表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
4章 分裂、エイノマ王国&ウゾームズ王国
71/89

A64G07:葬送の観測手

 ユノアが待つ情報室に人が集まる。


 書棚を片付けて、テーブルを押し退けて、人が入れる空間を少しでも拡張する。七人目八人目と加わり、ついでに書類の中身のうち使いそうな部分を横向きに置き直す。各地の要人の動向や、ガンコーシュ帝国の工場にある資材など、今この場で使う可能性ある情報がすぐに出る。


 三〇人、四〇人。部屋の管理は済み、新情報を共有し、足並みを揃える。


 五〇人、六〇人。普段は顔も見せずに潜伏する連中まで召集した。情報室は大人数が同時に鮨詰めになる想定はしていない。身動きも自分だけでは決められない。ユノアをはじめ、誰もが不快感を抱えて、同時に必要とも理解している。


 数はそろそろ十分だ。ユノアから全体への指示を始める。


「全員、ここに集めた理由はひとつ。意思を聞く」


 余ったテーブルに乗り、高い位置からの声が響く。


「前提として、勢力の差は歴然で、統率もアナグマが上回る。アナグマは勝つ。相手が誰だろうと」


 話を止めて異論を待つ。情報は小さな一つが全体を左右する。些細な遅れを飲んで受け取る時間を作る。最終的に間に合う限り、いくらでも待つ。大きな遅れを防ぐためだ。


 前提を覆す情報は誰からも届かず、ユノアが続きを始めた。


「これより話すのは、勝った後への布石。アナグマの目的は生きることで、勝つのは手段だからね。優勢ゆえの問題のため、諜報部が大仕事をする」


 ユノアの言葉へ真剣な面持ちを向ける。次の言葉は何か、自らの見落としはどれか、打つ手に適したのは誰か、すぐに答えを出すために、すぐに言葉を受け入れる。


 だからこそ順当でない言葉に反応する。


「戦死者が欲しい。一人や二人じゃ足りない。少なくとも二〇人以上が戦死する必要がある」


 空気が変わった。諜報部の面々は感覚器が鋭敏で、心境により漏れ出る匂いをよく捉える。脳神経の分泌物が呼気や皮膚から漏れ出したり、磁場が微弱ながら揺らぐ。


 それらが自らから漏れ出す量を抑えるのも一般人よりは得意とする。それでも変化を嗅ぎつけた。一人や二人じゃない。アナグマが共有する生きるための戦略として、戦死者を求める。


「勘違いしないで。欲しいのは戦死者であって、戦死ではない。生きたまま、戦死者になる。対外的にアナグマが人員を失ってでも尽力したと見せる。これを怠ると四カ国を敵に回す。アナグマの自作自演だと考えるに十分な情報になる」


 数人が理解した様子を見せる。近くの何人かがわかった風を装う。役目に自分が適しているか探す。適した者は、右側に空間を確保した。


「だから戦死者になる。顔が知れてる者がいい。もしくは、何かの追求を帳消しにしたい者や、些細な噂に巻き込まれられる者も。あちこちで数人が消えて、消えたのはアナグマの一員だと囁かせる」


 早い段階で手を挙げた者もいる。黙ったままで二人目、三人目が増える。誰が言うでもなく、前に出るための通り道を作る。


「何人かはアナグマと明かす。まず私と、あとは実働部あたりの誰かも。表舞台から消える覚悟は」

「あります」

「構わない」

「ある」


 ユノアは泰然とした演説の顔から、少しだけ緩めた。目敏い連中ばかりの空間だ。誰もが理解し、声なく応える。


 役目は果たした。残るは種蒔きのみ。


 連絡役の面々は直接の交流により顔が知れている。それらの数名が交代し、遠い地では「向こうでは死んでいる」と囁く。商人が狙い目だ。情報に敏感で、外部との交流も多い。


 その連絡の網を辿れば、友人が姿を消した者にたどり着く。アナグマが撒く情報は入口だけで、結論は自分で探させる。露骨になりすぎてもいけない。信頼ある筋には直接の情報を流しておく。断片的でいい。情報は発信源の直後で完全に堰き止めない限り無限に拡散する。


 誰が消えて、誰が残っているか。アナグマ側では把握する。後に加わった者から漏れる可能性だってある。備えが必要だ。


 書面に名前を連ねた。死亡する名前と、改める名前を。見せるための死体はあとで確保する。葬儀の準備をする。アナグマには死ぬ覚悟があって臨んだと印象づける。それでも棺桶を足りなくする。不測の事態がこれから起こる。


「ひとつ確認が。ユノアさんが亡き後は、どなたが束ねますか」

「対外的には、熱心な君に任せようかな」

「僕をご存知で?」

「さあね。どうしても困ったらアレサを呼んで。きっと助けになるから」


 生存を阻む要因は戦争の後にこそ増える。戦うだけでは終われない。最期の瞬間まで生きるために、持てる全てを捧げ続ける。それがアナグマだから。


 使えるものは全てを使う。


 最新の情報が集まり、断片を合わせて浮かぶ候補に最終的な確認の目を向かわせた。


 正確ならば、ニグス商会から物資を買える。輸送船がスノエ大河のどこかに停泊し、おそらくはエイノマ王国との取引を予定していた。ノモズからそんな話を聞いたから。


 その相手側のトラブルでお流れになり、余った物資をどこかに売りたくて仕方がない。大口の取引先が見つかれば目の色を変える。最適なのがアナグマだ。


 出来すぎていて作為を感じるが、見えない範囲の心当たりがある。ユノアから伝えた身体的特徴も合わせて調査する。ただし、時間がないので片手間に。


 アナグマの誰に聞いてもこのごろ姿を見ないままの一人がいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ