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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
5章 千年妖姫の墓標
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A72B02:高天原 / アノユラメキ

 全土へ響く言葉で足音を隠す。アズートは山の頂の洞窟へ忍び込み、爆薬を仕掛けていく。小型の発射台と共に、奥へ届く角度で仕掛けていく。キノコが帝国から持ち帰った品を技術部の誰だかが量産した。単発ではとても性能が足りないが、多数を同時に動かせば話が変わる。洞窟の天井に穴を開けて、中で炎を起こす。下から新鮮な空気が流れ込み、一酸化炭素を天井の穴から排出する。効率よい燃焼ですみやかに葬る。ユノアから伝えられた手だ。先人たちのように役目を果たす。アズートの姿を誰にも見せずに奥へ進む。指を舐めて宙に晒す。人が動けば撹拌された空気が濡れ手を冷やす。洞窟はほとんど一本道で、たまにコブ状の空間には動物の糞が溜まっていた。奥へ、奥へ。光の源を見つけた。


 ミレニアが一人と一基で佇む。箱庭を育ててきたつもりだった。百年前まではすべてが思うままの調子だった。そう報告があったし、裏も取れていた。すべてが狂い、自らに牙を剥いた。やり直す手の候補はひとつだけ。抵抗勢力を取り除き、全てを最初からやり直す。


「動いて。進みましょう、ミクロコスモス」


 身長ほどの正方形に手をかざすと、駆動音が唸った。分離した八枚の板が背中側を守るように整列する。生身との接続部は見えないが、少なくとも長い髪との干渉を避ける素振りもなく動いた。短い電子ノイズがミレニアに応えた。噂のロストテクノロジーをさながら犬のように使役し、音もなく浮かんだ。このままでは逃す。


 アズートは砂利を投げて意識を向けさせた。いくつかはミレニア本人にもきっと当たった。洞窟に響く音を背にして走る。逃げながら手元のスイッチで起爆する。推進力はロケット花火程度でも、狭く風もない洞窟なら十分に届く。載せていた爆薬や燃料をばら撒きながら奥へ殺到する。アズートの頬を擦りながら。安全な位置を把握していて命拾いした。爆発音が続く。耳を塞いでも全身で音を感じる。


 トンガン山は大陸の各地から視界が通る位置にある。爆風の柱が高く高く聳えた。


 イセクが手を振った。アズートへ逃げ道を伝えるために。同時に、ミレニアにも気づかせるために。的はここだ。目線が合う。遠くの空に浮かぶ点に対してもそんな気がした。こちらへ攻撃してこい。点が大きくなる。接近だ。すぐに止まる。気づかれた。共和国の義勇兵から放たれた砲弾は止まらない。ミレニアはガンコーシュ帝国側へ流れた。帝国の砲撃がさらに追い立てる。ここは大陸の北部、南西へ向けた砲撃で、精鋭が待ち構える位置へ追い込む。ここまで見届けたら情報を送る。


「イセクからユノア、動きは計画通りだ。情報、ミレニアの攻撃には接近が必要らしい」


 連絡はノモズを経由して必要な場所へ届く。北東部に展開したハイカーンとその私兵へも。戦車と装甲車が走る。通常火器を載せたものと並んで、市街地の制圧戦用も。青と黄のダズル迷彩に武装は拳銃弾だけの、非武装の市民を威圧し蹂躙するための戦車だが、今は小型ゆえの小回りを活かして戦況を追い、目立つゆえの注意喚起に走る。非人道兵器も使い用だ。


「ハイカーン様、目標を確認しました」

「撃て。敵に碌な飛び道具は無い」


 誰も出歩かない道は走り放題だ。規則的な道はどこへ行くにも最短距離を提示する。建物の高さ制限により砲撃の障害物もない。炸裂する位置と方向を調整したら、流れ弾は全て道路に落ちる。ハイカーンが持つ手は二つ。空中への砲撃で叩き落とす。落ちたならば蜂の巣にする。


 砲撃の命中を観測する者がいない。落ちないならば避けられたと見て、次を撃ち込む。それでも砲撃そのものには気づいた様子で、ミレニアは高度を下げた。都市を人質にする。流れ弾の調整が及ばない位置をふらついた軌道で飛ぶ。こうなればハイカーンは手詰まりだが、それでも追い回す。気づかせてはならない。打てる手があると見せて、本命の元へ誘導する。


「ハイカーンから小娘、見えているな」

「ユノアと呼んでよ。あの品定めじみた軌道、使えるかもね。お疲れ様」


 無線機を返して、ユノアも飛び上がる。鹵獲して解析した着用型の装備『ドラゴロード』と『スレイプニール』の初披露となる。キメラと同じ高度に並ぶ。地上でも寒い今、上空はさらに冷え込む。風を遮る木々や建物がなくなり、全ての空気の流れが体温を奪う。しかし、防風装備で貴重な対荷重を埋めるわけにはいかない。最低限の綿を纏い、全身を黒に染めて太陽からの熱を受け取る。荷重をそのままに無いよりマシ程度の影響はある。手持ちの発熱体で指先の間隔だけは守り、それ以上の体温は地上の補佐員たちに任せる。とりあえず、すぐには死なない。


「キメラ、敵は飛び道具を持たない可能性が高い」

「正気か?」

「狂気だね。昨日から分かってたけど」


 ミレニアを水平に捉えた。今の二人は目立つ存在だ。ただ姿を見せるだけで注目の的になる。どの建物より高い位置だ。青空を背にして黒の服を目立たせる。ゆらゆらと動いてさらに気付きやすくする。ユノアは双眼鏡で一挙手一投足を見つめる。


「気づいた」

「行っていいか」

「七秒後に。飛行ユニットへの妨害は――」


 双眼鏡だが、念のため右目だけで見ている。万が一にでも両目を失ってはいけない。利き目を確実に残す。道具と感覚器を総動員して情報を集める。髪の靡きかたから風を知り、砲弾の炸裂を見て聞く時間差から距離を知り、装備と体重の乗り方から向こうが使える対抗策を知る。


「無いと見た。暴れて」

「よし。見とけよ」


 キメラが空中で突進した。ユノアの視界が通る範囲で左右に振る。相手の出方をユノアが見る。キメラより遅いが、全力なはずがない。口元が動く。何かを言う理由がある。背面を守る板のひとつが動き、見えない位置で手を伸ばし、長刀を取り出した。荷物入れにしては巨大だがやがては尽きる。ミレニアの輪郭が歪んだ。あのゆらめきは夏場に見覚えがある。陽炎、熱した空気が光を歪ませる現象だ。冬の今に起こる理由は、背中の装置が熱を発していると考えれば自然ではある。熱源があるならば服装の制限がなくなる。


 ミレニアが急に速度を増した。直進、なおかつ狙いはユノアに。移動先が自分か自分以外か、戦場では慣れた判断だ。キメラは直ちに後進した。距離の分で先着した。進路を阻む形で立ち塞がる。武器は軽量なサブマシンガンとナイフ一本、様子見程度のつもりだったが、相手の移動と噛み合えば衝撃が増す。出し惜しみはしない。マガジンひとつ三十発を一気に撃ち込んだ。


 ユノアの視界が硝煙で少しだけ揺らいだ。ミレニアは全く無視した様子で移動する。キメラは空になった銃を路上へ捨てた。精度に自信ある仕上がりではないが、静止目標に全弾を外す仕上がりでもない。ミレニアの周囲がまた揺らいだ。被弾ではありえない位置で欠片がこぼれた。確証はないが、ひとつ。


「来るぞ、降りろユノア」

「敵には不可視の防御機構がある。少しは通ってるけど致命傷じゃない」

「降りろよ、早く」

「敵は武装が甘い。懸念は遅い大技と移動能力」

「わかった自分で避けろ!」

「勝て!」


 ぎりぎりまで情報を伝えてから、ユノアは急降下した。頭は上向きに。声を届けて、視界を確保し、三半規管を守る。駆け寄る仲間たちが暖まった布団を背中に、無線機を手元に出す。中央へも同じ情報を送る。情報戦に休息はない。頭上ではキメラが懐へ飛び込み、長刀とナイフにある差の無効化を狙う。ミレニアはやけに臆病な距離の取り方で応戦する。武器の観察はキメラに任せて、考え得る可能性を共有する。不可視の防御機構がナイフには通じないか、理由が大きさか距離か、ハイカーンの砲撃も同じ方法で防いだのか。


 連絡を受けて調査員が動いた。戦いの華は日陰で咲く。

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