MD2-113「破邪の造り手-6」
暗闇に1人、僕は立っている。外の灯りも無く、壁に備え付けられた魔道具としての灯りがわずかにその空間を照らしていた。
決して十分とは言えない明るさは僕の心にざわめきと、見えもしない幻覚を呼び起こそうと迫る。
きっと村を出る前の僕ならすぐにその恐怖に取りつかれ、慌てだしていたところだろう。
でも、今は違う。
「そこっ!」
わずかに響いた水音。靴が浸かりそうなほどに溜まった水を何かが踏んだ音だ。
気配と、視界と、そして精霊感知による確認で相手を捕える。
ザグーさんらドワーフの職人も半ば住み着いているというこの洞窟はダンジョンだ。
ダンジョンとなれば、モンスターも出る。こうして、少し横道に逸れた空間なんかには。
悲鳴のような声を上げ、暗闇から出てきたのは見覚えのない色のゴブリン。
なんだろう、黒色ゴブリンとか呼んだらいいのかな。
『耐久力はほとんど変わらんな。ほら、魔水晶を取るんだ』
「そういえばこれを取るのも久しぶりな気がするよ……」
村を出てからの騒動ばかりの日々を振り返しながら思わずぼやいてしまう。
両親を探しに行くのと、冒険へのあこがれだけで飛びだした故郷。手紙はちょくちょく書いてるけど、弟や妹が成長するのを見守れないのはちょっと寂しい。
なんだか親の視点だよね、これ。
「さて次……ふう……」
手にしているのは明星じゃあない。ザグーさんから渡された数打ちの剣だ。
でもここに出てくるモンスター相手ならその方が良いかなと今は思っている。
僕は今、このダンジョンの中で修行中というか、自分の実力を見直し確認中といったところ。
何が出来て何ができないのか。全部を試すことは無理だけど、少なくともこうして戦いにおける重要な要素の1つである、気配を感じ、動きを読むというのを確認するのには役に立つ。
そんな時に不快感が頭上から。大きく避けすぎないように出来るだけ最小限での回避行動。
「血をあげるわけにはいかないんだよねっ」
頭上にいつの間にか沸いた吸血蝙蝠を切り裂いてまた姿勢を戻す。
今の奇襲であろう動きも感じられるようになっている、良いことだね。
じゃあ今度はこっちからだ。
「冬空より降り来る雪のように……ブリーズ」
以前のギルドでの測定によれば僕には苦手な属性が無い。火は得意で、他も普通以上の素養があるはずだ。
そのため、特化してもいいし、万遍なく鍛えてもいい。どちらにせよ、使えるなら使うべきだった。
洞窟という中で選択したのは崩落の危険がある火や風、土といったものではなく凍らせる物。
いくつもの霧のような物が僕の手から飛んでいき、暗闇に潜んでいた黒色ゴブリンに接触し、凍らせる。
悲鳴か、氷が立てた音かはわからないけれど相手は動かなくなる。僕は足音に気を付けつつそこに近づき、目的の物である魔水晶を回収。
ザグーさんが明星を素体として新しく作り直してくれる時間を僕はこうして戦いに費やす。
その間、マリーは外にいるドワーフのお姉さん方と何やらお話らしい。
ドワーフにも冒険者はいるそうで、そんな人たちと意見交換なんじゃないかな。
「後10個ぐらいかな……よし、頑張ろう」
依頼料金は地竜の素材で十分らしいから、僕は僕で今後のために細かくお金を稼ぐ必要がある。
こうして魔水晶や素材を集めるのはそれが理由だ。色々とついでにってわけだけど今のところ順調だ。
小手もあるし、これで肩口や足元の防御も確実になればより安全だね。
頭の方は、下手な兜を被れないからどうようかなあ。
「っと!」
そんな油断をモンスターは見逃してくれないわけで、今もまた追加で湧いてきたスライムが色のわからない何かを吐き出してくるのを慌てて回避する。
ご先祖様から警告が来ないということはそれぐらいの相手、ということなんだけど怪我をしない相手、というわけじゃないからね。
その後もしばらく戦いを続け、僕が切り上げたころには昼も大きく回っている時間だった。
暗いと、わかんないんだよね……うん。ちょっとマリーに遅いって怒られてしまった。
「まずは剣のほうだな。確か外でドワーフに打ってもらったって言ってたな?
そいつも打ち直しを考えて作ったようだ。拡張性というか、ファルク、お前さんの成長を見越して余裕をもって作ってあった」
「そうなんですね……確かに、上を目指すつもりがあるなら誰か腕の立ちそうな同胞に見せろと言われてました」
受け取ったばかりの明星の輝きに目を奪われつつもそう答え、あの時の職人さんに心の中で感謝をささげる。
おかげでこれまで生き延びてきたんだもんね。また出会った時に直接お礼を言おう。
新しい明星は少し太く、長くなった気がする。僕の成長に合わせてということなのか、なんとなく前より一回り大きい。
その分重さが増しているけど、逆に勢いを乗せれば武器としての性能は上がっていると言えるんじゃないかな。
今後の成長を考え、防具の方はある程度既存品の調整というか地竜の素材を混ぜ込んでの仕立て直しとなったようだ。
僕としても歓迎というか、成長に合わせてまた来いと言われたらそっちの方が嬉しいよね。
それでもまるで僕のために1から作ったようなしっくり具合だった。
靴もずれるようなこともなく、ちょうどいい。これなら踏ん張りも効きそうだ。
「この肩当て、随分軽いんですね。ファルクさんのより軽そう」
「ああ。精霊銀を多めに含んである。防御はその分脆いが、魔法使いとしては増幅量が高い方が良いだろう」
マリーの銀とも青銀とでも呼べそうな髪に良く似合う色の肩当て。お店で買ったらいくらぐらいかなあと考えてしまうほどには高そうだった。
裏に地竜の素材を張り付けてあり、元の装備よりは大きく性能が向上しているそうだ。
敢えて危険な目にあることもないので実験なんかは出来ないけど信用しているから問題ないね。
都合、僕達はほぼ全身の装備を入れ替えていくことができたと言える。
正直、僕達のギルド評価と見合ってるかと言われると疑問の残る高性能な装備だと思うけど、装備で命が買えるなら安い買い物だと思う。生き残っていればまたお金が稼げるのだから。
外に戻ったらしっかりギルドの依頼をこなしていかないとね。
「良く似合ってるぞ。悪いな、ザグー」
「何、職人の作った物は使われてこそ、さ。こちらもいい勉強になった」
アレクさんとザグーさんの話がそのまま続くかというところで、僕達の元にイルタさんがやってくる。
その手には何やら円盤状の物。それを神妙な面持ちで持ちながら目の前にやってきたイルタさんがその手の中の物を差し出してくる。
「ファルク君、よかったら……これ、持って行ってくれないかな」
「え? これは、メダリオンですか?」
そう、渡されたのは僕のこぶしぐらいの大きさのメダリオン。色々な文様が描かれていて、強力ではないけど力を感じる。
これはイルタさん本人が作ってくれたに違いない。
「うん。私の腕じゃまだまだだけど、不浄なるものをはじく守りが刻んであるの」
「ありがたく受け取りますよ」
きっと本人としてはザグーさんの作る武具にはまだ及ばないことは十分わかってるのだろう。
だからこそ、それなのに自分に渡していい物か気にしていたはずだ。
それでも渡してくれたものだ、大事にしたい。
「これでまた来ないといけませんね」
「そうだね、またいろいろ作ってもらわないと」
マリーと二人、笑いあってイルタさんらに向き直った。そろそろ、お別れの時間だ。
僕達はやることはやって、目的は達成したからね。後はイルタさんの試験が近ければいいのだけど、まだ何週間かは先らしいのでさすがに一緒にはいられない。
その代わり、アレクさんには地竜の鱗は預けてあるから大丈夫。
「じゃあ、入り口まで案内するよ。じゃないと出ていけないからね」
「うん。お願いします」
こうして、僕とマリーは再びホルコーの背に乗ってドワーフの里の入口へと向かう。
少しの間だったけど、とても有意義な出会いだったと思う。
友達……ていっていいのかな?
「またね!」
「はい、またです!」
涙ぐむイルタさんに手を振って、僕達は来た時のように空間を飛ぶ。
気が付けば森の中の岩場に出ていた。さあ、本来の目的地である南の町へ向かおう。
またの出会いを楽しみにして、僕達は日常へと戻るのだった。
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