MD2-123「日常に紛れた破片-2」
その日、僕は悶々としていた。森で見つけた……と思う妙な影が気になって仕方が無くなっていたんだ。
雨ということで外には出ず、宿の窓から外を見つめながら一人、考え込む。
マリーはなんだか買い物がしたいということで一人で行ってきます、と出かけている。
女の子の買い物はついていくべきかどうか悩むよね。荷物持ちなら喜んでするんだけどさ。っと、それはそれとしてだ。
うーん、気のせいじゃないと思うんだけどなあ……。
『そんなに気になってるのか? 確かに正体不明の相手、というのは不確定な要素ではあるが』
「うん。ご先祖様も聞いてたでしょ? 意外と、このあたりにある話みたいなんだよね。謎の人影」
今は僕1人なので実際に呟いて答えながら、町の人に聞いたことを思い出す僕。さすがにトロピカーナの街中にはほとんどないらしいけど、イノジー退治を出した村みたいな場所とか、特に森に近いほど変な人影を見たという話があるらしいんだ。
ほとんどは、子供をしつけるためのおとぎ話の1つみたいな語られ方なんだけどね……同業の冒険者からの話は結構怖かった。
森の中に、顔のない人が走っていたっていうんだよね……何それって感じだ。
「戻りました。良いお土産が出来ました。ファルクさん、しまっておいて……どうしたんですか?」
僕が椅子に座ったまま窓枠にのしかかるように外を見るというあからさまな格好をしていたからだろうか。
荷物をベッドの上に置いてマリーが顔を覗き込んでくる。一瞬にしてその近い顔に恥ずかしくなってしまう僕がいた。
『いつでも言えよ。俺は眠るから。言われないと起きないぐらいに』
(その心遣いが逆に怖いよ!?)
それはその、僕もそういうことに興味が無いわけでも、何も知らないわけじゃない。旅に出るまで弟や妹がいたから遠慮していたところもあるけどさ。
その上でマリーみたいな子といつも一緒で、お互いに好き合ってるとなれば……ねえ?
ちょっとその踏ん切りがつかないのは僕が臆病なのかな?
「? 体調でも悪い……わけじゃないみたいですね」
「だ、大丈夫っ!」
幼い子供にするように、互いのおでこをくっつけてくるというマリーの攻撃(?)にはじけるように体を離して変な声を出してしまう僕。うう、これでまた変に思われるかな?
「ふふ、変なファルクさん。あ、そうそう。ファルクさんも食べませんか?」
「ん? 果物? 見たことが無いね」
マリーがさっきお土産といって買って来たらしい荷物から取り出されたのは見たことの無い青い果実。
そのままというより皮をめくって食べるような感じだけど……ちょっと微妙な見た目だ。
食欲がわく、とは言いにくいよね。
「私も大丈夫なのかな?って思ったんですけど……お店の人が言うには今の色なら初心者にはおすすめ、だそうですよ」
「今の色なら? ふーん……」
半信半疑と言った感じでナイフで半分に切ってみると断面は外に反して真っ白だった。粘り気のある感じで気軽にというよりは軽食になりそうな見た目だね。
一口覚悟を決めて食べてみると、ねっとりとした濃厚な味わいが口全体に広がっていく。
『むかーし、食べた気がするな……昔過ぎて覚えてないが』
僕は食べたことの無い味だけど、ご先祖様は知ってるらしい。それでも記憶があいまいらしいからこの土地以外だと育たない類のなんだろうね。確かにお土産にはいいかも……僕のアイテムボックスは腐らないしね。暖かいのも冷たいのも同じって言うのが不思議だけどさ。
「なんでもこれ、時期によってすごい色が変わるらしいんですよ。赤い時は酸っぱくて、緑の時はまだ食べちゃダメ、黒い時がなれた人だと一番おいしいらしいです。匂いもすごいそうですが」
「不思議な物もあるんだね。そんな奴なら採取の依頼とかもありそうだね」
マリーのおかげで、もやっとしたものが吹き飛んだ気がした僕はしばらくはその味を楽しむ。
うん、お昼ご飯は軽いものにしないといけないかな、これは……。
「変な人影は見つかりましたか?」
「え?」
大体食べ終わったところで、マリーが片づけながら僕の方を向いてそんなことを言って来た。まだマリーにはそれを気にしていることを言ってないんだけどな……。あ、でも僕がずっと森の方を見てるから気が付いたのかな?
「ずうっと外を見ているんですもん。最近の出来事でそんな風になるとしたら私は見えなかった変な影のことかなって」
「そうなんだよね。実はさ……」
マリーにもざっくりとこれまでに聞いた話をすると、彼女も考え込むような姿で椅子に深く腰掛ける。
1人(ご先祖様もいるけど)で考えてると考えも偏るからね、マリーの意見も聞きたいところだった。
「うーん……おばけ……スピリットですかね?」
「だよね。実際にいるとしたらそれぐらいかなあと思うんだ。でもスピリットもこの地図には反応がちゃんとあるんだよね」
確かに気配を隠すのが上手で、普通にはとらえにくいスピリットの類も不思議なこの地図は逃さず捕えてくれる。
偶然に地図に映らないスピリットがいると考えるも……ね。
雨があがったらもう少しギルドとかで話を集めよう、そう決めてほぼ2人きりの静かな時間を過ごすことにした。
『眠るのは3時間ぐらいでいいか?』
(何を期待してるのさ……)
まだマリーと僕には早い、と考えているけど僕ぐらいの歳で結婚する子も実家や近くの村じゃ珍しくなかったことを思い出す。
もしかしてマリーも……いやいや、外れたら恥ずかしいからもう少し……うん。
きっと表情がころころ変わっていたんだろうね。そんなところをマリーに指摘され、真っ赤になったのは内緒だ。
結局、雨がなかなか止まず、依頼のためにギルドに向かったのは翌日の朝だった。
まだ地面はぬかるんでいて、空もどんより曇り空。降ってこないと良いんだけど……。
足元に気を付けながらギルドの建物に飛び込んだ僕達は前のように依頼を物色していく。
長期間の護衛なんかはやめておくとして、気になる物は……んん?
「楽器用の木材、ですか。面白いですね」
「うん。楽器に向いてるとかあるんだね」
「それはそうさ。湿気の吸い具合も違うから」
話し合う僕達の横合いからかけられた声。思わずそちらを向くと、立っていたのは不思議な格好をした女性。吟遊詩人ってやつかな?
その手には弦のついた引き鳴らすであろう楽器が……あれ、もしかして?
「あの、依頼者さんですか?」
「ああ、キミたちが見ていた奴のね。誰が受けてくれるか気になって毎日通っているのさ。
運よく依頼書を手に取る瞬間が見れたんでね、つい」
誘われるままに机の1つに陣取り、3人が向かい合う。自己紹介によると、リリエラという名前で歳は僕の倍はいかないけど結構上だろうと言われた。ここで具体的には聞かないのが重要だよね、僕知ってるよ、うん。
ともあれ、リリエラさんの話が聞けるなら依頼を達成する上で大きな手助けになるに違いないと思う。
僕達、その木材のことをよく知らないからね……。
「そうだね……不思議な木なんだ。キミたちはこの町特産のアレは食べたかい? 色が時季によって違うという果物」
「あ、はい! 美味しかったですよ。初心者らしく青の時に食べました」
「思ったより濃厚でびっくりましたよ」
わざわざ話に出たということは関係があるんだろうなと思っていた通りに、それからリリエラさんから語られた内容は少し不思議な感じだった。
その木も日によって葉っぱや幹の色が違うらしいんだ。
「で、使いたいのは赤い時なんだ。これがいつ変わるかがわからなくてね。待ってる間に魔物が襲われるかもしれないからさ……依頼に出してるんだ」
「わかりました。さっそく行ってきますよ」
上手く行けば、着いたときに赤い、なんてことがあるかもしれないからね。リリエラさんと別れ、僕達はホルコーの背に跨ってその木があるという森へと向かう。
「あの、ファルクさん」
「どうしたの、マリー」
珍しく、口ごもるマリーに僕は先を促す。問題とかがあるなら早めに対処したいしね。
「あのですね。私の聞き間違いじゃなければですけど……リリエラさん……待ってる間に、魔物に、じゃなくて……魔物が襲われるって言ってませんでしたか?」
(……おお?)
カッポカッポとホルコーが歩く音を聞きながら、自分もそんな気がしてきた。トレント……なのかなあ?
答えを求めて、僕達は不安を抱えたまま森に突入するのだった。
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