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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
4章 分裂、エイノマ王国&ウゾームズ王国
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A61G04:大聖堂の真上

「警戒はユノアに任せて、アズート、私らは確認だ。あの小僧の言葉に決定的な嘘がないか」


 キメラが聞き出した内容をそのまま反復して、アズートが大間違いではないと判を押す。具体的な名前や内情を新情報として、知識の穴埋めを進める。いくらでも歪む可能性はあるが、修正は後からでも間に合う。アナグマが共有する価値観のおかげで。


 前例は覆る。覆す方法を誰もが研究する。知識は大切だが、知識を頼ってはいけない。大枠の先は各自が再確認せよ。


「私は正直なところ、さっさと帰りたい。あの気性と付き合うなんて、命がいくつあっても足りんよ」

「でしょうね。僕も、キノも、そうだ」

「余所者以外にもあれか」

「キノは内にいながら余所者みたいな扱いでしたから。理由は、あれですよ」


 アズートは言い淀んだ。仲がよくても、よいからこそ、言葉には重さがある。


「想像はつく。あのダサい弓矢を見たらな」


 鳥たちが一斉に羽ばたき、同時にユノアが叫ぶ。「伏せ!」キメラの身に染みついた動きで、体を捻って下を向けた。一歩遅れでアズートも。


 頭上を何かが過ぎ去り、音から近くの土に落ちたらしい。爆発はしない。


 動植物がざわつく。ユノアが確認しにいく。一歩離れてキメラも、また一歩離れてアズートもと並ぶ。互いに状況がすぐにわかる。


「キノちゃんのマークつきの、ロケットかな。何か噴き出してる」


 こんなアピールを普段はしないのに、今回はしている。誰の作品かが意味を持つ。


 噴き出すほど、周囲が白く染まっていく。


「霧、いや、雲だね。この濃度で動くほうに賭けるつもりみたい」


 ユノアは元の位置に戻り、小さな機械を出した。蓄音機を思い起こすラッパ型を耳に近づけた。


「それは?」

「携帯型の電話だって。動作テストをするつもりみたい」

「聞いてないぞ」

「訊かれなかったから。今の計画でもなかったし」


 強引にキメラも耳を近づけた。ガンコーシュ帝国とは異なる形態だ。聞こえ方への興味はある。


 間も無くして声が聞こえた。小さいがキノコの声だ。


「こちらきの、音量テストだよ。どうかなパターンA。どうかなパターンB」

「こちらユノア、二度目のほうがよく聞こえるよ」

「わかった。ありがとね。もう帰ってきて」

「トラブル?」

「別のとこから届いたんだ。そっちの情報がいらなくなった」

「了解。夜までに帰る」


 連絡を終えて、ユノアが異変を共有する。


「無事に帰るよ。目立ちすぎたんだか、元気に攻め込んできたよ」


 木々が揺れる音。件のエムの技術による装備つきで、木の上を跳ねる音が近づいてくる。間隔と方向から三人、人数こそ対等でもこちらは勝手を知るのがユノアしかいない。後の二人はほとんど鳥と戦うも同然になる。


「キノコの声はこの付近か!」

「殺せ!」

「殺せ!」


 追手は口々にキノコへの罵声を吐き捨てる。ただの不快感はじきに消えるが、囲まれ続ければ話が変わる。部外者の想像を超える環境かもしれない。ユノアも、キメラも、まだ王国の一端しか見ていない。通信が届いていないと願う。もし届いていても、キノコの隣に誰か頼れる友がいれば。


 キメラは既にナイフを構えている。アズートは逃した。上からの目が届かない場所で、小柄で植物に詳しいアズートなら、一人でも逃げられる。


 アナグマは物事をバラバラに考えるが、結論はよく揃う。目的が共通する限り、最善策も共通しやすい。


 ユノアが前で遅滞させて分断し、漏れた一人ずつキメラが叩く。戦場は狭いが、豪華なトイレ程度にはある。想定を応用できる。


「キメラ、左!」


 三人のうち一人を扇子からの毒薬で機能不全にして、一人をユノア自信が格闘戦に持ち込む。左からの一人をキメラが受け止める。


 飛びかかる眼前で扇子を開き、視界を塞ぎつつ音で怯ませる。見えない位置からの打撃は同じ一撃でも通り方が違う。角度や形を見て受け止める構えでダメージを減らすところを、視界を塞げば最大に通る。


 毒薬を吸った一人には扇子の先で鼻を叩く。速度と重さを兼ね備えた一撃が一点に集中する。


 息の根は止まらない。ユノアにそんな役目は期待できない。装備を切り離すだけで実質的に無力化できるが、見れば軽装の革鎧の下に鎖帷子らしき断片がある。


 向こうはオリジナルだ。どこに受信機を付けているかわからないし、ナイフでも致命傷には届かない。キメラも気づいている頃だ。


 キノコ製のデッドコピーで試した経験がある。あのユニットは運動エネルギーの増幅と減衰抵抗だけで、無からは移動を始められない。空中に出たならば次にどこかに触れるまでは軌道を変えられない。


 次の突進では勢いに合わせて扇子を引き、距離感を狂わせる。攻略の目はある。あとは状況のみ。ひとつのゴールへ到達するよう、この戦局を支配する。


 ところ変わって大聖堂の地下では、技術班があれこれをしていた。


 解析班、開発班、調整班、量産班、整備班。他にも多数のグループに分かれて、集合しては分散して、常識を覆す技術を磨いている。


 キノコを中心とする開発班が試作したばかりの、小型の雲を発生させるロケットと、それで得られる反射率の制御は、まだまだ問題が山積みだ。薄すぎて、小さすぎて、精密な前提条件が多すぎる。状況を選びすぎる都合で贔屓目にも実用可能とは言い難い。大型化か、密度をもっと高めるか。


 空気は温度が高いほど水を運べる量が増える。温度が下がって運びきれなくなったら、壁などに触れていれば結露になり、空中ならば雲になる。


 残骸から採取したデータによればこの方法で情報のやり取りができる。情報を共有できる範囲を帝国式よりも広くできる。きっとこれから必要になる。


「キノさん。ノモズさんがお呼びです」

「はいよ、セイカさんは続きおねがい。手順はこれ読んで」


 広い作業場はアナグマの中でも一部しか入りたがらない。どの装置がどの役目を持つか判断がつかないからだ。ノモズも例外ではない。他者の領域へ踏み込むには相応の覚悟が必要になる。


「お待たせ。どうしたの?」

「外で急に増えた雲が、キノコさんの新型かと思いまして」

「そうだけど、まだだめだね。小さすぎる。よく見えたね」

「私には十分すぎるほど大きく見えましたがね。急に暗くなりましたし」


 見ているものが違う? キノコはすぐに察知した。今は技術班の全員が作業場にいる。この状況はまずい。


「まずいかも。すぐ見に行く。場所は?」

「大聖堂の真上、ちょっとした騒ぎですよ」


 キノコは声を張った。「全員、きいて! オリジナルらしき雲が出てる! 全作業を中断して、三人きて! セイカさん、ハキーンくん、イセクくん! 他は次の準備!」


 ノモズが先導し、五人が走る。建物の地上部分を担うシスター陣や一般人をかき分けて、大聖堂の屋上展望台へ向かった。

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