MD2-112「破邪の造り手-5」
地下や洞窟という物はどうしてこうも男の子の心を刺激するのだろうか。
何度潜っても、実家の洞窟にもドキドキしたけど……初めての場所というのは格別だ。
一見すると、怯えてるようにも見えるかもしれないけどさ。
「? 大丈夫ですか、ファルクさん」
「え? うん、大丈夫。ちょっと先が楽しみなだけだから」
こんな言葉も、優しいマリーには強がりに聞こえたかもしれないね。
でも、先が楽しみなのは紛れもなく真実だ。なにせ、ドワーフの職人が作業しているという場所にこれから行くのだから。
昔読んだおとぎ話でも、行商の人が教えてくれた物語でも、勇者や英雄は光り輝く剣を、火を噴く斧を、雷を呼ぶ槍を……みんな、伝説となる武器や防具を身に着けていた。
そして、その作り手は人であることもあるけど多くはエルフ、あるいはドワーフなのだ。しかも、武器となるとドワーフの話が出ることが多い。
それだけ鍛冶に生きて鍛冶に死ぬ種族ということだからだろうか。
『当たりつつも外れつつ……まあ、見りゃわかるさ』
「さて、こちらだ」
もったいぶったご先祖様の声が聞こえないアレクさんの声がかぶり、僕はその声に顔を向けてついていく。
マリーも一緒に……なんでか知らないけど手も握ってる。
ドワーフの職人さんが過ごしてるなら危ないことは無いんだと思うけどなあ?
そんな予想は数歩、洞窟を歩いた時点で裏切られた。
何か、いる。
そう感じたのは曲がりなりにも何度かの死線を潜り抜けてきた経験が活きてきたからだろうか。
中心となる大きな道には特に問題は無いのだけど、わき道を覗き込むと奥に何かがいるのがわかる。
感じからしてドワーフの人らではない……魔物だ。
「あの……」
「さすがにわかるか。そう、この場所はダンジョンなのさ。その中を利用して作業をしているのだ」
「魔結晶付の相手が出るから本物のダンジョンだよっ」
聞きたいことは聞けたけど、そんな場所でいいんだろうか?
確か、エンシャンターとして僕の実家近くの町にいたフローラさんはダンジョンにはいろんな特徴があると言っていた。
僕が最初に潜ったランド迷宮は時々中身が別の構造に変わるという物だった。
となるとこのダンジョンにもそういったことが?
「どんな特徴があるんでしょうか? そう、例えば燃料になる物に困らないとか」
その疑問が顔に出ていたのか、僕が口に出すより早くマリーの問いかけ。確かに、例えば炉で燃やす火の原料になる何かが産出するとかなれば出来るだけ近い位置で作業した方が早いよね。
けど、そんな疑問にアレクさんとイルタさんは首を振る。どうやら違うらしい。
「この場所にはな、出るのさ」
「出る? 良い鉱物がですか?」
言いながら、2人の表情に僕は言いようもない不安を抱いていた。
これはそう、秘密を打ち明けたくて仕方がない妹達と同じ顔だ。同じというには随分年上だけどね……。
そして、その不安は的中する。
「腰が甘い! もっと魂をこめんかぁ!」
「はいっ!」
声が、響いていた。同時に槌を振り下ろす音も……。音の主はドワーフの職人。額に汗をかき、必死に形相で手にした道具を金床に乗せた素材に振り下ろしている。
どうやら作成の途中のようだ。ただし……声は2人するのに地面に足がついてるのは1人。
なぜかと言えば……。
「ドワーフの……スピリット?」
呆然としたマリーの声に僕は答えられない。なにせ、視線の先では妙に元気な半透明のドワーフに、半ば叱られながらも真剣な表情で作業をするドワーフの職人がいるのだ。
彼らの脇には何か砂時計のようなものが置いてある。そこからは隠しきれない魔力を感じた。
「これは?」
「ドワーフはな、普通に男女間でも産まれるが……死んだ後は山に還るのだ。
そうして山と共に眠り……時に目覚める。こうして、な」
『人狼の試練と似たような仕組みを感じるな……山の精霊と契約しているかのようだ』
僕は言葉なく頷くしかなかった。でも、考えてみれば非常に合理的な手段ではあるとも思った。
僕の知る限り、知識や技能の伝達は口伝と、書物などへの書き出ししかない。しかし、書物といった文字や絵では細かい部分は伝わらないし、全部文字や絵に出来るとも限らない。
さらに口伝となれば1代ぐらいはともかく、それ以上となれば伝わり方も怪しい部分が出てくる。
それらを全部覆す伝え方、それが魂だけは呼び出しに応じるこの形。
「心配せずとも、あれらは全て本人ではない。とあるドワーフの職人だった物、だ」
「つまり、あそこにいる先生役は本当にそのための存在ってこと」
アレクさんはともかく、イルタさんはここに日常的に来ているとは思えないけど自信満々の発言だ。
それだけドワーフとしては常識な話なんだろう。でも、この状態……どこかで?
しばらく考えて、その答えに行き当たった。
見ればマリーも何かに考えが追いついたようで、随分とすっきりした顔をしていた。
「例えばこの契約みたいなのを逆手にとって、物にドワーフの魂に宿ってもらうことはできますか?」
「出来なくはないだろうが、その分に見合った効果があるかどうか。触媒だけでも馬鹿にならないお金がかかるからな」
アレクさんの答えを聞いて、色々と納得がいった。ご先祖様は言い伝え通りならば相当なお金持ちだ。 散財も多くした記録があるけど、それを補って余りあるほど生き抜いて、報酬を受け取っている。
なにせ、僕ですら聞いたことがある話がいくつかあるぐらいだからね。
ご先祖様は、500年からそのぐらい前に活躍した英雄の1人に選ばれてるぐらいなんだ。
『俺より世界のために戦った奴だっていっぱいいたさ』
(それでも僕にとっては掛け替えのない相手だよ)
口にするのは照れくさく、結果として心でそう伝えるだけにした。それでも結構恥ずかしいけどね。
そうこうしてるうちに、目の前の職人さんの作業は終わったようだ。
いつの間にかドワーフの先輩霊は消えており、職人さん1人だけになっていた。
「待たせたかな、アレク」
「いや、ちょうどよかった。よかったらこの2人の武具を見繕ってくれんか?
お代に地竜の鱗をもう預かってしまったんだ」
あっさりと、アレクさんが危険物的な発言を口にした。自分だって驚いたはずなのに、それをいきなりしゃべらなくてもいいような……いや、意外と相手は動揺してないぞ?
こういったことに慣れているのか、あるいは嘘だと思っているのか。
出来れば前者であってほしいなと思う僕の心は通じたようだった。
アレクさんに声をかけられたドワーフの職人さんはこちらとマリーをまじまじと眺め、手にしていた杖、そして腰に下げたままの剣を見て頷いた。
「良いものだな。さっそく寸法を取ろう。必要なのは……君が肩当てや足装備、彼女は全身かな?」
「わかるんですか? 確かに鎧部分や小手等はこれでいいと思ってましたけど」
僕の疑問に、職人さんは笑みを浮かべ、壁を指さした。
そこには無数の人形、いや……様々な体形の人型があったのだ。
そして一度作られたであろう武具の残骸も。
「私がここでしていた修行は、あらゆる相手の体形に合わせた武具の作成、そして……邪を退ける精霊銀を用いた武具の研究さ。多少体形を読むぐらいはやってみせるよ」
自分を過大評価することと、やってきたことに自信を持つことは似ているようで全く違う。
このドワーフの職人さん、ザグーさんとの出会いはそれを僕に教えてくれた。
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