MD2-103「暗闇に踊る-5」
「おや、どうしたんだい、お腹を抱えて」
「いえ、ちょっと」
促され、座った状態で片手がお腹に。
咄嗟の行動だったけどそこそこ目立っていたらしい。
さすがにどんな無理を言われるかが怖くて、等とは言えやしない。
「おにーちゃん、お腹痛い痛いなの?」
今日は動きやすさを考えているのか、
高そうな質感ながらもヒラヒラした部分の少ない服装のシータ王女。
金色の髪留めでまとめられた髪は後ろにまとめられ、
動物の尻尾のように揺れている。
しゃがみこみ、心配そうに見つめられるとどちらかというと心が痛い。
「だ、大丈夫ですよ。シータ王女」
2人が来てからずっと、アランさんたちは静かなままだ。
主役は生者、ということなのだろうか。
「むー」
突然、シータ王女がほっぺたを膨らませながら僕を睨んできた。
(うえええ!? 僕何かしたかな!?)
『まあ、したというかしてないというか、な』
よくわからないツッコミに心の中で叫ぶも返事は来ない。
「ええっと?」
とりあえずはごまかすように声を出すしかない僕。
フェリオ王子は何か面白い物を見つけたように笑っているし、
マリーもマリーで微笑んだままだ。
「シーちゃんって呼んで」
「え? で、でもね……」
王女をそんな風に呼んだら不敬じゃないのかな?
そんな思いが顔に出ていたのか、シータ王女の顔がくしゃりとゆがむ。
ああ、これは泣く。
妹がよく、こんな顔をした後には本気で泣くんだ。
「わかったよ、シーちゃん」
だから僕は、勇気を出して踏み込んだ。
病気によく効く薬を飲んだかのように、シータ王女の顔が
瞬く間に笑顔になっていく。
それは暗めのこの地下室にあって、小さな太陽のような輝きだった。
「やった! 兄様、やったよ?」
「おめでとう、シータ。友達が出来たね」
ぴょんぴょんと、年相応に可愛らしく飛び跳ねるシータ王女。
抱き付いた先のフェリオ王子も、優しい顔で彼女の頭を撫でている。
友達、か。
シータ王女に友達は……難しいだろうな。
「そういうこと?」
「みたいですね、ええ」
シータ王女は王族だ。
しかも末っ子ということで一番小さい。
王子には他国に留学している弟と、お姉さんがいるらしいけどまだ見たことはない。
後継者であるフェリオ王子がこんなあちこちにいていいのかなあと
思うところではあるんだけど、それも必要なことのかもしれない。
王となるための試練!みたいな。
……だよね?
「本家の方よ、本題に移ったほうがよろしいのでは?」
カタカタと、アランさんが控えめにつぶやいた。
骨だけなのでわかりにくいけど、
声の感じからして生身だったら平伏してるような感じなのだと思う。
実際、王子ってことはそのぐらいの立場だもんね。
「ああ、そうだった。君たちが面白いからすっかり忘れていたよ」
シータ王女をいつかしていたようにひょいと抱え上げて横に置き、
王子は僕達とアランさん達を順番に見る。
「簡単な事さ、ちょーっとシータのピクニックに付きあって欲しい」
「友人としてのご依頼ですか? 臣下へのご依頼でしょうか?」
状況的に頷くしかないかなと思っていた僕の代わりに、
冷静に言葉を紡ぐマリー。
自分の所属する国の王子に対して、堂々たるものである。
僕はマリーを尊敬したね、いつもしてるけどさ。
気のせいか、アランさんたちも緊張の面持ちな気がする。
「おやおや、いいのかい? そんな態度で」
こんなにも黒い笑みの似合う王子でいいんだろうか?
これを本人に言うと心外だね、と笑われそうだけど。
シータ王女は二人の間に視線を動かしておろおろしている。
僕もまあ、内心そんな感じなんだけど。
「私は妹さんとお友達な冒険者のつもりで聞く予定でしたから。
違うと言うなら、臣下の礼を尽くすのみです。フェリオ王子、そしてシータ王女」
「うー、そんなの嫌だよー」
僕から見ても綺麗だなと思う一礼でマリーは
2人へと頭を下げて見せる。
先に声を上げたのはシータ王女だった。
隣のフェリオ王子の服をぐいぐいと涙目で引っ張っている。
はぁ、とため息が聞こえたのは気のせいではないだろうと思う。
「まいったね、恋する女性は無敵だというのは本当だ」
「シーちゃんほどじゃありませんよ」
肩をすくめ、笑って見せる王子に
こちらもくすくすと笑いながらマリーがシータ王女を向いて微笑む。
「? なあに、おねーちゃん」
「いえいえ、これからよろしくお願いしますね、シーちゃん」
にこーっと笑うシータ王女の周りにだけ花が咲いているような笑顔だった。
ずっと見ていたくもある笑顔だけど、そうもいかない。
「また依頼はギルドに通しておいてください。どこまで行けばいいですか?」
「時間は次の満月の夜。場所は、王都北西にある墓標さ」
まあ、そうですよね。
地下に来た時点で、なんとなくわかってました。
昼前にるんるんってわけにはいかないよね。
「となると我もついていかねばならんな。実戦用の武具はどこにしまっておいたかのう」
「あちらの木箱の中ですよ。痛んではいけないと何年か前に」
てきぱきと動き出す骨、もといアランさんたち。
どうやら心当たりのある場所らしかった。
「この様子だと彼らの正体や存在意義は聞いたんだよね?
だったら話は早い。その場所で起き上がってくる奴らを鎮めてやってほしい」
「つまりはスピリットのような相手ということですね?」
マリーの確認に、王子はコクンと頷いた。
そこにシータ王女を連れて行けということは……。
「シーちゃんがまた浄化担当、と。大事が多すぎませんか?」
正直、妹ぐらいの小さな子には荷が重すぎる気がしないでもないのだけど。
「大丈夫。お役目だもん」
きりっとした顔で言い切られてしまってはそれ以上何も言えない。
僕に出来ることは、依頼された通りに彼女を守り切ることだろう。
『浄化魔法は俺達は使えないからな、マナボールなどで狙うか、
魔法剣を強力に発動させるぐらいだろう』
(そっか、属性ならスピリットにも効いたんだっけ)
いつだったかのご先祖様の講義を思い出しながら、
そっと僕は腕にはめたオーガの角を使った小手を撫でる。
うん、やれるはずさ。
飛竜だってなんとかなったんだもの。
「では2日後の夕刻に。それまでにはギルドに顔を出しておいてね」
「わかりました。またね、シーちゃん」
手をフリフリと元気よく振るシータ王女に振り返し、
階段を上がっていくのを見送る。
そうして、地下室に静寂が戻る。
「お主ら、よほどの星の下に産まれておるのう」
「違いないですな。騒動がやってくるのか、騒動の場所にいつの間にかいるのか」
少しばかり自覚はあるので、その辺にしておいてほしい。
それはそれとしてだ。
「さっきの話で行く場所で相手するのは元人間ですか? それとも魔物なんでしょうか?」
横でマリーが頷くのを感じながらスケルトン2人に問いかける。
そう、どっちなのかでなんとなくだけど覚悟が違うんだよね。
鎮めると言っても倒す奴なのか、抑えておけばいいのかもわからないし。
「よかろう。我の知る限りだが……」
薄暗い部屋で、話を聞いて地上に出たのはそれからさらに1刻後の事だった。
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