MD2-116「人の一生は世界にとって一瞬である-1」
「え……?」
「嘘……そんな」
ブルブルと聞こえるホルコーの声も慌てた物だと思う。あまりの光景というか状況に驚きしかないんだよね。
川を越えたら暑さが変わりました、なんて不思議すぎるよ……。
デミホッパーの集団というのも生ぬるい数に襲われた村から約半日、僕達は大きな川にたどり着いていた。
お互いに行き来するための大きな橋がかかっており、こちら側と向こう側で関所のように建物と人がいた。
橋の維持費用のためにという寄付金をお願いしているということだったので寄付をしたのだけど、だいぶ驚かれたんだよね。何だったんだろうか。
そうして渡った橋の先で、僕達は驚きの中に放り込まれたというわけだ。
『この辺は昔から精霊の流れとかが違うんだ。北に行くと逆に、急に寒い感じになる境目があるぞ』
(そうなんだ……世の中知らないことが多いなあ!)
少なくとも、僕よりは世界を知っているご先祖様のつぶやきに感嘆の声を心の中であげてしまう。
本当に、世の中は色々だ。僕の知ってる事なんかほんのわずかだね。この調子なら鉱石だけで出来たk洞窟かあったりしてね。
「マリー、こういう物みたい。気にしてもしょうがないみたいだよ」
「そうなんですね。少し暑いので脱ぎますね」
言うが早いか、2重にかぶっていたローブを木陰で脱ぎだすマリー。別に肌が見えるとかそういうんじゃないけど、なんだか妙にドキドキする。
自分も暑すぎないようにと外套を脱いでホルコーにくくった荷物に一緒に仕舞い込む。
さも暑いかのようにして手でぱたぱたと仰ぐのがばれないといいけども。
「さ、行きましょう。最初の街はどのぐらいですか?」
「う、うん。森を抜けたらすぐらしいよ」
生えている木々の種類も大きく違い、若干凸凹した地面なので念のためにホルコーからは降りて進むと、すぐに森の中になる。
蒸し暑い、というほどではないけど不思議な光景だ。南国というのはこういう光景を言うんだね。
川を越えてすぐはまだ見慣れた物も混ざっていたけど、すぐにそれも見当たらなくなる。代わりに視界に広がるのはいろんな色の花や、名前もしらない木々たち。なんとなくだけど大木、というより大きな草、という感じを受ける物が多いね。
「変なお猿さんがいますよ。もしかしてアレ、モンスターなんでしょうか?」
「かもしれないね。一応警戒していこう。ホルコー、何かに刺されたり嚙まれたらすぐに言うんだよ」
初めての土地、何もかもが未知だ。恐らく致命的な物はご先祖様であるファクトじいちゃんが教えてくれるけど、そうでないものは勉強のためとしてある程度は放っておいてくれる。
それはそれでぎりぎりを見極められなくなるかもしれない問題はあるけど、使えるのもは使わないとね。
今のところ、この南国トロピカからオブリーンへと向かう冒険者や商人といった人には出会ってない。
というかさっきの橋以外人間がいない……ちゃんといるよね?
「あ、あれですね」
「よかった……」
初めての場所で、良くわからないまま進むというのはなかなか疲れる。僕達は虚空の地図があるからまだ迷わずに済むけど、それでもこの疲れだ。不思議な地図の無い普通の人達は大変だよね。
自然と歩く足も速くなっていく気がするのをなんとか抑え、見えてきた建物……街というか村かな?に近づいていく。
家の造りもどちらかというと木材を組み合わせているもので、オブリーンのような石造りという物がほとんどない。床が高いのは雨に備えてなのかな? 後はネズミとか……その辺だろうか。
村以上町未満といった大きさの場所のようで、思ったよりは騒がしく、元気に満ちていた。
僕達はその中を通りすぎ、視線を少し集めながらもあるであろう冒険者ギルドを探した。
かつて2度あったという精霊戦争の後、いろんな国が共通して作ったという冒険者ギルドの決まり、そして運営。
救済組織ということではなく、危険なモンスターの情報共有や、黒い仕事に手を染める冒険者が減るようにという意味も込めて仲介をギルドが行う形になっているはずだった。
そうじゃないと、旨い仕事に見えて実は、なんてことが横行していた時代に逆戻りだ。
『それでも危ない時は危ないし、依頼者も良くわかってない時があるからな。そんな時にギルドが討伐なら討伐相手のモンスターの情報を冒険者に提供するわけだ』
(そういうことだよね。デミホッパーもどこかにあるかな?)
まずはこの国というかこの地方の事を良く調べないとね。王子に受けた依頼であるヴァンイールの事も調べないと……。
そう思って受付の人にギルド証を示すと、僕達は冒険者の多くいる壁へと歩いていく。
予想通り、そこには多くの依頼が並んでおり、ちょくちょく横から伸びた手が依頼書を剥がしていく。
『ダッグヴァイパーはホルコーが危ないな……デントードは倒すのは楽だが後始末が少しくさいかもな。
一応こっちにもゴブリンやらもいるから何でも経験になるんじゃないか?』
(そうだよねえ……どうしよっかな)
「ファルクさん、数が多いですしこの辺の1つ受けましょう」
マリーに言われ、確認した依頼書に書かれているのは特定のモンスターの討伐。でも同じような内容の物が何枚も貼られている。依頼者は別だからそれだけ数がいるんだろうか?
対象のモンスターはヌートア。四つ脚……と言っていいのか微妙な足を巧みに使い走る獣のような奴だ。
僕も依頼書で見たきりだけど、大体僕達の膝ぐらいの高さはある毛の生えた相手で、主に水辺にすむ雑食性のモンスター。
声が可愛いけど、いつの間にか柱をかじるとかするから嫌われてるらしい。
いつもならそこまで数が増えないけど、今年は普段の3倍はいるんだとか。
「ファルクさん。水辺にいるって……」
「たぶんね、関係してると思うよ」
そう、僕達はその増加に心当たりがあった。シータ王女も見たあのヴァンイールの本来の生息場所はここからそう遠くない。
西に行けばヴァンイールの住む湿地帯が広がっているはずだ。今回のヌートアがいるというのも、この村から西に行ったところにある別の村からの依頼。
「ヴァンイールとヌートアは食べて食べられ……ですよねきっと」
「うん。あのでっかいのだけがそれだけ食べてたとは思えないけど、きっと増えてしまうだけヴァンイールがいないんだよ」
大きな、ヌシと呼べそうな大きさのヴァンイールとまではいかなくてもヌートアを引きづりこんで食べるぐらいは出来そうなモンスターだったからね。天敵が1つでもいなくなれば増え方は全然違う。
でもそうなると少しわからないことがある。
あの落下して来たヴァンイールは最近仕留められた物だとしたら、ヌートアが増えたにしては時間があわないんだよね。
でっかいヴァンイールも無関係じゃないだろうけど、全部がそうとは思わないほうがよさそうだ。
『ヴァンイールは小さい時にはファルクの腕ぐらいもないらしいぞ』
(そうなんだ……)
なんとなく、ご先祖様は別の答えにたどり着いてる気がするけどここで問い詰めても仕方ない。現地に行けば自分でもわかるんじゃないだろうか。
ホルコーの背に飛び乗って、マリーと2人、南国の道を行く。
ちょっとした厄介事の予感と、新しい土地での出会いに心を膨らませ、僕達は依頼先の村へと向かうのだった。
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