこそ、我らが里へ。何もないけど歓迎するよ」
「ありがとうございます。あ、そうだ……僕達、木の採取に森へ入ったんです。早めに済ませておきたいんですけど」
男性の言葉に嘘はないようだけれど、そのまま時間を使うのは依頼が達成できなくなるのでよろしくない。
まずは依頼の木材を確保してからにしたいね、うん。
「そうなんだ。まあ、じゃないとあんな場所に来ないよね。何が目的なんだい?」
「色を変える木なんです。楽器に使うそうで……」
マリーの言葉を聞いて、わざとらしいほどの仕草で考え込む男性。なんだろう……この違和感。
どうもすっきりしないというか、混乱するというか……うーん?
「ああ! あれか! 大丈夫、あれならボクたちも良く使うからね、村にも在庫はあると思うよ!
ただでとは言わないけど譲ってあげるよ。目的の色を待つよりはいいだろう?」
「わ、わかりました。じゃあそうします」
結構な勢いでまくしたてられて、僕は思わずそう答えるしかなかった。悪い人じゃない、悪い人じゃないんだけど……。
ご機嫌な様子で村の中心に向かって歩き出す男性。僕はその時点で、2つのことに気が付いた。
1つは……さっきの違和感。彼はいちいち大げさなんだ。普通に考えれば、状況に応じて声の調子や大きさを変えるだろうところで、それがない。全部が最大というか、そんな感じだ。
そしてもう1つは、彼以外に村人が出てこないことだった。
「あの、他の皆さんは? 出会った時にはいましたよね?」
「あれ? ああ……そっか。人間は用が無い時でもなんだかんだって動くんだ……最近人間に会ってなかったからね、みんな調子がずれてるんじゃないかな。おーい!」
その後、僕とマリーは寄り添うようにして一緒に恐怖に顔を染めた。言葉が聞こえないけど、きっとホルコーもそうだったんじゃないかな。
何がって言うと……彼の声が聞こえたのか、ぞろぞろとどこからか人が出てきたんだよね。
老若男女、いろんな人がいるけれど……みんな人間じゃない。
『やはり、か。彼らはドールの類だ。ダンジョンの外にまで出て来てるとは……予想外だ』
(ドール? あのお話の?)
僕が彼を人間じゃないと見抜いたときにも考えた、英雄の敵として登場する人形たち、それがドールだ。
話によると、単純な変装をするドールから、暗殺専門なドールまでいるらしいけど、実際に見たことがある人はほとんどいないと聞いている。
それが、目の前にいるのがみんなドールだとしたら幸運なんてもんじゃない遭遇数だ。
気が付くと、さっきまで音がほとんどなかった村に色んな音が産まれる。井戸端会議をする女性たち、村を駆ける子供たち。そして、行ってくるよとだけ言って村の外に出ようとするもどこかに行ってしまう男性。
(これは……何なんだろうか)
「気がついちゃったかい? そう、ボク達は人形なのさ。人間の真似をしないと生きていけない……哀れだと思うかい?」
「衝撃的すぎて今は何も言えません。ねえ、ファルクさん」
「う、うん……初めての光景ばかりでびっくりしっぱなしです」
正直な気持ちを口にすると、それで問題ないように男性は頷いてそのまま歩き出した。向かう先には一軒家だ。
そのまま扉を開き、その家に入っていく。僕達も続いてだ。
「怖がって逃げ出さないだけ、君たちはすごいよ。それだけでも嬉しくなってしまうね」
「ちょっと怖いのは確かですけど、ね」
勧められるままに椅子に座ると、ことりとおかれるコップが2つ。中身には液体が揺れている。
特に変な感じはしないけど……飲まないのも失礼だし、かといってね……。
「あはは。それはただの水さ。ほら、ちゃんと水瓶に貯めてるんだよ。井戸は調子が良くなくてね」
『大丈夫そうだ。話を聞いてみよう』
視線越しに確認をしたんだろうか、ご先祖様の断言に頷いて僕は恐る恐る口を付け……本当にただの水みたいで拍子抜けといったところだった。
マリーにも頷いて残りを飲み干す。うん、何も問題ない感じだね。
「さてさて、歓迎といったものの、何をどうしたら歓迎になるのかさっぱりさ。何か話せばいいかな?」
「じゃあ知ってたらでいいんですけど……」
彼らのことを聞くのも正直すぎるのかなと思い、霊山について知ってることは無いかと聞いてみた僕。
予想に反し、彼は目を見開いたかと思うと、口を開いて語りだすのだった。
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