MD2-106「夢と現実と-3」
「いつの間にかいないと思ったら……」
赤い空、青い月。
今晩もまた、不思議な夜に僕は立っていた。
なんとなく、わかってきた。
この場所、今の状況はシータ王女の発動している魔法の中だと。
土地の力なんかを利用した、大きな儀式のような物なんじゃないかな。
「はっはっは! 黙っていてすまんのう。こいつらはもう一人じゃ考えられんからな」
どこから出てくるのか謎だけど、ひどく明瞭なアランさんの声。
いつの間にかしっかりした防具を身に着け、
手にした剣も月明かりを青く照り返している。
そのすぐそばにはコルタさん、さらに後ろには……。
昨晩までと違い、骨だけになってしまった兵士たちがいる。
カタカタと、今夜の彼らは声を発せていない。
でも、動きからは色々と見えてくる。
敵を、探しているのだ。
「今宵の相手は既に戦うことだけが残っておる。打ち果たし、眠らせておくれい」
「元より承知。我ら軍人は先達の眠りを導くことも責務としております」
ずいと前に出て、ダグラスさんの力強い声が現場に響き渡る。
そう、僕とマリーだけじゃない、みんなと戦うんだ。
「感謝するぞ。では、始めようかの」
音を立て、大勢の骨たちが整列し、静かに陣形を組んだ。
アランさんの放つ何かしらの気配に、骨たちが感じ取ったのだ。
今から始まる戦いの、気配を。
「マリー、離れちゃだめだよ」
「はいっ!」
背中にマリーの声を聴きながら、僕は駆け出す。
広く、ぶつかり合うには小細工の使えない正面対決のための広間。
そこに武器のぶつかる音と悲鳴、そして骨の砕ける音がする。
どういう訳か、今のところ致命傷を受けた人はいないように見える。
いや、あの背の高い人は昨日の夜、一回腕を切られなかったか?
『ここは慰める空間ということだ。来るぞ』
「っと。後で考えよう!」
独特の音を立てて骨の1人が上段に切りかかってくる。
手にした長剣は新品同様。
半端に状況がわかっているのか、捨て身も捨て身だ。
「マナボール!」
相手の剣を受け止めた僕の横から飛んでくる対スピリットやアンデッド用の魔法。
直接精神体や、その類に攻撃する魔法だ。
卑怯というなかれ、今回の相手はこちらの2倍近くいるのだ。
そんなマリーの背中に迫る1人へと瞬間発動させた風魔法で飛び上がり、
その落下の勢いのまま、両断。
ガランと音を立てて骨がばらばらに崩れ落ちる。
やっぱり、動き自体は読みにくいけどアランさん達ほどじゃあない。
生前の技術、判断といったものが欠如してしまっているのだ。
怪我を負って撤退する人もいるけど、おおむねこちらが有利に見える。
やっぱり、自分の考える頭というのは大事なんだね。
最後の最後まで戦うと言わんばかりに
上半身だけ倒れている骨の1人が突き出す槍を避け、
若干どうかなとも思いつつもその頭に明星を振り降ろす。
「ファルクさん、あちらを」
「集まってる……」
気が付けば、残った骨たちがアランさんを先頭に集団となっていた。
それをダグラスさんたちが徐々に囲み始めている。
どうするのか、と思ったところで馬の嘶き。
それは前の方、アランさんたちのいる場所からだ。
起き上がるように、地面から骨の姿の馬が数頭、立ち上がって来た。
無い鬣を揺らすように首を振るい、アランさんら数人をその背中に乗せた。
「我らと一騎打ちを受ける者はおらぬか!」
高らかに、アランさんの声が広間に響く。
それは残った骨たちの打ち鳴らす音に装飾され、
まるで演劇の主役のようですらあった。
「おにーちゃん! お馬さん来たよ!」
一番後ろで、状況を見守るように祈りの姿勢を取っていたシータ王女の声。
その内容に驚いて振り返ると、ホルコーを預けていた方向から馬の駆ける音。
ホルコーを含め、合計5頭の馬が兵士たちに連れ添われてやって来た。
流れからして、毎回恒例のようだ。
こうなったら流れに乗るのが一番だ。
5対5、それぞれが1対1なら一騎打ちってことでいいのかな?
「ダグラスさん、僕は行けますよ」
「最初からそのつもりだったさ。では行こう」
心配するマリーに微笑み、そっと頬を撫でる。
ちょっとカッコつけ過ぎかなと思うけど、このぐらいいいよね。
ホルコーに飛び乗って深呼吸。
僕の予想が確かなら、生半可な事じゃ死ぬことはない場所だけど、
全くないとも言い切れない。
ダグラスさんを中央に、僕は一番右端。
間もなく戦いが再開されようという時だ。
(!? この気配は!)
ゾクリと、僕の背中を悪寒が走る。
気配の主は、上空。
飛竜なんて目じゃない、もっと上。
「月が……無い!」
先ほどまで青く輝いていた月が、いない。
しかも曇っているわけじゃない、晴天だ。
つまり……空を飛ぶ何者かが月を隠すような位置にいるのだ。
『夜渡りだ、でかいぞ!』
「夜渡りが上に! 何か落としてきますよ!」
咄嗟に叫んでホルコーから飛び乗り、マリーの元へと走らせる。
最悪、彼女だけでも逃げてもらわねば。
周囲もあわただしくなり、空を見上げている。
(ああ、そうだ!)
「シーちゃん! 今すぐ逃げて!」
王族の彼女だけは、どうしても無事でいてもらわないといけない。
だけど、そんな僕の叫びにシータ王女は首を振った。
「ううん。だいじょーぶ。みんなが、助けてくれるのを見たから。信じてるの」
嘘1つ無いその言葉がもたらした結果は驚きの物だった。
無事に生き残っていた骨の兵士が意志を取り戻したように笑い出す。
その様子を見ているのか、あるいは気にしていないのか
まだ夜渡りからは物は落ちてこない。
気のせいか、細長い物を掴んでいるような。
「聞いたな! 守るための戦いだ! 出ませい出ませい!
今こそその命を使う時よ!」
アランさんの魔法めいた叫びが周囲に響き、
それは力となって大地にも染みていった。
倒れ、崩れたはずの骨の兵士達は立ち上がり、
さらに後から後から湧いてくる。
「ど、どういうつもり?」
「受け止めるつもりなのだろう。彼らなら、死ぬことはない」
既に死んでいるからな、とダグラスさんのつぶやきを聞きながらも
どんどん増えていく骨の兵士達を見守る。
そして、空から不気味な声が届いた。
『来たっ! 障壁!』
咄嗟に土壁を何重にも、力の限り展開して張り巡らせた。
ダグラスさんやシータ王女、マリーを守れるように、ね。
やぐらを組むかのように互いに積み重なっていく骨の兵士達を見たのを最後に、
周囲に鳴り響く轟音と、土壁を打ち砕いていく衝撃に僕は気を失った。
………
……
…
「イテテテ……はっ! マリー! シーちゃん!」
意識を取り戻した僕はまず彼女たちの確認をするべく後ろを見る。
そこには倒れているものの、無事な姿の2人と
へたり込んだ状態のホルコー。
周囲を改めて見れば、土壁に半ば埋もれるようになっているけど
皆無事に生き残っているように思える。
気配も感じるしね。
マリーに駆け寄り、腕に抱えながらシータ王女の元へ。
隣に寝かせて両方の頬をぺちぺちと叩く。
「う……ん」
程なくして、どちらも意識を取り戻した。
シータ王女は眠りから覚めたかのように目をこすり、
ぼんやりとした顔で僕と、周囲を見る。
「やっぱりみんなが守ってくれた。ありがとう、おにーちゃん」
「僕だけじゃないさ、アランさんたちみんなのおかげ」
いつの間にか、最初の夜のように空の色は元の色を取り戻していた。
白くなってきた空。
そして照らされるのは、僕が両手を広げたぐらいの太さの胴体を持つ、
細長い魚のような、長い生き物の死体。
それに押しつぶされ抜け出せないのか
ばたばたと暴れているアランさんとコルタさんだった。
『ウナギ? にしてはでかいな……』
ご先祖様のつぶやきだけが静かに僕の頭に響くのだった。
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