五話
「申し訳ありません。もう組んでしまいましたので……」
そう言って、女は男から逃れるように走り去る。
「何故だ?」
残された男はそうつぶやく。
男にとって、女など掃いて捨てるようなものだった。
こちらから声をかけるまでも無く、擦り寄ってくるものでしかなかったのだ。
それなのに、断られ逃げられた。
「何故だ。なにが起こったというのだ?」
恋愛RPGの世界に悪役(?)として転生した話
一週間後、待ち合わせ場所の多目的ホール(教室二つ分位の廊下とつながった空間)に、マリーポサ先生がソールを連れてやって来た。
「お・ま・た・せ~。成功したわよ~」
どうやら、治療は上手くいったらしい。
……それよりも心配なことがあるが……
「本当に、大丈夫なのか?」
「は。自分は大丈夫であります」
……え?
予想通りの答えが、予想の斜め上な口調で返ってきましたよ!
「自分?」
「何か問題が?」
「いや……無いけど……」
とりあえず、説明を求むという視線を、先生に送る。
「ん~。とりあえず、時間が無かったのよね~」
どうやら、ソールの魔法乱射多幸症は、重症だったらしい。
「大人になってからの再発には、多いことなのだけど……」
本来ならじっくり腰を落ち着けて治すところなのだが、今回は一週間という期限が付いていた。
「そうなると、治療法は限られてくるのよ~。その中で、一番確実な方法を採ったのよ~」
それが、『海兵隊式強制治療法』と言うものだそうだ。
「徹底的に叩き潰してから、強制的に治療したのよ~。性格等が一時的に変になるのは、あり得る……いや、あるのよ~」
その言葉を聞き、ソールの方を見る。
「何か?」
肩幅で足を開き、両手は後ろ。胸を張り、真っすぐ前を見て立っているその姿は、何処かの軍人のようだ。
「大丈夫……なのですね?」
自分が無理やり連れて行ったという自覚があるからか、スウが不安そうに聞く。
「大丈夫よ~。本当に一時的なもので、二、三日すれば元に戻るわよ~」
言葉使いから軽く聞こえるが、この先生はいい加減なことを絶対に言わないので、おそらく事実だろう。
「先生が言うのなら、大丈夫……」
「見つけたぞ! 貴様!!」
私の言葉を、男の大声がかき消す。
声のした方に視線を向けると、そこには剣を振りかざした男の姿……って。
「ぬおぅ」
乙女らしからぬ声を上げて飛び退く。
私の体があった所に振り下ろされる剣。……うん、軌跡から推測すると、肩からバッサリといったところだ。
「……チッ」
「貴方、ストゥルザ!」
斬りかかってきたのは、怒りで目が血走っているこの国の王子、ストゥルザだった。
「様を付けぬか、無礼者がー!」
「にょわ!」
横薙ぎをしゃがんで回避する。
「な、何を……」
「貴様のせいだ……」
「は?」
「貴様のせいでー!!」
一端距離をとり、何故こんなことをするか尋ねようとしたが、話が通じない。どころか、再び斬りかかって……って!
「しまっ」
間合いの外だからと少し気を抜いていたのか、避けるのが遅れ、目の前に剣が迫ってきている。咄嗟に腕でガードするが、多分無駄だろう。皮肉にも、鍛えていたため剣の動き、勢いから何をやっても致命傷は免れないということが分かってしまう。
死亡フラグを折るはずが早めてしまうとは、私の努力は何だったのだろう……
「おーほっほっほ」
笑い声とともに、ガキンという金属音がして、剣が目の前で止まる。
私の頭の上から腕を伸ばし、刀身を素手で握り止める先生。
「え?」
それが見えたのは一瞬で、腕を掴まれて後ろにひかれる。二、三歩強制的に下げられたことによって出来た隙間に、カミーユが入ってきて私を庇うように手を広げる。
……なんというヒロイン扱い。広い背中が頼もしい。
「教師である私の前で、堂々と校則違反。随分勇気があるわね~」
剣に限らず、校内への武器の持ち込みは、緊急事以外原則禁止されている。
学校設立当初、些細なことから争いになり、八名が死亡、その数倍の生徒が重軽傷を負うという事件があってから、校内に武器の持ち込み及び魔法の使用禁止が校則と定められたのだ。
違反者には重い罰が待っており、最悪退学もあり得るのだ。
「……! ……!」
「はいはい。大丈夫だから、大人しくしてなさい」
何か魔法を使おうとしたソールを、スウが押さえている。
良い判断だが、口と鼻を同時に押さえるのは止めた方が良いと思う。
「……」
「あれ?」
息が詰まり、青い顔をしてぐったりとしたソールにやっと気付き、慌ててスウが手当てを始める。
そんな二人を横目に、こちらは緊迫した空気が漂う。
「持ち込んだだけなら兎も角~。使用したとなると、罪は重くなるわよ~」
先生の口調は相変わらず軽いが、その身に纏う威圧感は半端ない。直接向かい合っていないのに、体に震えが来る。
「ふん、それがどうした」
その威圧を正面から受けているにも拘らず、ストゥルザは平然としている。こんなに面の皮が厚かっただろうか?
「あら~? 取り乱すのかと思ったけど……」
先生も、以外だというようにストゥルザを見る。
「当たり前だ」
堂々とストゥルザは答える。
「僕は、この国の王子なのだからな」
「「「……は?」」」
答えになっているようで、なっていない答えが返ってきた。
確かに、ストゥルザは王の第三妃が産んだ子であり、王子である。ちなみに、王位継承権は四位。
「王は、この国で一番身分が高く、一番権力を持っている」
確かにそうだが、それは国を纏めるという重責を背負っているから認められている権力だ。無条件に使えるものではない。
「僕は、この学園で一番身分が高い」
それは認める。
エヴァも王族で、正妃が産んだ王女だが、継承権と言ったことからみると、ストゥルザには及ばない。
「つまり、僕がこの学園内で一番権力を持っているということになる。僕に逆らえるやつはいないということだ」
「ふ~ん。で、その権力者様は、なんでこの子を襲ったのかしら~?」
「決まっている。卑劣な手段で僕を貶めようとした罪だ」
「はい?」
ストゥルザの無茶苦茶な考えに呆れていたのだが、先生の質問の答えに、思わず疑問の声を上げる。
「知らないとは言わせんぞ! 僕が権力を持っているのが気に入らず、貴様が卑劣な行為でと噂で僕を貶めようとしているのは、明々白々だ!!」
いやいや。私が望むのは、死亡フラグの回避であって、権力と言うものは微塵も欲しくないのですが。平和に暮らせるなら、田舎で畑を耕していても良いと思っていますよ。
「貴様の流した噂のおかげで、実習のパーティーが集まり難い。その罪は、万死に値する」
噂って、そんなもの流した覚えはないのだが……
「さて、そこを退いて貰えるかな? クビにはなりたくないだろう」
自分が上であるという、優越感から来る余裕か……
「そうね~。クビは嫌ね~」
「そうだろう。だったら……」
「でも、断るわ~」
「なん……だと」
断られるとは思っていなかったのだろう、ストゥルザは訳が分からないという表情をする。
「私は、教師なのよ~。生徒が間違った行動をしているのなら、止めないといけないの~。それに~」
ミシリと言うきしむ音に、刀身を掴む手に力が入ったのが分かる。
「勘違いしているおバカさんに、ちょっとお灸を据えてあげないとね~」
先生の言葉とともに、力に耐え切れなくなった剣が粉々に砕け散る。
「な……にい!」
「ふんぬ!」
「な! ごふぅ」
素手で剣を握り潰すという人間離れした行為に、ストゥルザは信じられないという表情で剣を見つめる。
そんな隙を逃さず、先生はストゥルザの懐に入り、腰の入った左拳を右脇腹――ちょうど肝臓のあたり――にぶち込む。
その一撃で意識が刈り取られたのか、ストゥルザは崩れ落ちる。
ストゥルザは、王子と言う立場から、子どもの時から武術を習っていた。最近はさぼり気味で腕は落ちてきているのだが、それでもこの学校の平均を軽く超えている。
そんな奴を、虚をついたとはいえ一撃で沈めるとは……
「先生って、何者?」
私は思わず、先生にそんな質問をする。
「ん~。ただの魔法教師よ~」
崩れ落ちたストゥルザを肩に担ぎ、先生は軽くそう答えてきた。
「そう……ですか」
絶対に、ただの魔法教師ではないと思ったが、穏やかに笑う先生の顔を見ると、追求する気は失せる。
「ところで、それ、どうするつもりですか?」
今まで黙っていたカミーユが、先生にストゥルザをどうするか聞いてきた。
「ん~。とりあえず、指導室行きね~。私が直々に指導してあげるわ~。後は会議の結果次第ね~」
「どういう処分が出ますか?」
「そうね~。退学になると思うわ~。無罪放免と言うのは、ないと思うけど~」
言外に在り得ると言っている。
その予想はしてしかるべきだろう。
前回の試験に置いて、ストゥルザは失格と言う宣言を審判から受けたはずなのだ。
それなのに、失格者に行われる補習を受けておらず、その上実習のパーティー探しをしていると言っていた。
誰かが、失格を取り消したということは間違いない。
“学園内に置いて身分は関係ない”とされているが、実際には身分による優遇措置などが行われているのは、周知の事実である。
「ま、なるようになるわよ~」
そう言い残して、先生は去っていった。
「カミーユ。ありがとう」
先生が去った後、その場で打ち合わせをすることになったので、まずお礼を言うことにした。
「ん? 何だ?」
「庇ってくれたでしょ。そのお礼」
「そのことか。まあ、俺はリーダーだからな。メンバーを助けるのは当たり前だ。だが、お礼は受け取っておく」
「ソールもありがとう。助けようとしてくれて」
「は。もったいないお言葉であります」
「ちょっと、私には?」
「ソールを止めてくれたことはありがたいですけど、やり過ぎはいけないですよ」
「あ~。確かに。悪かったわ、ソール」
「いえ、お気になさらずに」
その後、連携についての打ち合わせをしていたのだが、ふと気になることがあり聞くことにした。
「ソール。ちょっと良いかな?」
「は、何でしょうか? リリアーヌ様」
「何で、私だけ様付け?」
以前から気になっていたのだ。
矯正(?)前から、私を様付けで呼んでいた。矯正(?)後でも、カミーユは“リーダー”スウは“さん”付けなのにどうしてか聞きたかったのだ。
「私の身分が高いから?」
「いえ、違うのであります」
私の問いかけに、ソールはきっぱりと否定する。
「自分、“リリアーヌちゃんを見守る会”の会員ナンバー百六十四ですから」
は?
「なに、それ?」
「は、説明します」
説明を聞き、頭を抱える。
活動内容は馬鹿らしい上、今まで周りから無視状態だったのが、過激派の所為とは……
「それにしても、何やっているの? シーリス・ホースマン……」
ゲームでは、大器晩成型で、育て上げると神聖騎士になるキャラのはずだ。魔族の弱点である聖属性を付与された攻撃を、勇者以外で唯一出来る前線キャラで、最後まで使われるキャラNo,1。性格は生真面目で、多少融通が利かないところがあるはずなのだが……
「キャラが壊れている……」
ファンクラブを作り出すような性格では、無かったはずなのだ。
それにしても、今まで会った主人公を含め攻略キャラの性格が、少しゲームとずれて行っている気がする。
まあ、実際に生きて動いているため、差異は起こるかもしれないと思っていたが、ここまでとは思わなかった。
はて? これからどうなることやら。不安を隠せない。




