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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
5章 千年妖姫の墓標
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A73B03:遠雷 / アノユラグイケズモノ

 キメラの空中戦と並行して、地上では情報が走る。ノモズを中心にした本部からの知らせを各地に届け続ける。全土の注目を戦場に集めたまま、決してよそ見をさせてはいけない。アナグマの地位を守り、アナグマにいる者の居場所を守る。よく分からない連中ではいられなくなった。活躍を見せて、行動を知らせて、成果を記憶させる。勝利と生存は別個の問題だ。生きるためには、生きること。


 スットン共和国に情報を送る。ノモズからエンへ、エンから現場へ。ユノアから届いた情報を元に、今後の動向を予測し、動くべき時間の目安を伝える。復唱により確認したら、ノモズは手元のつまみを操作する。次の相手はキノコだ。


 カラスノ合衆国へは一筋縄でいかない。指揮系統が各地に分散しているため、情報を届けるには騎士団を経由するが、そのためのパイプが限られる。アナグマとして動くべき部隊は港町キエーボにいる。キノコを中心にした一団から届く位置に居てくれるか、直接の要求ができないために賭けになる。単品では負けても構わない賭けだが、他でも負けていた場合には遅れが問題となる。


「ノモズからキノコさん。そちらの出番は推定二十分後です。周囲の動向は」

「静かだよ。遠巻きに見物してるけど」

「騎士団ですか」

「そうみたい」

「繋げてください」


 キノコが手を振って呼び、通信機を渡した。相手の名前を出したら、軽装の若者は心当たりある様子を見せた。


「ケイグラです」

「お久しぶりです。前線からの情報を」


 こちらにも同じ内容を伝えた。ミレニアの武装、速度、推定した戦略、打つべき手。情報は末端の一人を始点に、やがて全体へと広がる。


「わかったが、情報源の信用は?」

「前線にいるユノアさんから。目は確かです」

「ならいい。ところで、詳細すぎるとアナグマの地位も揺らがないか」

「覚悟の上です。元より敗北と損失を防ぐのが第一ですから」

「変わらないな」

「私用は後に。よろしくお願いしますよ、ケイグラ」


 通信機の受け渡しついでに、キノコが興味を出した。あのノモズが呼び捨てで接する仲で、しかもアナグマの外にいる。彼は「昔ちょっとな」で誤魔化そうとするが、食い下がる。キノコが抱えた巨大な装備の話をしたがるが、話を戻させる。小さな身に、見た目以上の頑固さを見て、ケイグラは逃げるようにごまかして本隊と合流した。


 キノコはもうひとつ気になった。通信にノイズがあった。この端末には既知の問題がふたつある。ひとつは、風によるノイズ。もうひとつは、損耗によるノイズ。風ならいいが、もし損耗なら。すべてが出払った今は伝えても行動にならない。


「セイカさん、ノモズさんの拠点はどこ?」

「特に聞いていません。大聖堂とばかり思ってました」

「それなら、こっそり別のどこかに構えてると期待しようか」

「あり得ますね。かいせずものうある方です」


 山の向こうから音が聞こえる。祭りの太鼓に似た、砲撃の音だ。稜線に阻まれ見えない位置から、小さいとはいえなぜか音が届く。秘密の地下道の存在が知れ渡るのは時間の問題だ。ノモズが語った計画の、アナグマの秘密を明かす理由がわかった。


 ガンコーシュ帝国領、ユノアの元に物資が届いた。事前に準備していた箱のひとつを、アナグマの倉庫から持ち出させた。格闘戦で便利な道具たちだ。


 十手と麻縄と取る。相手が刀で来るなら、刀を折る。薄い刀剣はエイノマ王国の一部でのみ使われる知名度が低い武器だ。備えがあるなど相手も予想外に違いない。説明用に木の板も同封していたので、キメラに渡してもすぐ説明できる。


 逆手に持ち、腕の陰に獲物を隠す。最初に一度だけの不意打ちチャンスだ。ユノアは再び地上を離れて、顔をバイザーで覆い、キメラが戦う一段下についた。麻縄の先に結んだ輪を、ミレニアの体へ投げつける。衝撃力も何もないが、一度でも引っ掛かれば全てを狂わせる。無視できないが、だからとユノアへ迫れば上からキメラが叩く。


 アナグマは自らが置かれた状況を鋭敏に察知する。優位にある者は順当に動き、劣位にある者は反転攻勢を狙う。ミレニアの次の手を見るまで、順当に徐々に確実に進める。戦いはつまらないほど優れている。


 帝国軍による射撃も加わり、さらに状況が変わる。ミレニアの周囲で陽炎が揺らめく。今度は間近で見えた。銃撃の音と同時に発生する。防がれている。見える範囲に他の影響をさがす。小さな破片が落ちたが、弾頭かその他かの確証はない。


 銃撃を防ぎ、キメラとの格闘戦が続く。キメラは既に距離を詰めようともしない。勝ち目がないと気づいてか、情報を取らせるための鍔迫り合いに移っている。ユノアは考えを改めた。今は優勢なんかじゃない。劣勢だ。数での優位を無力化されている。


 状況が悪い。誰かが鍔迫り合いを続ける限りは問題ないが、止めれば一気にミレニアが動き放題になる。加えて鍔迫り合いに持ち込めるのはキメラだけだ。他に攻め込む能力がない。攻め込めない者は受け止められもしない。ミレニアは無視するだけで勝てる。人は時間が流れるだけで腹を減らす。 永久に構え続けるのは不可能だ。綻びが生まれるまで待ち、隙を見せたら仕掛ける。今は太陽が高いからまだいいが、夜の闇に隠れたら、見つけるための灯りがさらに消耗を呼ぶ。


 選択肢は三つある。交代制で追い続けるか、交代制で気を張り続けるか、今日で終わらせるか。


 ユノアからノモズへ、通信を送る。


「四人と繋げて。キノちゃん、エンさん、ハイカーン、ヒュウ大統領」

「了解、呼び出します。どうしましたか」

「劣勢だから、作戦会議」


 通信に加わるたびに名乗りと最初の一言が来る。特にノモズからの連絡を済ませたばかりの相手は状況を察している。


「小娘、俺様に指図か」

「聞いてね。今の劣勢を覆す手段を探してる」

「貴様、認めたくないが」

「でしょうね。でも一人相手に均衡は劣勢だよ。そこでヒュウ大統領」


「なんでしょうかな」

「これから共和国領の荒野へ誘導する。そこで叩けるだけ叩きたい。協力を願います」

「それで問題になるは二つ。一に勝算、二に高度。空中戦力に手が出ないのはよくわかっています」

「仰る通り。勝算はまず、単発の効き目が弱いと見たから、次は集中砲火への耐久性を見たい。高度はキメラになんとかさせます」


 当のキメラは、隣で体をほぐしながら聴いていたら、急に名前が出たので駆け寄った。ユノアの計画では、最大高度の天井となり上から押さえつける。共和国の砲撃で巻き添えになる可能性が大いにあるが、そこはノモズをも上回る人使いの荒さで補う。指示はごく短い。避けろ。


「絶望的だけど、キメラなら大丈夫。他のどの手より希望的だよ。頼むね」

「勝手に決めてくれる。やってやるよ。ユノアを置いては死んでられないからな。キノを呼んでるのもその関係だろ」

「そうだね。キノちゃんから聞かせて」


「はいはーい。向こうの技術を鹵獲して巨大な狙撃砲を作ったから、これで横から叩くよ。共和国のみんなには当たらない軌道だから安心して」

「貴様の幼げな声、あの時の子供か。頼れるのか」

「任せてよ。オリジナルにどこまで効くかをこれから確かめるんだ」


 帝国の避難所での件を覚えられている。それでもキノコは普段通りの潑剌はつらつさで応じる。芯の強さは自信の表れとして信用になる。


「エンから質問を。キメラさんが話にいる今、ミレニアは?」

「俺様の私兵どもが視認している。余計な被害は出させないさ。エン様がいた街にはな」


 帝国の者は先先代を覚えている。加わる意味がない話に思ったが、士気を高めるために呼んだなら。ユノアがうまく出汁にした。使い方の遠慮がない。


「きのも質問。ノモズさんがいるのはどこ?」

「秘密です。時が来たら現れますよ」

「ちぇー」


 劣勢でもアナグマは普段通りの楽天的な話しぶりに持ち込む。役割に自信を持ち、必要な所で出るために、必要でないうちに休んでおく。ごく単純な難事をこなす。


「小娘、見ておけ。俺様と私兵どもが使われてやる。後で返せよ」

「もちろん。いつぞやみたいに取立てに来てよね」

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