MD2-124「日常に紛れた破片-3」
南国の都、トロピカーナを出て数日。僕達はうっそうと生い茂る木々の中にいた。
出来るだけ広い場所を選んでいるからホルコーも問題なく歩けるけれど、余裕があるとは言いにくいかな。
かといって街に置いてくるのもね、一緒に行ける時は一緒に行こうと決めたのだ。
それに……ホルコー、意外と強いんだよねえ……。
「女の子としてはかわいそうかもしれませんけど、足もしっかりしてきましたよ、ほら」
「そうなの? あ、ホルコー。触っても大丈夫?」
馬とはいえ女の子。ましてや何やらこっちの言うことがわかっていそうな気さえする馬を触るのだ。
無断でとなれば問題になるかもしれない。そう思って断りを入れて後ろ足を触ってみる。
その太さと力強さに、思わず声を漏らしてしまうほどだ。村を出る時には普通だったのにね、いつの間に……。
『常にパーティーを組んでるからな。そこらの軍馬にも負けない強さをもう持ってると思うぞ』
(そうなんだ……村に戻った時が楽しみだね)
畑を荒らそうとするモンスターを華麗に蹴飛ばして対峙する馬。考えるだけでもちょっとわくわくするよね、うん。
きっとホルコーの子供が欲しいって人も増えるに違いないや。
「ホルコー、いいお婿さんを見つけてあげるからね」
「ブルル……」
当然、期待してる!なんて声が聞こえそうなキラキラした瞳が僕を見つめ返してきた。これはその時には本気で挑まないといけないね。ただまあ、今のところはその余裕もなさそうだけどさ……。
妙な蒸し暑さと、見知らぬ動物たちに警戒しながら進むのは予想よりも重労働なんだよね。
「マリー、休憩は大丈夫かい?」
「はい、今のところは。取れる時に取っておくべきですから、次に広い場所か川なりを見つけたら一度休憩しましょうか」
実際のところは、周囲の木々を適当に切り倒せば場所は確保できるけど、それで下手にモンスターを刺激して襲われてもつまらないよね。
それに、ご先祖様の鑑定からすると、どの木々も使い道がありそうだから伐採しすぎは良くなさそうだった。
マリーに頷き、僕は目の前に浮かぶ半透明な地図に目を向ける。この地図は休憩場所を探すのにも便利なのだ。
魔力を使うけど、地形もある程度わかっちゃうんだ。確か、それぞれの場所にいる精霊さんたちを感じ取る仕組みだから自然と生き物は内包している精霊が濃いということで目立って光点になるんだよね。
強いモンスターほどすごく輝くんだ。それでいくと、僕とマリーなんかも結構輝いてるのかな。
地図の範囲を少し広げると、いくつかのぽっかりと開いた穴のように、光があまりない場所が見えてくる。
大体こういう場所は草しか生えていないような場所だったりするんだよね。すぐそばの場所も……ほら。
「適当に刈るよ」
「お願いしますね」
安心して休憩できるように、草の中に何か隠れていないかを確かめるべく明星を低い姿勢で何度も振るう。
剣先からは風魔法とスキルを併用した不可視の刃がひゅんひゅんと飛んでいく。
まだまだ練習中で、威力は戦いに使うには難しいぐらいだけど、こうして草刈りをする分には十分だった。
見る間に草が切られ、軽く生み出した風に飛ばされていく。
「例の木まではもう少しだっけ?」
「ええ、そうですよ。もう少し行くと大きな川があって、その傍らに生えているそうですね」
時期によって幹や葉っぱの色も変わる不思議な木。それがとある楽器の素材に最適だということで僕達は依頼を受けてここにいる。大体僕の腕2本分ぐらいあれば十分らしいから、その木を細い物でも1本丸々切り取ってきたら十分かな?
上手く採取出来たら演奏も代金代わりに聞いてみたいね。誰かの音楽を聞くなんてことは久しく経験していない。
アイテムボックスからいくつかの物資を取り出し、ホルコーにも取り出した水瓶から安全な水を飲んでもらう。
正確には図ってないけど、今の僕ならこの水瓶が100は入るみたいだね。色んな戦いの末、僕の階位も結構上がってるみたいだった。
今だと魔法の適性とかも最初に判定した時より向上してるかもしれないね。
こんな森の中だと下手に火の魔法は使えないから十分考えて魔法も使わないと……おや?
「ねえ、マリー。何か聞こえなかった?」
「聞こえたようなそうでないような。風ではなくてですか?」
そうだよね、僕も風かな?って思ったんだけど……あ、今度は聞こえたぞ。人の声?
聞こえたのは西の方だけど……おかしいな、地図に光点が1つしかない。
声は……悲鳴のように聞こえたんだけど……。
「ブルル」
「あ、そうだね。準備はしておこうか」
準備運動でもするかのように足をあれこれと動かし、駆け出す合図を待っているホルコー。僕達もそれを見て、聞こえたのが本当に何かの声だった場合に備えて立ち上がり武器に手をかけた。
その時だ。少し離れた森から誰かが飛び出してきた。一見するとどこにでも良そうな村人風の男性。
着古した布の服に、全身を泥だらけにした若者だ。
「あっ! たた、助けてください!」
そう叫ぶ男性の後ろから飛び出してきたのは、ずっと光点として映っていた……イノジー。
大きさはごく普通。だとしたらやることも普通だ。僕はホルコーと一緒に駆け出し、イノジーが比較的体の大きいホルコーの方を向いたところで話は終わり。
首筋に飛び込んで、明星を一気に急所へと突き刺して……あっさりと仕留めることができた。
血を浴びなように距離を取って一息。ため息に近い息が僕の口から漏れた。
「お疲れ様です。ファルクさん」
「ううん。ホルコーのおかげで楽だったよ」
出来れば囮めいた動きはしてほしくないけど、一緒に戦う仲間だと考えるならその動きをより活かせるように考える方がよさそうだなと思っている。
助ける形となった男性は、僕達とイノジーを見比べ、先ほどまで焦りしかなかった顔に安堵の笑みを浮かべていた。
僕はそんな彼を見て、マリーの前に出ると明星を構えなおした。
「ファルクさん?」
背中にかかるマリーの声に今は答えない。僕の感じているものが本当なら、その隙に何かあってもおかしくないんだ。
地図に反応の無い普通の村人なんて、いるはずがないんだから。
「あなた、誰ですか? ううん、何者ですか?」
「え? 何のことでしょうか」
僕の問いかけに、男性は分けがわからない、そんな顔で近づこうとしてくる。
そんな相手に、僕はまだ慣れないけれど殺気をぶつけるという手法で足を止めさせた。
こんな村も無いような場所に、どう考えてもおかしいのだ。
これがトロピカーナに近い場所だとか、村がありますとかいうならまだわかる。でもここはそんな人間とは縁の薄い土地なのだ。ただの村人が、いるはずがない。
「僕にはね、わかるんですよ。貴方が普通の人間じゃないってことはね」
『気を付けろ。他にもいる』
(やっぱりね……そうだと思った)
ご先祖様の警告を胸に、僕は気配だけじゃなく視界とかそういったものを全部使って相手と周囲を警戒する。
相手はずっと押し黙ったまま、逆にそれが不気味だ。
「どうして、お分かりになったんですか?」
「ものすごく単純に、ここってほとんど未開らしいんだよね。なのにそんなしっかりした服を着て、冒険者でもないのに村人がいるわけがないと思うよ?」
ようやく口を開いたかと思えばそんな問いかけだった。さっきも考えたように、こんな場所に村人がいちゃいけないのである。
僕の指摘に、若者はぽかんとした顔になった後、急に笑い出した。
「あははは! そっか、そりゃそうだ! ごめん、勉強不足だったよ。謝る」
「それはどうも、それであなたと近くにいる他の人達は一体?」
喋りながら、僕は不気味さを感じていた。目の前にいるのに、いないように思える……不思議な気配。
まるで人形が動いているかのような、薄い気配を持った人間がそこにはいた。
「ボクたちかい? そうだね……っとその前に」
そうしてお芝居のように大げさに頭を下げ、男性は僕達にこう告げた。
─人形の里へようこそ。歓迎するよ、と。
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