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千年妖姫の杯  作者: エコエコ河江(かわえ)
4章 分裂、エイノマ王国&ウゾームズ王国
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A58G01:岩山に近い側の一帯

 冬山に行く要請に対し、ユノアとキメラは大急ぎで装備を選定する。


 これまでは都市部での活動が主だったため、それより遥かに寒い地域で、眠る間まで冷気に曝される。なおかつ、隠密行動ゆえ荷物を減らしたい。


 アナグマの中枢、地下都市を巡り経験者と道具を探す。


 成果なく時が流れ、出発が間近に迫る頃に、技術部のイセクからキメラへ、支援物資を持ち込んだ。


「懐中暖炉です。きっと助けになりますよ」


 大きさは鶏卵ほどの、銀色の小箱を受け取った。最初に火で軽く炙ると丸一日ほど暖かさが持続する。補充用の燃料を合わせて三日分、今回の行動の限界だ。


「火種はユノアのでよし、か。この中で燃えてるのか?」

「燃えてはいないですね。詳しい原理は、誰だったかな、キノコさんの新しいお友達が詳しいです」

「キノと仲良しで、技術部に馴染んでない、ヒイゴスだな。私も知ってる奴だ」


 キメラは礼を伝えて、ユノアと合流した。


 アナグマの会議室が開いている。一番堂にある秘密の二階に、交通の便が最低なここに、精鋭陣が集まる。円卓で人を待ちながら、思い思いの時間つぶしをしている。


 キメラとユノアは怪我を確認する。帝国で脚の骨が折れてから三〇日ほど、経過は良好で、動ける範囲や強度はほとんどこれまで通りを期待できる。


 ノモズは膝にキノコを乗せて頭を撫でる。連日の研究続きの身をお風呂に入れて、さっぱりしたての髪を撫でる。そのキノコは、久しぶりの特等席で満足げにお菓子を齧る。手元の設計図に不可解な記号と数字を並べている。


 いつもの四人に加えて今日は各地を担う伝令のリーダーも並んでいる。スットン共和国からガガ、ガンコーシュ帝国からデデ、カラスノ合衆国からノノ。


 ひとつだけ、エイノマ王国担当の伝令は空席だ。現地からの情報が届かない問題は続報がないまま、おそらくは死亡している。


 以後の調査をようやく持ち帰り共有する予定が、指定の時刻から遅れすぎている。キノコの前にはお菓子の空き袋が山を作る。決して大食いでも早食いでもないのにこれだ。


 待ち侘びてキメラが口を開く。


「ユノア、気配とかないのか」

「他ならまだしも、ここじゃあ何もわからないよ。今日は仕掛けもないし」

「外の荷物はユノアのだろ? こっそり教えてくれないか」

「せめてノモズに聞こえない位置で言ったなら、考えたかもね」


 秘密の話ではないが、アナグマは二度手間と取り越し苦労を嫌う。半端に知って体力を消耗するより、一斉に知るほうが結果的には早いことも多い。今回がそれだ。


 ノックの音が中断させた。扉からまずはサグナが顔を出した。


「ノモズ、彼が到着しました。汚れを落とし次第、すぐに案内します」

「ありがとうございます。扉は開けたままでお願いしますね。皆さんは席に」


 ようやく始められる。姿勢を正して、お菓子を片付けて、今回の主賓を待つ。


 次に見えた顔は、成長しきらない印象の少年だ。


「ご存知ない方も多いでしょう。アズートさんです。仲間としては新しいほうで、ずっと調査を任せていました。植物に詳しい方ですよ」

「初めまして。今日ようやく王国の調査から戻りました。よろしく」


 すでに緊張もなく、抑揚が薄い喋りで、定型句だけで席に座った。目線はキノコに、次にユノアに。これは誰もが気づくほど露骨だった。


「時間が惜しいので私から。ここ一番堂の指導者を務めるノモズです。隣の彼女がキメラさん、右側の三人は各地の伝令で、今日の話を持ち帰ります」


 紹介しなかったユノアとキノコはすでに面識がある。


「これより三人、ユノアさん、キメラさん、アズートさんには、エイノマ王国の調査に出てもらいます。最新情報は最も詳しいアズートさんに任せて、私からは取り巻く事情を共有します」


 ノモズが地図を拡げる間に割り込み、アズートは指摘する。


「その最新情報でひとつ訂正。エイノマ王国の山林部の部族が独立を宣言して、分裂状態にあります。平野部のエイノマ王国に対し、山林部はウゾームズ王国を名乗り、少数ながら地形と工業により厄介。です」


 久しぶりに得られた情報は特大の不和を示していた。これまで見てきた派閥争いとは規模が違う。国家規模だ。


「分裂、またか。なあガガ、共和国にもあったか?」

「ええまあ。あっちは軍部とその他の折り合いですが」


 四ヶ国の全てが分断につながる要因を孕み、示し合わせたように同時期に発生した。露骨に何者かの介入がある。これまでの調査結果と合わせると、最も有力な手がかりはミレニアの名前となる。


 不確かな要素がまだ多すぎり。細々とした手を重ねて受け止める柔軟性を整えて、精鋭陣は目の前の計画に集中する。中心となる三人、取り仕切るノモズと、情報を持つアズートと、実動を担うキメラが、話を進めていく。


「話を戻しますよ。地形図の×印、この岩山に近い側の一帯が今はウゾームズ王国を名乗っているのですね」

「そうです。まあ、行動にはさほど影響はなさそうですが」

「いや、大ありだ。内情がそれだと、訪れた者への対応が穏やかにはいかないだろうな。見えただけで攻撃してくるか、甘く見ても友好的は無理だ」

「そのあたりは後にしてもらって、まずは目的を話します。この位置に奇怪な装置がある、と推測しています。視認はできそうですか」

「いえ、その範囲は僕も入れないので。けども忍び込む道を、先輩方なら持っているのでしょう」


 キメラが前屈みに腹を震わせた。久しぶりの諧謔かいぎゃくに声なく笑う。『忍び込む道』は確かにある。実態に対して呼び方がご大層すぎるが。


「正面から忍び込むんだよ。誰にも見つからずにな」

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