A62G05:皆さん、戦争が始まります
ノモズの先導で外への道を走る。
地下に広がるアナグマの都から、螺旋階段で地上部へ。大聖堂の奥の柱のさらに内側に埋め込まれた、一般には誰も入らない空間を進む。休憩も兼ねて待機している人員が音で立ち上がり、ノモズから短く指示を受ける。道を開けて、邪魔をさせるな。
キノコの小さい体はへばるまでも早い。背負いあげて、続く技術部の三人が念のため転落に備える。
大聖堂の屋上の、五つの区画に分かれた中央のひとつに出た。高さとレドーム状の目隠しに守られ下からは見えない。ここなら安心して観察できる。
黒い雲が大聖堂の上空を覆う。位置は北側、普段なら決してたどり着かない場所だ。南側で雨を落としきる。
判断が早いおかげですぐにキノコの息が整った。技術部は観察結果を交換する。
「人工物と断定します」「同意。受信機なしでも届かないか? この大きさなら」「かもね」「キノコはどう思う。同じ仕組みか」「きっと。延長上だよ」「輪郭からトンガン山方面からと推測、誤差は極小。想定通りです」「だな。まだ広がってるが、目的の目星は」「なし。キノさんは」「ないね。イセクくん、試しに」「おう。動作開始、『本日は晴天なり』っと」雲から低い響きが届く。『本日は晴天なり』「わ、本当に聴こえる」「ずいぶん暗い晴天になっちまったな」
技術班は口々に話し続ける。ノモズは周囲への伝え方を考えておく。ほとんどの言葉が内輪向けに圧縮されているが、それでも発生源と可能性は想像できた。こうまで目立つならばすぐに次が来る。場を用意したままで待たせるなど、あるはずがない。動けば情報になる。いつもユノアから言われた話だ。彼女ほど微細な目でなくても、大きいものくらいは。
ノモズの考え通り、黒い雲が唸り始めた。耳障りな電子音が続き、周囲に注目を強いる。音量が拡大し、耳を塞ぐ必要ができた。大陸全土にでも届かせるつもりか。
出力の調整が済んだらしく、言葉が始まった。ソプラノの、聴き覚えある声色で。
『皆様。初めまして。私はミレニア、大陸の主です』
急に出てきて、勝手な物言いを一方的に話す。
『大陸に永劫の安寧を約束しましょう。私とミクロコスモスにはその力がある。全土に響くこの演説そのものがデモンストレーションです。平穏に、始めましょう。明日の正午に返事を聞きます。中央の大聖堂へお集まりください』
ノイズで言葉の終わりを示した。黒い雲は役目を終えて雫を落とす。局地的な大雨が大聖堂を襲う。屋上の五人は地下へ戻り、地上では巡礼者がシスターの案内で中へ入っていく。
階段を降りる途中、技術部の面々は不満をこぼした。何が起こるかと思えば、演説と呼ぶには稚拙すぎる。言いたいことを言うだけで、聞く価値がまるでない。アナグマに来る前ですら、あんな言い方をするのは子供だけだった。
すぐ隣のキノコはそんな子供と同年代にしてはるかに成熟している。設計図で語り、手を動かして示す。初めて会った日からすぐに誰もが手伝う側に回った。任せられる。頼りになる。不足分を貸したくなる。
そのキノコの目線は、演説よりも隣の友人に向いていた。
「ノモズさん、どうしたの。顔が青いよ」
地上から地下へ踏み出す直前だった。ノモズは足を止めて、考察つきで指示を出す。
「皆さんの言う通り、あれは稚拙そのものでした。あれで人が動くはずがない。しかし、それこそが問題です。想像ですが、ふたつのどちらかが起こる」
真剣な声色が心境を覆した。拍子抜けしてはいられない。
「ひとつは、すでに浸透した勢力を動かす合言葉の場合」
ガンコーシュ帝国の妖姫派をはじめ、分断の理由となった諸々について調査しているが、見落としがないと示す根拠はない。
「もうひとつは、本気であれが通ると思っている場合」
言葉に気を取られていたが、相手には正体不明の技術がある。ミクロコスモス、そう名前が出ていた。気違いに刃物だ。最悪を考えると無視はできない。そして世は往々にして、最悪な出来事が起こる。
「アナグマの全員を、いえ、集められるだけ集めてください。早さが最優先です。なりふり構っていられない。地上の中央ホールを使います。技術部は明日までに準備をお願いします。ただ、キノコさんだけ貸してください。最後にですが」
ノモズは短く強い言葉で締めた。
「皆さん、戦争が始まります」




