MD2-122「日常に紛れた破片-1」
イノジーはいわゆるイノシシがモンスター化した種族の事だ。その性質そのものはイノシシの時とそう変わらず、突進からの牙や勢いが怖いという相手。
逆に言うと魔法を使うといった相手ではないので、普通の村でも罠を使って仕留める狩人の1人や2人は意外といる……そんな獣寄りのモンスターだ。
成長すると牙には麻痺毒を帯びるようになるそうで、それにより格上の相手とも戦い、勝利を収めることもあるんだとか。
だからこそ、依頼として受けるとなると意外と油断できない相手だ。
備えの少ない場所で遭遇すると考えると、厄介な相手なのは間違いない。さっきの狩人のような実力者がいなければ余計に、ね。
「最近よく畑に出てくるようになったんですね」
「そうなのですじゃ……見ての通り若いのは稼ぎに街に出てしまっての。どうしようかと思っておったんじゃ」
今回イノジーの退治をギルドに依頼として出したのはトロピカの王都、トロピカーナの近くにある普通の村。
というか国名と街の名前が逆じゃないのかなと思うんだけど……間違いじゃないんだよね。ともあれ、王都が近いとなれば確かに稼ぎに出て行ってしまうのもよくわかる。
かといって村に残っている男でに万一のことがあれば大変、というわけで罠というより柵等で侵入を少しでも減らそうとしたらしい。
残念なことに、頭のいいイノジーに綺麗に突破されてるようだけど……。
「やれるだけやってみますよ」
「お婆さんは家にいてくださいね」
状況を確認した僕達は家を出て、被害が出ているという畑へと向かう。ホルコーは手綱を掴まずとも後ろをついてくるあたり非常に賢いのだ。
今も、周囲に変な気配があればきっと嘶いて教えてくれるだろうね。
『外の森にも食べ物は多いはずだ。わざわざこっちに来るとは考えにくいな』
(そうなんだよねえ……味を覚えちゃったのかな? それにしては……)
ヴァンイールのいなくなった場所のように変なことが起きてないといいのだけど、と思ったのは僕だけじゃないと思う。実際、マリーも硬い表情で畑を歩いているしね。
家に戻れば統治する領土があるマリーにとってはこういった農家の被害というのが気になるんだと思う。
「マリー、今からそんなんじゃ疲れちゃうよ」
「あっ、そう……ですね。うん、そうだと思います。1つ1つ、やっていきましょうか」
僕も気になるのは一緒だからね、とだけ言って畑の真ん中に立つと足跡などを確かめることにする。
確かに古いのもあれば新しいのもある。大きさは……並みかそれ以下。数が多いから、イノジーが怖くてこっちの畑にみんなが来れていないということだよね。
実際、イノジーの突進を正面から受け止めろって言われたら僕は嫌だっていうね。間違いない。
それだけ唯一の武器である突進は非常に強いのだ。
「どうしますか?」
「ひとまず気配を探って、近いところで罠というか、適当に食べ物を置いてみようと思う」
誰よりも僕達が有利な点、それは事前に相手の位置がわかるだろうということだ。
魔力を糧に、僕の目の前に地図が浮かび上がり、命ある物の反応が光点となって映し出されていく。
薬草なんかを探すのは無理だけど、こういう時は非常に便利だ。便利すぎるかもしれない。
結果、少し森に入ったところでイノジーらしき反応が固まっているのがわかる。
そこに水場でもあるのかな? 行けばわかると思うけども。
「ホルコー、いざとなったら走って逃げていいからね」
念のため、居残ってホルコーが大怪我を負うなんてことがあってはいけないのでしっかりと命令しておく。
そうしておかないと僕達が逃げてないのに自分は逃げるわけには!なんて感じで踏みとどまりそうな感じだったんだよね。
なかなかそういった状況にはならないとは思うけど、念のためだ。
出来るだけ音が出ないような道を選びつつ、僕達はイノジーの気配の元へと向かっていく。
マリーは今の内に、と手の中の杖である花咲く森の乙女に魔法をためているようだった。詠唱しなくても撃てるというのは強みだもんね。
地図の中の反応はほとんど動いていない。やっぱり休憩所のように何かあるのかな……。
やがて見えてきたのは、思った通りに小さな湧き水の出ている岩場と、そこにたむろするイノジーたちの姿だった。
大きさは……あれ、思ったより大きい。畑の足跡と比べると一回りぐらいは大きい気がするね。
(成長した? にしては早いような……あの足跡からするとここ数日だよね)
「他にも集まりがあるのかもしれない。どうしよっか」
「ひとまずあの集団を仕留めれば、残りがここで過ごすようになってやりやすいかもしれませんよ」
マリーのいうように、ここを占拠している様子の目の前のイノジーたちがいなくなれば他の個体が新しく縄張りを主張することになるかもしれない。そうなればまた退治すればいいわけだ。
イノジーは全身無駄にならないしね、依頼料さえ気を付ければ需要はあると思うんだよね。
『地方によってはモンスターの体も色々と違う。あの大きさでも麻痺毒は強力かもしれん』
(了解っ! 気を付けるよ)
過去の経験による裏付けというものだろうか、妙に説得力のある言葉に頷いて、僕とマリーは駆け出した。
ホルコーには留守番をしてもらおうかと思っていたのだけど、少し遅れてホルコーもなぜか一緒に走って来た。
ここで移動を止めるわけにもいかないので馬を後ろに引き連れて走るという不思議な状態でイノジーたちに奇襲をかける結果となった。
「フゴッ!?」
「ていや!」
事前に明星にまとわせたのは雷の魔法。もちろん分厚い毛皮に阻まれ、本来の威力は発揮しない。
だけど今は逆にその方がお肉や毛皮が痛まなくていいかもしれない。
明星で切り付けた先で体をけいれんさせ、地面に倒れて暴れるイノジー。
僕はそんなイノジーから少し離れて別の相手へと斬りかかる。
「エアロボム!」
横合いからマリーの高い声。その声で産まれるのは僕のそれと違って範囲がもっと小さい風の力。
それは透明な何かで殴りつけたようにイノジーの頭を揺らし、足元から力が抜けたイノジーはそのまま倒れ伏す。どうやら今回は無力化を狙ったようだね。さすがだ。
如何に強靭な肉体と、恐ろしい牙、突進を誇るイノジーとしてもそれらが発揮できない状況となれば少しだけ丈夫な獣でしかないのだ。
逃げる小さな個体はひとまず放っておいて、大人な個体を順番に仕留めていく。
最終的には8頭のイノジーが僕達の前に命を散らした。
食料としても優秀なイノジーをこれだけ持って帰れば村の人も安心するんじゃないかな。
息絶えたイノジーは物と同じらしく、アイテムボックスにすんなりと入って……?
「誰っ!」
「え、どうしました。ファルクさん」
僕はマリーに答えず、周囲を警戒し続ける。さっき、何かが動いたように思えたのだ。虚空の地図には何も反応が無いのに、だ。
僕の気のせいかもしれない。だけど色々と過信しないこと、とご先祖様に言われているからには地図を全て信じるのも危ないと思っているのだ。
『確かに何かいたような……結局俺の感覚はお前のだからな。感知しきれなかった感じだ』
(なんだったのかな……逃げたとしたら人? にしては……)
随分と薄い気配というか、いるのかいないのかはっきりしない感じだったんだよね。
不気味ではあるけど、今は何もいないから気のせいだったのかと思ってしまうほどだ。
「帰りましょうか」
「……そうしよう」
ずっとこうしていてもしょうがないので、ひとまず依頼を終えるべく村へと戻ることにした。
しこりのように、謎の気配のことが僕の頭に残るのだった。
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