MD2-012「初層踏破へ-3」
短いですがきりが良かったので。
「その、ごめんなさい!」
尻もちをついたままの僕にぶつかりそうな勢いで髪の毛が揺れる。
よほど慌てているのか、名前を言う前に謝ってくるあたり悪い子ではないのだろうと思う。
今にも泣き出しそうにゆがんでいる顔がその証拠だ。
ローブではあるが、動きやすいようにかだぼだぼではなく、
各所の紐で体格にぴったりな状態となっている。
特徴的なのは長めのツインテール。
魔法の灯りに照らされ、銀髪にも青交じりにも見える。
小柄で、小動物を連想させる小さな子だ。
下手したら僕より年下ではないだろうか?
「あ、うん。怪我は無いから大丈夫」
対する僕は少し複雑だった。
確かに、魔法に巻き込まれたし、もしそれが火の魔法だったりした日には
やけどだけでは済まなかったかもしれない。
でも、他の冒険者の乱入を考慮していなかった点ではこっちが悪いと思う。
投げたナイフだって、もしそこに他の冒険者が襲い掛かる瞬間だったら
その冒険者に当たっていたかもしれないのだ。
様々な可能性を考えて冒険者は動くべき、と確か両親も言っていた。
今回はたまたま冒険者の攻撃だったが、
怪物の伏兵がいたかもしれないのだ。
無事に生きていた、それでいいと思いなおすことにした。
「僕はファルク。キミは?」
「え? あっ! マリアベル……マリアベル・ウィートです。
14歳です!」
(誰も歳までは……これは……)
改めての問いかけに泣き顔が一転、弾けるような笑顔になったのを見、
僕は足元がずぶずぶと何かに沈んでいくような錯覚に陥っていた。
苗字があり、しかも明らかにローブも高そうだ。
手にしている杖も僕の目にはなかなか高価そうに見える。
『先端は緑の魔結晶……だと思うがどちらにせよかなりの物だな』
ご先祖様の目利きを聞きながら、僕は立ち上がって自分の体を確かめる。
多少汚れはしたが、痛みは無いようだった。
「さっきの魔法は牽制用だったの?」
「そうです。アレで壁にびたーんってなったところにもう一回別の魔法を撃つ予定でした」
僕の問いかけに、素直に頷く彼女、マリアベル。
「なるほど。一人で来てるだけあるね」
人の事は言えないのだが、ここは1人で来るには物騒に思える。
ましてやマリアベルは肉弾戦をするようには見えない。
とりつかれてしまったら少々大変なことになると思うのだけど……。
『あれだ。あの首にかかってるネックレス。強い力を感じるぞ』
言われ、視線を向けると彼女の胸元に光る大きな石。
「はいっ。頑張ってます。といってもほとんどこの杖とこれのおかげですけど」
杖にはまっている魔結晶、は魔石とも魔水晶とも少し違う、
それらを技術で加工した魔道具の媒体としては高級品に入る。
ましてや彼女の胸に光る石は障壁を展開する魔道具だという。
どちらか片方でも相当な値打ちの物だ。
その後も笑顔のまま雑談交じりに答えるマリアベルに、僕はますます足元が
見えない何かにはまっていくのを感じていた。
(こ、この子はほっておいたら駄目だ!)
『よくもまあここまで無事だったな……』
そう、あまりにもマリアベルは良い子過ぎた。
これまでそういう人間には運よく出会わなかったのか、
無防備というか、天然というか、とにかく危ない。
それこそ悪い奴に杖も装飾品も奪われ、
まだ子供子供しているが綺麗な彼女自身は……なんて未来が簡単に予想できるほどだ。
「僕はちょっと個人的な目標のためにここに来てるんだ。
マリアベルは……お金に困ってるようには見えないけど?」
そう、苗字もある上に立派な装備、ということは
多くの場合、訳ありなのではないだろうかと思う。
たまに読む物語だってそうだった。
それこそ実は貴族様だったとか……ね。
「あー、マリーでいいですよ。えっとですね、現在絶賛家出中です!
ん? ちょっと違うかな? 帰るお家はたぶんもう無いからなあ……」
彼女の中ではもう決着がついているのか、
マリアベル、マリーはあっけらかんとした様子で重大な発言を口にした。
逆に聞かされた僕の方が驚いてしまうぐらいだ。
『とりあえず、警戒は俺の方でしておくから聞くなら聞いておけ』
(ありがとう。ちょっと聞くだけ聞いてみるよ)
ありがたいご先祖様の声を聞きながら、僕は適当に壁際の石に腰を下ろす。
「そうですねえ。元々、魔法の才能があったみたいで10歳ぐらいから親戚筋の
魔法使いの冒険者さんに預けられていたんです。
しっかり身に付けたら戻る予定で。ただ…去年、
お父さんとお母さんが街の人ごと流行り病にかかっちゃいまして。
生き残った男系が叔父しかいなかったのでお家はそっちが継いじゃったんですよね。
家を継ぐならその叔父の息子……もう30過ぎのおじさんと結婚しなきゃいけなくって……」
短いながらも波瀾万丈が似合う身の上話を、詰まることなく話すマリー。
彼女の顔を見ていると嘘とは思えなかった。
僕より1歳下とはいえ、女の子がしていい表情ではなかったのだ。
「それで家出ってことかぁ……あ、食べる?」
「あ、いただきます!」
何と言ったらいいかと思いながら、さりげなく買い込んだ保存食、
乾燥させた果物達を袋を開けて差し出すと
マリーは表情を笑顔に変えて1つ2つと摘み取る。
(あー……駄目だこれ)
僕の視線に気が付いたのか、不思議そうに首をかしげる姿もまた可愛いと思った。
「僕の方はさ、まあ、目的と言っても達成できるかどうか微妙なんだけど……」
ごまかすように、僕は旅の目的、
両親を探して霊山を目指せるだけの力をつける旅であることを語る。
話し終えた時、僕の手をマリーがしっかりと握っていた。
しかも息がかかりそうなほどの近距離に顔を寄せてだ。
(!? な、なに?)
「マ、マリー?」
「ううっ、お父さん達生きてるといいですね。いえ、きっと生きてます!」
まるで自分の事のように半泣きになりながら、
マリーは僕の手を握ったままそう言い、何度もうなずいている。
「ありがとう。頑張るよ」
勿論、僕も2人が生きていることを願いながら過ごしているけど、
予想外の反応にそういうのが精いっぱいだった。
マリーは手を放してくれたかと思うと、腕を組んで何やら考え始めた。
『今のところゴブリンは来ないな。気配はあるんだが……』
ご先祖様の報告を聞きながら、僕はある決心をしていた。
それは……。
「マリー、ちょっと相談があるんだけど」
「え? あ、はいっ!」
何故か僕の言葉に姿勢を正すマリーに向け、
僕は決心を口にする。
「しばらく……一緒に冒険をしない?
その、マリーが良ければだけど」
正直、ここで別れるとマリーの事が心配だった。
後で彼女が騙されてひどい目にあった、なんてことを聞きたくないな、と思ったのだ。
『他の理由は……ま、黙っておくよ』
(こういう時は不便だなあ、もう)
事実、ご先祖様の言葉通り、僕が彼女と旅をしたいと思った理由には
他にもあるのだけど、いきなり口にはできなかった。
さて、返事はと思ってマリーの顔を見るとすごい真剣な顔をしていた。
「……んー、駄目です」
しかも、拒絶の返事であった。
(まあ、確かにいきなり知り合った相手とって無理な話だよね)
寂しさを抱えながら謝ろうと口を開こうとした時のことだ。
「しばらく、は駄目です。ファルクさんのご両親が見つかるまで一緒ならいいですよ」
「え……?」
僕は最初、マリーのいっている意味が分からなかった。
「どうせ私は自分の能力向上と、あわよくば冒険者として名を上げよう、ぐらいです。
だから、ファルクさんのお手伝いがしたいな、って思いました」
呆けた顔のままであろう僕に、マリーはそう続けて、にっこりと笑った。
「よ、よろしく……?」
「はいっ、よろしくですっ!」
なおも混乱の残る僕の返事にも関わらず、マリーは笑顔のまま僕の手を取り、
ぶんぶんと上下に振る。
一緒に揺れるツインテールが妙にかわいかったことだけは覚えていた。
脳内では
「この後めちゃめちゃゴブリン討伐した」
とか続きましたが自粛しました。




