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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
5章 千年妖姫の墓標
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A75B05:位置エネルギー / ユビキタスアラメキ

 麻紐で推進力を補う。期間の不足により水平方向の推進力はキメラ専用になったので、馬車を引かせるのと同じ方法で、ユノアを引いて移動する。ガンコーシュ帝国の南部から東部へ、ミレニアの移動を予測した地点へ。鉛直方向に特化した設計を活用し、ユノアは高度をあげて見下ろす。地平線までの距離が伸びて遠くまで見える。


「ユノアからノモズ、視認した。ミレニアは直線で来る。首を動かしてる。探し物なら候補は? どうぞ」

「了解。目的は不明ですね。装備は見えますか。キノコさんが破壊した部分に可能性があります。どうそ」

「了解。確かに背負った板が七枚から四枚になってる。キメラに合流する。以上」


 ユノアは高度を落とした。キメラと並んだら同じ内容を共有して、次の思考を担う。相手の目的がわかれば、先回りでも後出しでも選び放題だが、わからない間は一歩も二歩も遅れた後出し以外を選べなくなる。


 ミレニアは素顔で動いているが、キメラもユノアもバイザーで顔を覆う。日光では視界を塞げないし、漂うチリや乾燥から目を守り、風圧から呼吸器を守る。装備から見える優位は、同時に警戒するべき未知でもある。相手がそんな装備で動くには相応の理由がある。空想上の脅威は現実の過去に基づいて生まれる。過去を持たない隙間は蛮勇の住処になる。


「来る。キメラ、一四・一六」

「はいよ。あと十秒だ」


 キメラは対物銃を構える。一発ごとに巨大な手間をかけて再装填する特化型だ。普段の狙撃任務ならば寝そべって自重を床に支えさせていた。手持ちでは重すぎて不安定な獲物でも、空中なら話が変わる。自由落下による無重力状態を利用する。落ちながら撃てば重さは関係なく、重心も一律になる。最高の精度を発揮できる。


「風は三一から八、推定だけど」

「十分だ」


 ドラゴロードの制御を切り、キメラは自由落下を始めた。相手の移動速度と風を加味して照準をずらす。引き金を最後まで引き絞る。火薬が炸裂し、小さな弾頭を飛ばす。反作用でキメラが後方へ飛ぶ。ドラゴロードの推進力でユノアの元へ戻る。言葉以上に自由な空を満喫する。


「どうだ」

「命中、ただし背中の装備の隅に。情報通り、陽炎の障壁は消えてる」

「逸れたか」

「どうだかね」


 グリップ部を回して外し、空薬莢をユノアの手に置いて、次の弾を受け取る。装填して付け直す。次弾の準備を済ませたところで、ユノアが口を挟んだ。


「軌道を変えた。何か見つけたかも」


 麻紐を渡して再び引かせる。トンガン山を越えて、共和国に最も近い帝国領へ。潜入経路として歩いたのでまだ記憶に新しい。崩れた街は再建が進み、港からコンクリートの道が続き、作業中の居住区がある。待ち構えてはいられず、追う形になった。舵取りをキメラにまかせて、ノモズへの連絡をしておく。建材を除いて何もない地に、どんな用事があるか。


 追いつく前に眼前で見せつけられた。ミレニアは道路へ飛び込み、瓦礫に戻す。轟音と土埃で野次馬を建物へ飛び込ませる。ミレニアが背負っていた三枚を筒状に設置し、残りの一枚を従えて、破片を作っては集める。キメラが追いつくまでの二分で整う。


「急降下!」


 ユノアの指示に合わせて高度を下げた。自由落下を上回る加速で血液が上半身に集中する。レッドアウト、一時的での視界がなくなる。頭上を何かが掠める。飛び道具は情報はなかった。ギリギリで見えた三角形に種がある。


「ユノアから全員、瓦礫が降ってくる。退避行動を直ちに」


 キメラがいかに衝撃を和らげても再び動くまで十二秒はかかる。その間にもミレニアは瓦礫を打ち上げる。ただの石でも、投げれば破壊力は大きい。暴動における武器の供給手段を、さらに大規模に起こす。高高度からの落下はそれだけで巨大なエネルギーになる。低空は死角になる。キメラが迫り、ミレニアの刀を十手で折るが、既に飛んでいる瓦礫には手が出ない。各地へ拡散し、落下による破壊を待つだけだ。


 現地のユノアから本部のノモズへ、本部のノモズから各地の連絡員へ、各地の連絡員から当地の住民へ。昨日までを基準にするなら、アナグマの情報網を逆流していく。ガンコーシュ帝国の建物は二階や三階が多い。最上階を空にして人を下へ送る。スットン共和国では熱した蒸気を運ぶパイプが各地にある。離れるか、離れられないなら自分の近くだけでも布で覆う。カラスノ合衆国は土地が広い。まばらに住む都合で元より被害が起こりにくく、個々人は盾にできるものを構える。


 各地の有力者との繋がりが活きた。一人が行動を始めた様子を見て次の一人が行動を起こす。アナグマの信用には担保がある。実績を知るのは誰もが知る一人だけでいい。必要なものを貸してくれる。返す宛がある限りは。


 時間がわずかしかない。手元にあるものと場所の移動だけを頼りに各自で身を守る。ノモズの元には各地からの連絡が集まる。被害を完全に無しはきっとできない。発生率を下げて、発生数を減らす。アナグマは各自で生きる道を探す。普段からそうしてきた。けれど、不慣れな者は? アナグマは口下手な者が多く、語り口は背中にある。少しでもマシな位置へ自ら移動して示す。


「アスタから本部、逃げ遅れた少年と共にいる。場所は合衆国の川沿い竹林南側、連絡がなければ骨を拾ってくれ」

「キビユから本部、アシバ地区の三番街にグループでいる。頼れる者は俺を含め二人、他は少年少女だ」

「エンから本部、共和国はほとんど運頼みだ」


 受けられる返事には限りがある。記録や指示はサグナとクレッタを中心に据えて捌き、ノモズは聞くだけにとどめて次の手を探す。余計な連絡をしない文化でなお必要な連絡が殺到する。規模が大きすぎる。国家間でさえ生ぬるい、ほとんど外宇宙からの侵略者も同然の相手だ。人間の一人で受け止めるには巨大すぎる。だから、多数で協力する。アナグマは巨人になる。確たる自我を持つ者だけが巨人の一部になれる。アナグマの構成員は歯車となり軸となり、各細胞が自らの役割を遂行する。


 瓦礫が降る。白昼の青空から鈍色の塊が落ちる。屋根に穴を開けて、道路を荒地に戻して、狼から逃れた子鹿を食らい、水底で必死に餌を探すカニを手伝い、瓦礫が降る。


 竹林のアスタと少年は、目の前にある休憩しやすい岩よりも湿った窪みを選んだ。動物の屎尿とそこに群がる虫にまみれて、不愉快の極みだった。目の前で岩が砕けるまでは。服は汚れたが、赤以外の汚れは洗えば片付く。


「兄ちゃん、さっきはごめん」

「いいんだ。生きていれば」


 アシバ地区では近くの建物が弱いので、ならば広場に出る方がマシと判断した。余計な瓦礫を増やして受け止めるより、推定ひとつのほうが生き残りやすい。現場の判断を後押ししたのが盾だ。チューリップの紋を大きく掲げる、騎士団の中でも上位を示す大盾を構えて、その陰に人を入れた。キビユはその場から前に出て、飛来の兆候を見る役目を買った。キビユ自身は丸裸でも運が良ければ生き残る。後ろにいる盾持ちも単体では同じだ。受け止めるには心構えも必要になる。見えている一撃は見えない一撃よりも耐えやすい。知らせる声、続いて金属が窪む音。手のひら大の瓦礫が転がった。


「無事か」

「私は無事。でも隊長さん、紋が」

「紋は栄誉だが、守るのはそれ以上の栄誉だ。気にするな」


 顔を上げてもう一人の守護者へも爽やかな顔を見せる。


「アナグマ、感謝する」

「生きてるな? なら、いい」


 共和国は雨が少ないので、工業地帯でも屋根が薄い。蒸気を扱う都合で風通しを重視している。職人の気まぐれによる拡大にも対応するため、これまでは無条件に受け入れられていた。打つ手ない運頼みの結果が死傷者だ。密集すれば一撃で二人三人と巻き込む可能性があるので、まばらに並んだが、それでも本質的に防ぎきれない。せめて苦しみにくく後頭部を向けた者、受け止めきれずとも受け流す可能性に賭けた者、避けるつもりで空を見て構えた者、考えても仕方がないので連絡に徹する者。瓦礫が地面を叩き、パイプに穴を開けて、蒸気が漏れ出す。騒乱に人の声も混ざった。


「エンから本部、直撃です。見た範囲だけで四人、中枢の医者へ運びます」

「わかりました。医者へも知らせます」


 瓦礫の雨に第二波はない。キメラが発射台を破壊した。それでも別の手が来る可能性が残る限り、安寧はどこにも誰にもない。


 アナグマは立ち向かう。明確な敵へ。

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