MD2-115「群雲のごとく」
その時、僕は世界とつながる言葉を紡ぐ。
「巡れ……廻れ……回れ……マテリアル……ドライブ!!」
『来るぞ!』
「ファルクさん!」
足元から、そしてお腹でうねって全身に巡る魔力。さらには精霊であろう感覚。
僕はその力に逆らわず、右手を突き出して左手を添え、力を解放する。
「レッドシャワー!! こんのおおおお!!!」
力一杯の叫びと共に、僕の手からは赤い暴力が前方に吹き荒れる。炎というより太陽の光をもっと強めたような光線と呼ぶべきかもしれない力がまっすぐ伸びて僕の敵をまとめて貫いた。
それらは焼け焦げたような姿となり、ボトリボトリと地面に落ちていくのだけど今の僕にはそれを確かめる余裕は無い。
なにせ、相手は雲のように無数に飛んできているのだ。
『右前、追加だ!』
「でええい!」
僕の魔力を一時的にだけどすべて使うこの切り札。けれどもその分の利点は非常に大きい。何かと言えば、こうして撃ちっぱなしでも魔力そのものは消耗してないし、威力だって僕の撃てる最大の物。
その上、一度撃ったら次の発動まであるはずの時間も全くなく、むしろ赤い光線をずっと伸ばし続けてるような状態だ。
それを警告の声に従い右前へと向きを修正、すると暴力的な光はそのまま向きを変えて新たな犠牲者に降り注ぐ。
もうすぐ収穫の時期だったはずの畑の上に落ちていく犠牲者は……魔物であるバッタ。
確か名前はデミホッパー。魔物未満、昆虫以上という感じの名前らしい。
切り札の効果時間は長くない。切れるまでに出来るだけ多くのデミホッパーを倒さないといけない。
そう考えると、対象の魔法をレッドシャワーにしたのは正解だったと思う。
普通の火球では、範囲も狭いし速度もそう早くない。この数には不向きだった。
そして、長いような短いような時間が過ぎて僕の切り札の時間が終わった後、周囲には所々駄目になった畑と、無数のデミホッパーの死体が残るのだった。
「終わった……かな?」
「はいっ! お疲れ様です」
ふらつく僕を支えてくれるマリーに力無く微笑みながら、僕は自分のやり遂げた結果を改めて眺める。
思ったよりも数が多く、そして怖かった。正直、何度も逃げようかと思ったぐらいだ。
逃げられない状況というのが無ければ、とっくにあきらめてたかもね。
「おお……君たちは村の救世主だ。ありがとう、ありがとう!」
「いえ、思ったより畑に被害が出ちゃって……すいません」
実際、畑全部を100とすると40ぐらいは使い物にならないんじゃないかと思う状況だ。
元々、デミホッパーに食べらててた場所もあるけどレッドシャワーで熱を持ったデミホッパーが落ちて駄目になった場所や、一緒に焼いちゃった場所もあるんだよね……うん。
そんな感じで落ち込み気味だった僕だけど、なぜか村長さんや他の村の人達はキョトンとした後、僕の事を笑いながらもみくちゃにしだしたのだ。
撫でてる人もいれば、背中をたたく人など。ちょっと痛い……。
「はははは! 小さな救世主様は面白いことを言う。デミホッパーの大発生に遭遇したのは初めてですかな? あれは全てを飲み干し、食べつくします。進路上にはゴブリンの爪も残らないというほどににね」
「そうそう。今回ぐらいの規模ならこの村どころか隣3つは全部だめになるぐらいだぜ?」
(そう……なんだ?)
僕は正直、デミホッパーと出会ったのは初めてだった。この村に来て、休憩を取ってるときにみんなが山の向こうを指さして慌て始めたので何だろうと思って気になって聞いてみた答えが、デミホッパーが来る、という話だった。
なんでも10年に一度ぐらいの頻度でどこからかやってくるらしく、軽い時には村の端が少しやられる間に討伐できるらしいのだけど、一生のうちに1回あるかないかで大規模な出現があるのだとか。
たまたま今回はそれにあたることを、山から雲のようにデミホッパーが飛んでくるのを見た村長の叫びで僕達はそれを知ったわけだ。
「でも、あの状況から逃げようにも逃げられなかったですよね。私達も食べられちゃうかと思いましたもん」
「んだ。デミホッパーは馬も食べるからな。そのまま逃げてたら葬式をここで出す羽目になるところだったかもしれん」
『ゾッとしないとはこのことだな』
僕はどちらの言葉にも頷いて、他の村人と同じように畑のデミホッパーの死骸を集め始めた。
そのままだと畑に良くないし、一応食べられるらしい。後、右後ろ脚が討伐証明になるのだとか。
ギルドのためというか、畑が守られる対象なのはどこの国でも一緒だかららしいけどね。
「それで討伐部位は全部渡せばいいかい? 数日はかかるだろうけど」
「全部はいらないので、適当にください」
村の人達は倒した分は僕が受け取るべき、なんて言ってくれるけど逆に困ってしまう。
その数を持ち歩くのも……それ自体はアイテムボックスがあるからいいけど、処分に困る。時間もかかるだろうしね。
だから、1人僕達のそばに立っていた青年の申し出にこんな風に答えたのだ。
「欲が無いな……あれだけの大技、よほどの魔道具を使ったんだろう? よし、代わりに何かないかみんなに相談してくるよ!」
「あ、おかまいな……行っちゃった」
「ふふ、それだけ大したことをしたんですよ、ファルクさんは」
走っていく村人を見送る僕の背中に、マリーの優しい声。彼女も僕が打ち漏らしそうな相手をこまめに倒してくれていた。
だから安心して大雑把に出来るだけ巻き込むように、と動けたのだよね。
「マリーも頑張ってたよ。お疲れ様」
「いえいえ。それにしても……オブリーンを出る直前だというのに危ないところでしたね」
頷き、改めて村の様子を見渡す。ここはオブリーン領土の最南端、後半日もすすめば南の国だ。
いくつかあるうちの1つが一番近くて確か名前はトロピカ。
これを聞いたご先祖様が何故か笑っていたけど、きっと昔の言葉でいろんな意味があるんだろう。
『そういうわけじゃあないんだが……まあいい。南には色々あるからな。寄りたい場所も多い』
(そうなんだ? モンスターも厄介なのがいそうだねえ……)
足元に横たわるデミホッパーの大きさは大型犬をしのぎそうなほど。つまりは人間の子供ぐらいならそのままさらって行けそうな大きさ。
こんなのがさ……無数に飛んでくるんだもんね。そりゃ迷わず切り札を切るよ僕も。
「切り札を使った時の問題もなんだかすぐに解除されたみたいだし……階位がしっかり上がったんだろうなあ」
「これだけ倒しましたからね」
数えるのも面倒なほどのデミホッパーを僕は撃ち落として、その際の経験と呼ぶべきものはマリー、そしてホルコーにも伝わっているはずだ。
ホルコーはホルコーでちゃんと厩舎の中で何匹かデミホッパーを蹴り飛ばしてるからすごい話だ。
そのうちホルコーは魔法で空を飛ぶんじゃないだろうか?
『先祖にヒポグリフでも混ざってるかもしれんな』
(否定できないのが怖いね……ははっ)
僕とマリー、ご先祖様の語り合いはその後、村人が夕ご飯の準備ができたと呼びに来るまで続いた。
結局、僕達がこの村を出発したのはデミホッパーの襲撃から3日後の事だった。
イナゴにしては大きい……うん。
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