MD2-120「人の一生は世界にとって一瞬である-5」
「人の子よ、世界の成り立ち、女神様と黒の王、そしてその他の話はどこまで知っているかね?」
「正直、ほとんど知らないです。遥か昔、女神様と黒の王がこの世界を介して争い、人も魔物もその争いに巻き込まれたと。実際に地上に降り立ったのは戦女神等の別の存在だということぐらいですね」
本当に、僕はその辺のことをほとんど知らない。なぜかと言えば、大体そういう話を聞かされる頃には両親がいなくなっていたからだ。
弟たちに語って聞かせるには僕の余裕がなかったからね。もしかしたら2人は村のみんなに聞かされていたかもしれないけど。
「女神様は光を使って人を導き、黒の王は闇に潜み人を誘う……同じ黒ということは黒龍様というのは黒の王の関係者なんでしょうか?」
「正しくも間違っておるな。少々気が早いお嬢さんだ。そのぐらい前のめりの方が勢いがあってよろしい。
ウチの若い者らもこのぐらい積極性があればいいのだが……」
「長老、ニンゲンが驚いているゾ」
若いリザードマンが気にしてくれたように、僕とマリーはあまりにも人間らしい言葉が長老の口から飛び出してくることに驚いてばかりだった。
指摘したということは、これがリザードマンの普通ではないようだけどね。
「ほっほ、歳をとるとのう……こうして……ああ、また逸れるな。いかんいかん。さて、黒龍様がどういう存在であるかはひとまず、リザードマンのこともあまり知らなそうじゃのう?」
「あ、それはたまたま知ってます。各地のリザードマンはそれぞれに竜種を信仰し、祈りと鍛錬の果てに己も竜と化すことを目指す種族だと」
今度は僕が長老を脅かす番だったらしい。小さめだった目を見開いて、面白い物を見るように僕を見る。
ちょっと居心地が良くないけど、興味を持ってもらえた……のかな?
「うむうむ。その通り。世の中にいる竜種のいくらかはそうして昇竜となったリザードマンだと言われておる。事実かどうかはワシたちにはあまり関係が無いのだ。そういう生き方をする、それだけじゃ。
さて、竜種にも色々おる。海を泳ぐもの、地上を走るもの、空を舞うもの……ここまで言えばわかるじゃろう」
「黒龍……夜渡りもそういう生き方の生き物だからそうしているだけ……?」
ぽつりとつぶやいた僕に、長老は重く頷いて手にしていた杖のような物を振って魔力を練った。
それは僕やマリーとは比べ物にならないほどに精巧で、技量の差を感じる見事な物だった。
その魔力が、部屋に飛んでいったかと思うと薄暗かった室内が一気に明るくなる。
「そういうことじゃな。ただ、黒龍様も目的を持っておる。それは、生き物への試練じゃ」
「試練、ですか」
『ぬるま湯に浸かっているといつのまにかその温かさを感じられなくなり、ありがたみを見失うということだな』
知ってるの?という言葉は飲み込んだ。なんとなく、言いたいことはわかったからだった。感じたのは、きっと人間だけに対してではないんだろうということだ。
現にヴァンイールの場合、試練を受けているのはむしろヴァンイールとモンスターたちだ。
生き残りを賭けた戦い、それに敗れそうになっているヴァンイール、とね。
「外で見たじゃろう? これまで主たる個体がいなくなったことで、この地の生き物は状況の変化の渦へと巻き込まれることになる。それが良いことか、悪いことかは判断が分かれるところじゃ。しかし、この刺激により我らも含め、生きる物は必死に考え、生き抜こうとするじゃろう」
「その状況こそが試練で、黒龍が全ての生き物に与えている物、ということですか」
聞いたことのあるおとぎ話とは全く違うね。女神様は慈悲と愛情で人々を導いて……ん、待って……それって……。
僕はあることに気が付く。普段、女神様の加護といったことを感じているだろうか?ということに。
何かで聞いた話によれば、例えばダンジョンに宝物があるのも、ダンジョンそのものが産まれるのも女神様たちが関係しているという。
危険を乗り越えてこそ得た物が輝いて見えるという話を聞いたことがあるんだ。
でも、そのダンジョンで戦う時、人々は女神様の加護があるからそこにダンジョンがあり、戦えているということを気にすることはない。
せいぜい、死にたくないからよろしく、みたいに祈るぐらいなところだ。
つまりは、人々は女神様の加護というぬるま湯に浸っている自覚を失い始めている?
「察しがいい人の子じゃな。考えが追いついたようじゃ」
「夜渡りは、人間が忘れかけていることを思い出させるために空にいる……?」
正直、恐ろしい考えだった。もしそうだとしたら、今すぐにどうにか出来る問題じゃないからだ。
僕一人、あるいは僕の知り合いの意識を変えていくぐらいは出来るかもしれない。あるいはフェリオ王子に全部話せば、オブリーン周囲にはある程度伝わるかもしれないね。
だけど、それで人が変わるだろうか? たぶん、無理だ。
「そう……全て変わるというのは非常に困難な事。そんなものは知らない、等と思う者もいるじゃろう。これも試練、と割り切るには人には難しいかもしれんのう」
「ええ、出来ることならなんとかしたいです」
言いながら、僕は難しいなと思っていた。もし、どうにかできるというのなら、それこそ英雄や伝説の人達じゃないと……。
僕は顔を上げるけど、長老はそんな僕の顔を見て首を横に振った。
「今を生きる者のための行動じゃ。老人が主役となってはいかん。お主たちが出来ることをしていくしかないのう……黒龍様が話を聞いてくれるかはわからんが……」
「何かありませんか? これからずっと夜におびえるというのはちょっと……」
ご先祖様への気持ちを僕は見抜かれ、恥ずかしさに顔を赤くしてしまう。頼り切ってはいけない、そう思っていたのにね。
代わりにマリーが質問をしてくれるのを、反省の気持ちを抱えて見守る。
うん、何かできるならしておきたい、それは間違いない。
『相手があの上空にいる状態じゃなければファルクにもチャンスがあるんだがなあ……』
先ほどのやり取りを気にした風でもなく、いつも通りに喋ってくれるご先祖様がありがたかった。
ご先祖様の言うように、最初に出会った時から相手はかなりの上空だ。仮に魔法を撃ちこんでも届くころにはそこにいないはずだ。
「黒龍様の住まいはもっと南、海を越えた先、人間の国の王都があるのだったか? そのさらに南にあるという。一応、この地にもその場所のことは伝わっておる。ワシ自身は行ったことが無いが……何かわかるかもしれん、行ってみるかね?」
「ぜひ、お願いします」
僕達のことを不憫に思ってくれたのか、そんなことを言ってくれる長老に頭を下げ、僕達は何か地図のような物が記された紙を渡された。
人間の町でも使っている、魔法により植物から作り出される紙だ。これは読みやすいね。
「海を越え、感情無き人々の村を抜けた先にそこはあるという。武運を祈っておるぞ」
感情無き人々……どういうことだろうか? とりあえず、ここでこうしていても仕方が無いのは確かだった。
依頼自体は終わっているし、フェリオ王子や実家には手紙を出しておけばいいんじゃないかな。
(あーあ、また霊山から遠ざかってる気がするよ)
『案外こうしてめぐることが近道かもしれないぞ?』
そんなご先祖様の言葉に、そう思っておくのが気が楽かなあと思い直して僕はマリー、ホルコーと共にリザードマンの里を後にする。
向かう先は、さらに南の土地……トロピカの首都だ。
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