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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
5章 千年妖姫の墓標
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A74B04:初雪 / コノキカイセイビ

 アナグマ技術部の出番が近づく。キノコの小柄さと軽さを活かして、飛行ユニット『ドラグーン』に巨大な砲塔を繋ぐ。大きさも重さも使用者を上回るが、ドラグーンなら持ち上げられる。重量制限の都合もあり動かせるのはキノコただ一人だ。ゆえに安全な遠距離からの狙撃用に製造した。地平線による限界を高度で拡張し、地平線によるバリケードへ高度で潜り込む。大陸の対角線まで届かせる。


 カラスノ合衆国、港町キエーボには土地が余っている。長い草を刈って歩けるよう整え、整備用の道具と合わせて運び込む。それまでキノコが暇になるので、放置されていた古い道具に目を通して整備していた。アナグマが誇る腕利きの技術屋だ。可愛らしい身と真剣な面持ちを代わる代わる見せて住民の心まで掴む。日が傾く頃合いだ。カラスノ合衆国からスットン共和国まで狙うと、ちょうど真後ろから照らしてくれる。


「キノさん準備よし、行かせます」


 セイカの指揮で地上班を統率する。フルフェイスのバイザーを下ろす前に、キノコは笑顔で親指を立てる。地面を蹴り、高度を上げる。高く高く。これまでのテスト飛行よりも高く。砲身にエネルギーを充填していく。発熱で防寒具の不足を補う。地平線が遠くなる。カラスノ合衆国の野道が見える。都市が見える。先の森林が見える。一番堂が見える。山林地帯が見える。大聖堂が見える。森林が見える。荒野が見える。あの時の塹壕が見える。つい昨日のテスト広場が見える。スットン共和国の建造物群が見える。通信が届く。


「キノさん、応答を」

「きこえるよ」

「方位は一三・二二。共和国の戦闘車両があります」

「みえた」

「砲身が交差する点がミレニアの予想座標です。時間はおよそ一九秒、ユノアさんから追加『軌道がやや揺れ気味』です」


 キノコは空中で、バイザー越しにスコープを覗く。一年ほど前に、キメラが放置した狙撃銃で視界の感覚を覚えた。半年ほど前に、キメラから構え方を教わった。少し前に、空中での構えを練習した。通常の銃器とは似つかないが、重さの問題がなくなる今に限れば何も変わらない。風の影響を除く方式も備えたので、全身を風から守り集中できる。


「キノさん、来ます。充填率は五〇パーセント」


 スコープの彼方で、ミレニアへの砲撃が始まった。空中の小さな的へ、さらに小さな破片が迫る。ミレニアは静止して受け止める。光が揺らぐ。情報にあった陽炎だ。砲撃はまだ続く。ユノアとは角度が違う。背面がよく見える。防がれても何ら傷はない。落ちた破片とは、ミレニアの装備とは別にある。


「七〇パーセント、射撃早く!」

「まだいける。あの様子なら」


 ミレニアはただその場を凌ぐのでは足りない。威光を見せつけて、戦意を削ぐ狙いがある。だからわざわざ静止して一方的に受けて、無傷な様子を見せつける。そう考えるのが自然だからそう考える。誰もがそう考える。キノコは、もうひとつ知っている。ミレニアの装備は一部が欠けていて、その部分に重要な機能がある。アズートが最初につけた傷だ。全力より劣る今なら、一撃で。


「九〇パーセント、もう保たない早く!」

「いける! 安全係数よし!」


 キノコのすぐ隣で発熱体が唸る。ほとんど全身で抱きつく形で構えている。耳元なら小さな音まで聞こえる。全身で小さな振動まで読み取る。上昇の直後とは別の音も混ざる。金属パーツが耳障りに喚く。潤滑油が限界を訴える。部品が消耗する。


「一一六パーセント、お願いします、早く」


 セイカの声を砲身の慟哭がかき消した。キノコはスコープから見える様子に合わせて微調整と、最後に軽く触れた。引き金だけは発射までに調整できない。だから、力のバランスを同じままで発射するため、極限まで軽くする。なおかつ、姿勢制御とは別の動きを使う。すなわち、舌で操作する。


 ただ一秒間の咆哮。未解析エネルギーが直進する。速度は光と等しく、行き先はただ一点のみ。視認はすなわち着弾を意味する。ミレニアの防壁がわずかな屈折のみ役立った。右肩を掠り、ミクロコスモスの一部を破壊した。七枚から四枚に、当初の想定より多く。クリーンヒットには一歩及ばず、一部は外した。念のため射線には都市や陸地を含まないようにしていた。海に水柱が立つ。ミレニアは地上へ、ゆっくりでも落下した。


 その様子をキノコは見る余裕がない。砲身が放熱モードに移る。冷却水を砲身に送りこみ、速やかに水蒸気となる。膨張した気圧で後部のフィンを押し開けて噴き出す。発射の反作用による後進を蒸気で打ち消す。上空の冷気に当てられ、速やかに凍結する。初雪を降らせながら高度を下げる。緩やかに下げる。視界が狭くなる。陸地から地域へ、地域から町へ、町から目の前へ。元の広場の、少しだけ前へずれた位置に降り立つ。


 気圧が上がる。耳抜きと肩呼吸で調子を戻す。すぐにキノコの身を砲身から外し、整備班の出番が始まる。熱の確認、冷却水の補充、消耗したパーツの交換、潤滑油の追加、歪みの確認。加えてセイカには役目がふたつある。まずユノアやノモズへの連絡。そして。


「キノさん、お疲れ様です。具合は」

「さむい! ぶるぶるだあ」


 元気な返事で胸を撫で下ろした。セイカは防寒着を脱ぎ、そのまま羽織らせる。外からはよし、次に内側のために白湯を注ぐ。キノコの手を温め、おそるおそる唇につけて、程よいとわかれば流し込む。おかわりを注ぎ、携帯食も取り出す。


「あったかい。セイカさんの温もりを感じてるよ」

「恐縮です」

「どうなった?」

「装備の一部を破壊し地に落としました。まだ動けるようでこちらへ向かい、途中で自走砲部隊が押し返し、今はまた帝国側へ向かうようです」


 あの顔を見たときにも、アナグマに来る前を思い出した。まだ終わってない。ならば聞かせるべき話がある。だけど、今じゃない。今は行動が必要になる。説得力のためには、行動が。


「きのはアナグマだよ。倒せなかったのは、向こうが避けたんだ。さすがあの人だよ」

「どうしました?」

「きのは鋸になる。次で残りを削ぎ落とすから、帝国にいるみんなには、また荒野かその辺りに追い込んでほしい。きのはアナグマのためにあの人を、倒す。生きるためにもね」


 殺すと言い切れなかったが、指摘もない。セイカは追加の連絡を送り、次への準備を進めた。


 陽炎の障壁は突破した。あとは通常戦力でも通るけど、帝国にはそれが十分と見てる。なのに向かうなら、必ず策がある。

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