A68GB1:幕間『新型の説明書』
荒野に来た。
以前にランスホイール号を走らせた頃とは何もかもが違う。鹵獲した品を改造した個人用の飛行ユニット『ドラゴロード』をすでに使いこなして、キメラが二人を小脇に抱えて、大聖堂の中央展望台から木々の上を通り、共和国領の荒野へ飛んできた。
「ユノア、おい、着いたぞ。意外と怖がりちゃんだな」
「乱暴すぎ。ほら、キノちゃんも目を回してる」
「や、大丈夫だよ」
地に足をつけるが、まだ震えてバランスを崩した。キメラの脚を掴んで転倒だけは防ぐ。
「ひと休みしようか。その間にキメラは丁寧な飛び方も練習して」
「注文の多いお姫様め。帰りは驚かせてやるから見とけよ」
夕陽を背中で受けた今でこれなら、帰りはどうなるか。顔で受ければ視界が狭まり、日没後なら視界が弱まる。ユノアは期待をやめた。
何もない荒野の中でも、ひときわ何もない位置に座り込んだ。乾いた土が尻を冷やす。植物もまばらな土にどうにか生えた苔、まじまじと眺めるのは初めてで、すぐに気づいた。西側とも王国領とも違う。具体的に表す言葉を持たずとも、どことなく違和感として感じとる。艶か? いや、艶めく苔は他にもあった。緑の深さ? 周囲から届く光の影響をどこまで否定できるかが疑問になる。
アズートへの土産に少しだけ拾い、目線を必要なものへ向けた。キメラが装備を駆り、低空を動く。
制御の動きを見ておく。出力の調整は脚で、方向の調整は肩で。前兆と確定を頭に入れる。掴まりやすい場所を選ぶ上で必要になる。
脛当て状のパーツをペダルにする。接合点が弱点ではあるが、耐久性の問題は自前の動きで壊れなければいい。どんな些細な攻撃でも、装備した人間が弱点となる。懸念となる塵や虫との接触は前面の薄い装甲や革鎧で防ぐ。
普段使いは無理だ。突貫工事の試作品、分かっていても外見は頼りない。
隣でキノコが大きな呼吸をひとつ。
「おまたせ。きのはもう大丈夫だよ。やろうか」
荷物から、さらに頼りない棒状の品を出した。キメラの装備を骨だけの棒人間とするなら、こちらは下半身だけの棒人間だ。
腰と、ふとももと、足首。三ヶ所をベルトで留めるだけの簡素な作りだ。制御装置はふくらはぎの側面の、無骨な立方体にある。
「キメラの制御装置は?」
「首の後ろにあるよ。今は髪で隠れてるけど」
話を聞きつけて、近くへ降りて見せつけた。横向きの円筒形が確かにある。
「なあるほど。キメラは落ちたら死ぬね」
「落ちたら誰でも死ぬ。ましてや私は前に出るわけだ。キノも分かった上でやってるんだろ。この位置ならどう動いても邪魔にならないし、重心も馴染みある。最適だよ」
キノコは胸を張り、小さく鼻を鳴らした。
「装備完了。キノちゃん、いいね」
「ばっちりだよ。キメラおねえちゃんとの違いで、きつめに密着させてつけてね。衝撃を受けにくいのと、姿勢制御を確実にやるためだね」
上昇、下降、滞空。ユノアが求めた機能はごく少ない。必要なのは情報で、伝えるには地上の連絡役の位置に戻るしかない。移動の価値が低いから、そんな機能を最初から放棄し、軽量化した分だけ道具を持ち込む。
「あと方向転換もできるよ。これは重くならないから」
「へえ。使い方の幅が広がるね」
「そうなの?」
「錐揉み回転で重心を安定させる、回転しながら重心を動かしてコリオリ力を発生させる、単に勢いを作る、単純だけど応用が効く。キノちゃん、ありがとね」
キノコはよくわかっていないままでも胸を張り、小さく鼻を鳴らした。
「基本操作は私と同じだよな。膝を伸ばして上昇、曲げて下降だ。着地の直前には勢いを和らげろ」
「はいよ」
ユノアはその通りに動かした。『スレイプニール』は操作に応えて、望んだままの速度と高度へ上下する。
「さすがユノアさん、もうばっちりだね」
「キメラのを見てたから。それにこっちは単機能だもんね」
荒野まで来た目的を果たした。この位置ならトンガン山からの直線距離を地平線で遮る。周囲の各方向への目はユノアが担う。この場での出来事をもし知られたなら、そんな手段がある情報になる。
鹵獲したロストテクノロジーの産物なので、動作の原理を解明するまで増産の目処はない。今回限りのつもりで扱う。
「ユノアは確か、見てるんだよな。オリジナルとの違いはどうだ」
「遜色なし、むしろ制御できる分だけ心地いい。キノちゃんは腕がいいなあ」
キノコは小さく胸を張り、控えめなため息を漏らした。
「キノを短時間で褒めすぎるとこうなるのか。ちょうどいい、わしゃわしゃしてやる」
動乱を明日に控えてもアナグマの日常は変わらない。決して奪わせない。必ず守る。原動力のひとつがこれだ。




