MD2-107「夢と現実と-4」
─ヴァンイール
それが空から落とされた、謎の太くて長い生き物の名前だという。
ここから南西に行った場所にある湿地帯に住む魔物の一種。
肉食で、水中から岸辺を見張っては獲物を引きづりこむという恐怖の対象。
この大きさなら、人の1人や2人は確実に捕食しているだろうとのこと。
確かに、僕がそのまま飲まれそうな大きさだからね。
でも、今はそんなことはない。
なぜかと言えば、死んでいるからだ。
殺してから持ち上げているのか、
飛んでいる間に死んでしまうのか、それはわからない。
「これ、何かに使えるんですかね?」
『小さいのなら食べるんだがこの大きさだと覚えが無いな』
明星の剣先でつつきつつ、そう問いかけてみると、
意外な場所から答えが返ってくる。
「うん。兄様が遠征時に食べたことがあるって言ってたよ」
「王家の方が口にするということは高級品なの?」
なんでもないようなシータ王女の声に、
ミルさんや他の兵士も興味深いまなざしでヴァンイールのそばに寄ってくる。
でも一定以上は近づかない。
理由は、その体を覆う粘液だ。
生きていないと維持できないのか、雨がそこだけ振ったかのように湿っている。
ちょこっとだけ剣先でひっかけると、伸びてくるので相当な粘度だ。
「ひとまず内臓と身に分けていれますか?
僕の場合だと……あー、入れれるだけ入れてみますね」
「頼めるか? 出来れば持ち帰って王都で保管してみたい」
言いふらさないでくださいよ、と念押ししてまずは頭を切り落とす。
なんというか、これだけでも燻製にして飾るといいんじゃないかなという大きさだ。
すぽっとアイテムボックスに入った。
感じ的にはまだまだ大丈夫だね。
「すごいねえー。どれぐらい入るの?」
「まだ怖くて試してないんですよね。使えるお金を全部これに費やしたんですよ」
当然聞いてくるだろうなという内容の質問に、
事前に考えていた答えでさらりと返答。
ちょっと早すぎて不自然かなとも思ったけど、特につっこみはこなかった。
ちなみにマリーは嫌いらしく、近づいてこない。
逆にシータ王女は誰かが止めておかないとどんどん近づいてきてしまうぐらいだ。
「むー、私もさわりたーい」
「駄目ですよ、ばっちいですから」
じたばたするシータ王女を、マリーと付き添いの侍女さん達が止めている。
いや、これ後で食べようとしてるんだからそんなこと言わなくても……。
気持ちはわかるけどね、気持ちは。
今のところ、おいしそうには見えないのは確かだし。
(焼くのかな、煮るのかな?)
斬った感じ、明星に油が残るぐらいなので
焼くと相当香ばしくなりそうではある。
『俺の記憶にある料理をするには調味料が足りないな。
まあ、塩だけでも結構いけるんじゃないか?』
確かに、こういうのって素焼きでも結構いけるよね。
お肉でも塩だけで食べる作法がどこかにはあるというし……。
あ、実家の秘密の洞窟には使えそうなのがあるかも?
そんなことを考えながら、大体僕が両手を広げたぐらいの大きさで切っていき、
内臓の部分は兵士の人達に主に任せ、
僕は本体を出来るだけ入れていった。
結果、僕が100歩歩くより大きい気もするヴァンイールの半分ぐらいが
僕のアイテムボックスに入ったところで限界を装った。
これでもかなりの量なのだけど、
王都で見かけたアイテムボックスな袋の容量がこのぐらいだったのだ。
大金をはたいて買ったとするにはちょうどいいと思う。
さて、移送の問題はこれで片付いたとして、だ。
一番の問題は夜渡りだ。
「ダグラスさん、どう思います?」
「どう……か。空からもこの儀式は目立ったというのが一番ありうる話だろう。
荒野に泉があるようなものだったはずだからな」
確かに、その通り。
他に何もないこの場所において、シータ王女の儀式めいた魔法は
そういう見方をすると非常に目立ったはずなのだ。
だからこそ、そこを狙って落としてきたと思うのが普通。
でも、僕はそれに頷きながらも内心では恐ろしいことを考えていた。
夜渡りは、僕のような存在を見ているのではないか?と。
僕だけじゃないだろうけど、世界には同じような強力な魔道具を手にした人がいるはずだ。
そんな相手に、何かを知らせようとしているのではないか?と。
まあ、荒唐無稽な話だなという自覚はあるのだけど、
偶然にしては2回も3回もちょうど自分のところに来るのかなあという疑問があるんだよね。
そのあたりは戻ったら誰かに……マリーぐらいにしか相談できないや。
その後も当たり障りのない会話を続け、
片付けも終わったということで今回の依頼は終了となった。
「カカカ! 若いの、いや、ファルク少年よ。ありがとう」
「いえ、僕は特に何も……」
アランさんにお礼を言われ、握手をした。
不思議と、骨だけのはずなのに人間のぬくもりを感じた気がした。
それを見て後ろにいたコルタさんも同じように笑って音を立てている。
陽光の元でも普通に動くんだもん、やっぱり普通の不死者とは根本的に違うのかな。
「戻ってギルドで確かめるといい。うまくいけば祝福が定着していよう」
「わかりました」
そうして、無事に鎮魂の儀式は終わり、僕たちは王都へと帰還する。
シータ王女からはフェリオ王子に報告をするのに付き合って欲しいと言われ、
断る理由も無いのでそのまま同行することになった。
何度も訪れることは無いと思っていたお城の一室。
そこに僕たちは帰って来たのだ。
「うう、やっぱり落ち着かない」
「私もですよ……」
『はっはっは! そんなんじゃ豪華な財宝を見つけた時に困るぞ?』
調度品の値段に再び怯える僕達とは逆に、
慣れた物と言わんばかりのご先祖様。
確かに、言い伝えの通りの冒険劇なら見慣れてるよね。
むしろ、世界一のお金持ちだったかもしれない。
「お待たせしたね。無事で何よりだ」
例のごとく、急に入ってくるフェリオ王子に立って挨拶をしようとするも、
いいよいいよと制され、また座り直す。
なんというか、シータ王女もそうだけどもっとこう、威張ってくれてもいいのだけど。
逆に戸惑うよね? 僕だけじゃないと思う。
「話は聞いているよ。あれだけの大きさは見たことがない。
以前聞いた話だと、大きくても僕の胴体ぐらいだというからね。
あれは……どこかのヌシか何かなんじゃないのかなあと思うね」
「夜渡りがヌシを仕留めて持ってきた、と?」
そういうことさ、とあっさりという王子に僕とマリーは
2人して疑問の視線を向けてしまう。
それが伝わったのか、王子は肩をすくめて腕組み。
一転して真剣な瞳で僕達を見た。
「これは口外してほしくはないんだけどね。
どうも……世界各地で強めのモンスターたちが行方不明、
あるいは何者かに倒されているようなんだ。
そうして、これまで均衡が保たれていた縄張り争いが活発化。
あちこちの国は対処に追われてるってわけ。
この辺はまだ静かな方だよ?」
「出来ればその、聞くか聞かないか質問してほしかったです。
つまり、僕たちにその調査をしろと」
訂正、やっぱり王族らしい王族だよ、この人。
直接依頼せず、厄介な部分は遠回しに逃げ道をふさいでくる。
王子は答えず、何かを手招きする。
すると、静かにやってきたのはシータ王女。
ちょこんとなぜか僕の横に座った。
僕はこれでマリーとシータ王女に挟まれたことになる。
女の子に挟まれてること自体は嫌じゃないけど、さ。
「おにーちゃんとおねーちゃんが、嬉しい顔で父様に何か報告してる夢を見たの」
「シーちゃんが……じゃあ、信ぴょう性はありますね、ファルクさん」
マリーの言う通り、誰でもない、シータ王女が見たというのなら
少なくとも目の前の王子は信用するだろう。
はぁとため息を小さく1つ。
『ま、運命なんてそんなもんさ』
(できればもう少し優しい難易度を希望するよ)
頭の中で愚痴りつつ、王子を見る。
ああ、この人も国を守るために必死なんだなとなんとなく感じた。
「わかりました。どこまでやれるかはわかりませんが、
霊山を目指しつつ、あちこちで頑張りますよ」
「それはよかった。そうだ、妹からも話があるらしい」
シータ王女から?なんだろうか。
僕は疑問を浮かべたまま、隣のシータ王女を見る。
「えっとね、何度もありがとうって言いたかったの」
「シータ王女は……シーちゃんは大事な女の子だから、僕は頑張るだけさ」
後にして思えば、僕としては小さな女の子を元気づけるための
冗談のような言葉だったのだけど、彼女にとっては思った以上に嬉しい言葉だったらしい。
だから……。
「やった。おにーちゃん、もう私と仲良しだからしてもいいよね!」
何を、と疑問を口にする前に、小さな両手が僕の顔を掴んだかと思うと柔らかい感触。
えっと……?
「王女相手では……でも渡しませんよ」
「はははは。その時にはよく話し合ってくれたまえ」
何やら語り合うマリーと王子。
でも僕はそれどころじゃなかった。
混乱している間に、音でも立てるかのようにぷるんと僕の唇と
シータ王女の唇が震えて離れていく。
つまりはそう、思いっきりちゅーされたんだよね、僕。
「え、ええええ!?」
僕の驚きの声が、部屋に響き渡った。
一応メインヒロインは1人のままです。
恋に恋するで終わるのか、本気になるのかは今後次第ということで。
でもファルク君も若いからそう変な歳の差ではないのですよね。
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