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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
4章 分裂、エイノマ王国&ウゾームズ王国
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A65G08:物資の提供者

 アナグマの情報網は、末端から小地区の中心へ集めて、小地区から大地区の中心へ、そして大地区から中枢へと段階を踏む。生で送れば嵩張りすぎるので、大量の情報を統合し、小さく圧縮してから届ける。原本が必要と言われれば改めて送る備えがある。たったひとつの動きを三度の繰り返しで成り立つ単純さゆえの堅牢さ。いつでも平時と同じく動き続ける。


 例外がひとつだけある。急ぎの連絡はどこからでも中枢へ送り、その場で片付けるか、届けるべき位置へ届ける。単純作業とは分離した設計のおかげで個々人の役目をいつでも最大に引き出す。


 この日の中枢ではサグナが知らせを受けた。


 伝令たちが通信機を抱えて各地を走る。影響力を持つ者らと繋がり、互いの事情と要求を交換する。初めは楽天家だった連中も、アナグマのなりふり構わない様子から何かを感じ取り、徐々に神妙な言葉が増えていく。


 続けるうちに、ひとつの件がサグナの手に余った。


「ノモズ、連絡ですが」

「受けます」

「その前にふたつ。相手はニグス商会で、しかしアナグマ用の経路を直接で来ました。本当に受けますか」


 顔が苦く歪んで、答えはすぐに出た。


「すみません、やはり任せます。エルモ側の都合で動いても構いません」


 ノモズのこんな姿は初めてで、きっと自分だけが知る顔と思えばサグナは密かに喜んだ。頷き、改めて通信機へ向かう。


「アナグマだな。ニグス商会は資材の援助を申し出る」

「ありがたいですが、どんな風の吹き回しですか」

「ミレニアの稚拙な演説、あれで何も考えぬ者ばかりとは思わないが。何かと入り用になるだろう。特に食料と衛生用品が。事情あってすぐに用意できる」


 内容は筋が通っている。現に各地へ散開するための小部隊が待機しているが、補給所が近い地域では余剰なく動いている。理想的な状況が続く限りは困らないが、ひとつでもトラブルが起これば破綻する。戦場に理想的な状況はない。


「確認が先です。なぜこうして連絡できるか。そこにどなたがいますか」

「アナグマの連絡役だそうだ。名は知らん」

「代わっていただけますか」


 向こうでは声をかけた様子がわかる。耳を澄ます。しかし、何も得られない。


「拒んだ。事情があるようだな」

「わかりました。向かうので場所を」

「船はスノエ河のヒナカバ港にいる。必要ならば動くが」

「そのままの場所が助かります。こちらの者が着くまで二時間ほど、よろしくお願いします」


 電話を切り、ノモズに共有して、人を借りる。ヒナカバ港へ向かった。


 普段ならノモズが出るべき状況でも、今は余計な負担をかけられない。事情はユノアから大雑把に聞いている。手が空いていて、そこそこの発言力があり、顔が通る者。サグナでも足りる。


 ワゴンを飛ばす。外見はガンコーシュ帝国製の、内装はアナグマ製の。大聖堂から南へ続く街道は、徒歩でも馬でも歩きやすく整っている。タイヤの全速力なら案内板が示すよりずっと早く着く。


 携帯食を渡されては頬張りながら進み、スノエ河に沿った道に来た。


 港は遠くからでもよく見える。巨大な貨物船と、その甲板では優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいる。


 車をすぐ出発できる向きで停めて、やってきた若い男と話をつける。


「サグナと申します。つい先ほど、ニグスさんと連絡をつけましたが、聞いていますか」

「もちろんです。皆様こちらへ、すぐに呼びます」


 別の若造も現れ、椅子や茶菓子を用意する。サグナだけが座り、他の人員は念のため事情を探る。なぜ急に、この巨大な貨物船が余ったか。なぜこの場に、アナグマを呼んだか。


「ウル・ニグスだ。よろしく」

「アナグマのサグナです。よろしくお願いします」


 商談を始める。事情についても口から得ておく。後で矛盾がないか確認する上で材料になる。


「買い手が蒸発して、このままでは大損なだけだよ。足元を見て構わん。すぐに売りたい」

「この時期に。ミレニアと関わりあるかもしれませんね。詳しく話せませんか」


 ウルの目線はサグナの一挙手一投足へ向く。言葉を繋ぐたびにどこかが反応しないか探している。表情の変化、姿勢の変化、わずかな強張りなど、相手の弱みがどこかで出ると確信している。


「料亭だ。エイノマ王国のな」

「ますます興味深いですね。ただの料亭で『何かが起こる』とは、こちらでも調査をしてみましょう」

「交渉は素人か? そんな手を使わずとも、足元を見ればよかろうに」

「何を訝しんでいるか知りませんが、アナグマは関わりない一件です」

「全ての動向を把握しているのか」

「もちろんです」

「ならば、ここに来ていた連絡役は」


 ちょうど人員が戻った。他の誰かを連れてはいない。


「その連絡役は、本当にアナグマの一員かどうかまで疑っています。もういないのですか」

「そうだ。通信機を使い終えたらどこかへ消えていったよ。おそらくエイノマ王国側だ」

「体格や声は」


 ウルは立ち上がり、手を水平にして鳩尾の高さに掲げた。


「この程度だ。おそらく背筋を伸ばせばもう少し大きい。声は一度も聞かなかった。あとは姿が汚らしかったな。服がボロボロで、全身が泥まみれだ」

「持ち帰ります。手がかりはいくつあってもいいですからね」


 情報を伝え終えて、本題の商談に移る。食料を中心に品の一覧表を見て、いくつかに印をつけて、小切手に数字を並べる。


「これらを最優先で運ばせてください。残りは貸し倉庫に入れてくだされば、こちらで運び出します」

「気前のいい取引だ。これからも頼めるかね」

「そこまでは私の領分ではありません。機会が来たら改めて連絡します。それと、公には伏せておく事情ですが、口が硬い方と見込んでお話ししましょう。この取引で必要になりますからね」


 利害が一致した範囲ならば協力できる。アナグマとカラスノ合衆国の共通項だ。サグナからウルへ、アナグマとエルモの繋がりを一部だけ話した。礼拝堂の地下にはアナグマの中枢への道があり、間借りの関係にある。


「道理でどこにでも現れるわけだ。この位置で都合がいい理由も、なるほどな。いいだろう。荷物は礼拝堂へ運ぶ」


 サグナは穏やかに頷き、次の仕事へ向かった。


 河が増水している。


 スノエ河は地下水や小さな川がいくつも合流して大きな流れになる。大聖堂南街道のさらに少し南に、イス山と、トンガン山と、シュカラ山の、あらゆる地下水が流れ込む。


 夏の雪解け水が時間をかけて流れ込む時期には近いが、それにしても多すぎる。何かが動いている。アナグマには心当たりがある。ミレニアが持つ装置のいずれかが熱を持ち雪を溶かす。


 雪解けから流れ着くまでの時間を教われば、ミレニアが動き始めてからの時間を割り出せる。


 運び込む先として指定した礼拝堂へ向かい、話をつけてから大聖堂へ戻る。


 地下道から食料が届いた。大聖堂の厨房でイナメをはじめとする料理担当たちが腕を鳴らし始めた。携帯に適した大きさに成形して、あちこちへ送り出す。肉体労働が苦手な者から得意な者へ、体を動かすためのエネルギーを供給する。


 今頃どこでも、各自が自らの役目を果たしている。それら全体を支援するとは、全てに関わる大仕事だ。

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