MD2-108「破邪の造り手-1」
「よかったんですか? こんなに急いで」
「マリーだったらわかるでしょ? のんびりしてたら危ないよ」
僕の焦りを感じ取ったように、ホルコーはその足を速めてくれている。
少しでも助けになればと熱を帯びそうな部分を水を生み出す魔法で冷やしていく。
走りながらなので、点々と街道には水が落ちてるに違いないね。
「それはそうですけど……仕方ないですよ。
仮にも王女様と口づけをしちゃったんですから」
「どちらかというと僕被害者じゃない? そりゃあ、シーちゃんは嫌いじゃないけどさ」
僕が恋人にしたいのはマリーだけだもの、と伝えると
彼女は返事の代わりに僕に背中を預けてきた。
ホルコーの背の上、僕の腕の中に納まったマリーが
そんな仕草をすると妙に可愛らしい。
わかってもらえて、よかった。
僕達は今、オブリーン王都から街道を南にひた走っている。
幸いにも、この向きの馬車は少ないようで
ホルコーの足が止まることは今のところ、無い。
衝撃的な口づけ事件の後、王子からは大体の夜渡りによるものと思われる場所や
いなくなったモンスターたちの情報を貰った。
それによるとヴァンイールがいるとしたら南の方の国らしい。
それを聞いた僕はそそくさと城を後にしたというわけだ。
なんでかって? そりゃあ、あのままゆっくりしてたら、
一番問題のある相手、つまりはシーちゃんのお父さんである国王様が出てくるからさ。
どの親だって自分の子供、特に男親にとって娘の話には敏感だ。
ましてや、いきなり貴族でも王族でもない相手と口づけをした、
なんて情報が飛び込んできたら何をされるか分かったものではないと思う。
明日にでも婚約になっていても驚かないね。
『逃げても逃げなくても伝わると思うがな』
(気分だよ、気分!)
そのぐらいはわかってるのだ。
後になるかすぐになるかの違いぐらいだということもね。
城を出てすぐにギルドに駆け寄り、街を出ることを伝えた。
その時の受付さんは僕達の事情をなんとなく知ってる人だったようで、
今度は国外ですか、大変ですね、なんて言って送り出してくれた。
足止めをしなかったことを怒られないといいけど……。
通り道で必要そうな物だけを素早く買い付け、
僕とマリーはホルコーに乗って王都を脱出したというわけだ。
あんまり突然な物だから、シーちゃんには泣かれていそうだけど……。
今度手紙でも書いて送ることにしよう。
届くかは別として、ね。
「でも、こうして2人というのも少し間が空きましたね。
あ、もちろんホルコーちゃんも一緒でいいんですよ」
乗ったままホルコーの鬣を僕の腕の中で撫でるマリー。
走っているため返答は難しいのだろうけど、ホルコーも嬉しそうだ。
そうして普通の馬の数倍の距離をホルコーは一気に移動した。
休憩の際、少しだけど朝いた場所とは違う木々の種類に
なんとなく目を奪われる。
世界の広さが気になったのだ。
『北部は氷の木だってあるし、とある火山のそばでは
燃えにくい木が生えていたりと様々だな』
(そうなんだ? どっちも見てみたいな)
そんなことを思いながら周囲を見る。
たき火跡のある広場で、何度も使われたことがわかる。
そんな場所の近くを流れる小川は穏やかだ。
水場がある広い場所、というのは貴重な場所だよね。
ホルコーにもしっかりと水を飲んでもらい、
さあ出発だと意気込んでホルコーに歩き出してもらって1刻もした頃だろうか。
街道の先に何やら人影。
どうももめごとらしいけど……。
このままいくと、どちらにせよその現場を通りそうだ。
ああ、神様。どうして僕の行く先には何かが起こるのでしょうか。
そんなとりとめのない祈りの言葉を心に浮かべ、
明星の確認をして腕の中のマリーにも囁く。
前に何かがあるみたい、と。
「助けられるなら、助けたいですね」
「同感だけど、相手がどっちが正しいのかは……あー、これはわかりやすい」
見えてきたのは、いかにもな薄汚れた服装の男達で、
誰かを岩陰に追い詰めているようだ。
近づいていく僕達が乗るホルコーの足音に気が付いたようで、
男たちがこちらに振り返る。
黄ばんだ歯、洗濯をしているのか疑わしいぐらいの薄汚れた服。
粘ついた笑み等が彼らが一般人ではなく、いわゆる野盗の類だとわかった。
「誰だてめえ!」
「通りすがりの冒険者ですよっと」
ホルコーはマリーに任せて、僕は足を止めたホルコーから
素早く降りて、明星を構えた。
これだけで彼らにはわかるだろう。
僕が、味方じゃないことが。
彼らにとって不幸だったのは、通りすがったのが
お金が貰えなくても誰かを助けられれば良し、
と思っている2人組だったことだね。
「ふざけんな!」
逆上してか、野盗の1人が斬りかかってくる。
手入れもされていなさそうな、持ち手の長い片手斧。
確かに、普段使うにはこのぐらいで十分だろうね。
でも、ダグラスさんなどの騎士と比べれば、ひどく遅い。
半歩ずれ、明星で斧の横を叩いてやる。
姿勢の崩れたところで力一杯、膝を腹に叩き込んでやった。
呻いてうずくまる野党の1人。
「てめえ! やっちまえ!」
お頭らしい男の声に、周囲が騒ぎ出して僕と、後方のマリーを見る。
何人かはマリーを見て固まったね。
彼らには魔法の素養がありそうだ。
何故なら、僕が時間を稼いでる間に彼女には
長めの詠唱をお願いしている。
結果、野党たちが僕にたどり着く前には、
マリーの唱えた魔法が発動していた。
「ライトニング・ウェップ!」
しゃがみこんだ僕の向こう側に、網が広がるように青白い雷の網。
乾いた音を立てて、野盗たちは転がった。
呻きながら動こうとしてるやつもいるから、ばっちりな威力だね。
範囲は見える範囲、としたので彼らに
追い詰められていた誰かがしびれることはない……はずだ。
荷物から丈夫な紐を取り出し、野盗を動けないように縛り上げる。
これであとは途中の村か町で届け出を出しておけばいい。
騎士たちが来る前の間、生きていれば、だけどさ。
『人を襲うなら襲い返される覚悟は必要だな』
(全くだよ。さて、彼らの追い詰めていたのは……おお?
岩を回り込み、中を見るとマリーより少し上かな?と思う女性がうずくまっていた。
恐怖にか、僕達に気が付いた様子がない。
「あのー」
「ひぃ! 命とこの右腕だけは!って……あれ?」
不思議そうな顔をして立ち上がり、
周囲と僕達とを順番に見ている。
あれかな、助かったことが実感できていないのかな?
そう思い、近づくと何かの違和感。
罠とかそういうのじゃないけど、なんだろう?
『この女、ドワーフじゃないか?』
「ドワーフ?」
ご先祖様の言葉に思わず口にした単語に女性は大きく反応した。
何かの挨拶なのか、自分の胸元で手をあれこれ動かした後、頭を下げてきた。
「命の恩人に失礼な態度を……あのままだとどうなっていたか、考えたくないですね」
「たまたま通りすがっただけですからね。それより、どうしてこんな場所に1人で?」
そう……この辺は先ほども言ったようにモンスターが出てくる場所だ。
一人で出歩くには危ないような気がするよね。
するとドワーフさんは恥ずかしそうに頭をかいた後、教えてくれた。
理由自体は単純で、このあたりに採取にきたらしい。
夢中になっている間に彼らに襲われた、ということのようだ。
「良かったら送ります。出来ればドワーフの里にも行ってみたいんだ」
少しばかりの下心を前に出して、正直にお願いしてみた。
しぶられるかと思いきや、もちろん、と快諾されてしまった。
こうして、僕達は新しい土地へと向かうのだった。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
頂いた1つのブックマーク、1Pの評価が明日の糧です。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。




